第44話「ネオ・ヘルヴァニアの落日」【Cパート 王の器】
【3】
「ネオノア様っ、このまま終わっちゃうんですか!?」
コックピットの中をバタバタと飛び回り、慌てふためくフリアをそっと手で抑える。
ネオノアにとって、敗北という結果に終わった今この世界への興味が薄れつつあった。
「見苦しいぞ、フリア」
「だって、だって! ネオノア様、こんなに頑張ってたのに……あっけなさすぎるじゃないですか!」
彼女の言いたい気持ちもわからなくはない。
決してこの計画は数ヶ月や数年などという月日ではなく、十余年もの歳月をかけて準備を進めて来たものである。
しかし、土壇場でこのような形で終わったのであれば、これも運命だと諦めるほかなかった。
「運命が私に傾いていたならば、SD-17が自ら命令に背くことも、処分したナンバーズが敵となることも、この機体に抗える力を持つ機体が存在することもなかったのだ」
「だからってもう諦めちゃうんですか!? これまでネオノア様に尽くしてきた私の立場はどうなんですか!?」
「君の立場か……」
考えたこともなかったな、とネオノアは頭の中で苦笑した。
黒竜王軍とのつながりを生んでくれた彼女への感謝は尽きはしない。
だが、それに対してどう報いれば良いのかが、ネオノアにはわからなかった。
「計画が破綻した今となっては、私はどうすれば良い? フリア、君は私に何を求めているのだ?」
「わ、私は……」
「女の子に言わせることじゃないだろう、それはさぁ」
不意に入ってきた通信と、表示される中年の顔。
その顔は、ネオノアにも見覚えがあった。
「ナニガン・ガエテルネン親衛隊長か……」
「覚えてくれてるとは光栄だね、ネオノア・グー皇帝?」
「もはや私は王ではない。闘争に敗れた主君に価値など無いからな」
「……本気でそう思ってるのかい?」
「なに?」
気になるナニガンの発言に、背もたれに寄りかかっていた身体を起こす。
そのまま前かがみになり、意味深な言葉を放った男の顔へと視線を近づけた。
「別に君はさ、政争に負けたわけでも、他国に敗れたわけでもないじゃないか。ただちょっと相性の悪い宇宙海賊にこっぴどくやられただけだろう?」
「フ……だから何だというのだ?」
「ちょっと負けただけで、慕っていた民を見捨てて臣下を無下にするなんてさ。王の器がどうこういう人間のすることじゃないよ」
「…………何が言いたい?」
「今、君が根城にしていた宇宙要塞がどうなっているかは知っているだろう?」
「ああ」
静止軌道を離れて火星へと降下中。
それは周囲のセンサーから送られてくる情報で察していた。
しかし、たとえ機体が動こうともネオノアの力でそれを止めることなど、できはしない。
それがわかっているから、何一つとして行動を起こす気はなかった。
「私が行ったところでどうなる? 私は王の器ではなかった、ただの人間だぞ?」
「器がどうこうはさておいて、少なくとも君はただの人間からは程遠いよ。これだけの規模の組織を作り出し、維持してきたカリスマがあるじゃないか」
「それは……」
「それに王の器かどうかは君が決めるんじゃない。君を慕う者たちが決めるんじゃないかなと、僕は思うんだよねえ。ねえ、妖精ちゃん」
「はひっ!? 私ですか!?」
急に話に巻き込まれて、狼狽するフリア。
彼女は慌てたことで羽ばたきが乱れたのか、フラフラと高度を落として肘置きへと腰を下ろした。
「どうかな妖精ちゃん。戦いに負けたネオノアくんは、君の目から王様にふさわしくないかな?」
「そ、そんなことはないです! 私だって、こんなところでネオノア様に止まってほしくないです!」
「フリア……」
「私だけじゃないです! 町の人達だって、兵士たちだって、ネオノア様に王様をやってほしいはずです! そうじゃなかったら、とっくに逃げ出してますよ!」
ネオノアはそのとき初めて、他者から自分への想いを聞いた。
今までは計画の進行につきっきりで、下の者から自分への想いなど聞くことは一度もなかったのだ。
「パンを売ってたコネルさんも言ってました! ネオノア様はきっと住みよい世界を用意してくれるって! 同じようなことはみんな言ってましたよ! 兵士のミマールさんも、運び屋のウンパンさんも、農家のタガースさんも! それなのに……それなのにネオノア様が諦めちゃうなんて、あんまりです!!」
「聞いただろう? ネオノアくん。君がどう思っているかはさておき、周りの人は君を信じているんだ。それを裏切ることこそ、王の器としてどうかと思うよ?」
「私は……私は……」
「ネオノア陛下、私からも一言よろしいでしょうか」
ナニガンの隣に表示される、ゼロナインの顔。
心が揺れ動きつつあるネオノアには、彼女の真剣な表情は少しならぬショックを与えた。
「な、何だね?」
「あの要塞には、まだ生まれてもいない我々ナンバーズの妹たちが居ます。私からはうまく言い表せませんが、彼女たちが失われることはとても悲しいことなのではないかという思いが私の中に渦巻いているのです」
「…………悲しみ、か」
「どうか……我々の家族を救うために、助力を願います」
モニター越しに頭を下げるナイン。
生まれてはじめて、ネオノアが他人に頼られた瞬間であった。
いままで、ネオノアはその生まれも有り付き従うものは無数に居たが、身分を超えて頼み事をされるようなことはなかった。
それは自分が王の血族だから、指導者だからと、ネオノアは思っていた。
自分にとっては道具に等しく思っていたナンバーズから、頭を下げられ頼まれる。
頼られるということの心地よさが、自分の中で膨らんでいく。
「フ……この世から裁かれる前に、ひとつ人助けというのも乙なものだろう。ナニガン・ガエテルネン、〈ブラッド・ノワール〉にまとわりつく氷を剥がしてもらおうか」
「もっと頼み方ってものがあるだろう。自由にしたらトンズラしたり襲いかかったりしたら困るから聞くけど、その言葉は心から出たものかな?」
「どうせ捨てられる命だ。ここで醜く抵抗するほど、私は愚か者ではない」
「はいはい。そのセリフを信じますよっと……」
ナニガンの乗る〈ラグ・ネイラ〉が、懐から取り出したビームセイバーで〈ブラッド・ノワール〉の断面を覆う氷を焼き始めた。
いかに魔法の氷といえど、ビームの熱量は堪えきれないらしく、あっという間に蒸発し霧散する。
すべての断面が氷の呪縛から開放されると、ネオノアはコンソールを操作した。
「甦れ、〈ブラッド・ノワール〉!」
宇宙空間の暗黒物質を吸収し失われた部分を再構築してゆく。
切り落とされた手足が生え、翼が張り変わり、角が鋭さを取り戻す。
完全に復活したことを確認してから、ネオノアはペダルを踏み込んだ。
───Dパートへ続く




