第44話「ネオ・ヘルヴァニアの落日」【Eパート 裁きの時】
【5】
火星の地表。
地上にそびえ立つ古びた砦、あるいは城と形容される要塞内。
その玉座の間にネオ・ヘルヴァニアに関わる全員が集められていた。
その先頭に立つネオノアが、裕太たちへと跪く。
「この度のことは、私の主導により起こったことである。私は地球へ向かい、然るべき裁きを受けよう。しかし我らの民に、どうかその罪を問わないでいただけるとありがたい」
その言葉は心からのものなのか、あるいは定型文を発しているだけなのかはわからない。
しかし、要塞を支えることに協力してくれた後となっては、本心からのものだと思いたくなるのが人情である。
「たとえ私が極刑となろうとも、民達の命は……」
「それに関してですが、少々事情が複雑なので私からよろしいでしょうか?」
ネオノアの前に立つ深雪。
ナンバーズたちを除くと最年少にも関わらず、その威風堂々たる姿は頼もしささえ感じられた。
「まず、今回の事件が公になると地球やコロニーに住まうヘルヴァニア人たちへ、いらぬ悪感情を抱くものが多く発生する可能性が非常に高いです。現に、地球には愛国社を始めとする反ヘルヴァニア人団体が存在します」
深雪の言っていることは、地球人と共に平和に暮らすヘルヴァニア人たちへの配慮に他ならない。
どうしても人間というものは、個人を見ずにカテゴリーでものを考えてしまうくせがある。
ネオ・ヘルヴァニアという組織が地球に対し破壊兵器を向けようとしていた事実は、ヘルヴァニア人たちへの迫害に繋がる可能性が非常に高いのだ。
「それに、火星圏の国々への配慮も考えると、ネオノア氏に公正な裁きを行うというのは非合理的です」
「では、無罪放免をするとでも言うのか? 私が地球へと牙を向けた大罪人であることを、帳消しにするというのか?」
「そこに関して、フィクサさんからひとつ提案があるそうです。どうぞ」
深雪に促されるままに、ネオノアの前に立つフィクサ。
彼はその場でかがみ込み、実の兄へと自らの目線を合わせた。
「兄上。ネオ・ヘルヴァニアの民たちは緑あふれる地上に住処を求めているんだったよね?」
「私はともかく、その目標を掲げてネオ・ヘルヴァニアは活動を行っていた。だからこそ、地球への侵攻を考えていたのだが」
「多少遠い場所になるけれど、ネオ・ヘルヴァニアの人たちが全員住める、緑あふれる大地が存在するんだ」
「……何だと? どこの惑星だ? 近隣の居住惑星は旧ヘルヴァニアの植民惑星しか無いはずだが」
「地球のどこでもなく、宇宙のどこでもない場所。……タズム界、つまりは異世界だよ」
フィクサの言葉を聞き、ネオノアの背後の人たちがざわめき出した。
ネオノアは彼らの動揺の声を片手を上げて制止させ、再びフィクサへと向き直る。
「……我々に、タズム界へと移住しろと言うのか?」
「ただの移住じゃない。同時に黒竜王軍を編入し、新たな組織として立ち上がってほしいんだ」
「何だと……?」
「タズム界は今、人類共通の敵であった黒竜王軍が力を失ったことで、人間の国々による争いが始まっている。黒竜王軍を建て直さなければ、世界全体が戦火に包まれてしまうんだ」
「だから私に、新・黒竜王軍を率いる魔王になれ……と?」
「そうだ」
先程よりもより一層大きなざわめきが、玉座中に響き渡る。
突然、異世界への移住を持ち出された上に、そこで悪の軍団になれと言われれば無理もないだろう。
「フィクサよ。お前は自分が何を言っているのかわかっているのか? 我々人間を、かの世界の者たちが受け入れてくれるはずがないだろう」
「僕は人間だけど黒竜王軍のトップになれた。彼らは人種云々よりも、力があるか否かで判断するんだ。そこで、黒竜王の力を掌握している兄上ならば必ず黒竜王軍を率いる新たなリーダーになれる。高度なテクノロジーで武装した軍隊は、必ず黒竜王軍の頂点に君臨できるんだ」
「そうなれば、お前はどうなる? 今の首領はお前ではないのか?」
「僕は補佐にでも落ち着くよ。どうも、中間管理職には向いてるけど頭を張るには向いてないみたいでね」
「……本気で言っているのか?」
「ああ、本気さ。僕が思う、ここにいる全員が幸せになれる唯一の方法だと自信を持って提案している」
「……そうか」
ネオノアがゆっくりと立ち上がり、そしてざわめきの止まらない民たちの方へと体ごと振り向いた。
そして両手を高くあげ、口を開いた。
「ネオ・ヘルヴァニアの民たちよ! 望むなら我々は緑あふれる大地を得るため、この世界を離れ異世界への移住を目指す! 異なる世界への移住は並大抵のことではなく、困難にあふれていることは明白である! だとしても、私とともにタズム界へとその住処を移すことを認めるか!? 今こそ皆に問う!!」
一転して、静寂が空間を包み込んだ。
数秒か、あるいは数分の沈黙であっただろうか。
その無音の空間を、はち切れんばかりの歓声が肯定を示す返答としてネオノアへと返ってきた。
「火星だって切り開けたんだ! 異世界がなんだ!」
「緑の大地を手にできるならば、私達はなんだってやります!」
「ネオノア陛下、バンザーイ!!」
「「「「バンザーイ!!!」」」」
「……兄上、立派に王の器を持っていたんじゃないか」
「いや。今より私は、器にふさわしい男へとなるため精進を始めるのだ。いつか、自他とも認める真の王となるために」
「ネオノア様! このフリアもいつまでもお供いたします!!」
───Fパートへ続く




