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第43話「血塗られし漆黒」【Dパート 相まみえる双竜】

 機体内に伝わるネオノアの声。

 同時にコックピット内へと黒い粒子のようなものが入り込み、キーザの四肢へとまとわりつく。


「なっ……!? ネオノア閣下、これは一体!?」

「なんやこの黒いの!? 身動きが取れへん!?」


 通信から、内宮も同様の状態になっているようだった。

 まるでロープでパイロットシートに縛り付けられたかのように、黒い粒子によって手足の動きを封じられる。

 手足を動かして抵抗しようにも、縛り付ける力は強く抗うことはできなかった。


「ダークマター、暗黒物質とも呼ばれているか。宇宙を満たす謎多き物質だよ」

「せやけど、そないなもんは目には見えへんし実体は無いて……」

「この機体の力で“闇”を操っているのだよ。この……〈ブラッド・ノワール〉の力でね」

「ブラッド……ノワール!?」


 周囲を映すモニターに現れた黒い影。

 それはまるで、黒い竜を鎧としてまとった巨人のような風貌をした異質な機体。

 

「なんやそれ……まるで、グレイはんが乗ってた〈雹竜號ひょうりゅうごう〉みたいや……」

「黒竜王子の魔術巨神マギデウスか。確かに君の言う通り、そっくりだろうな。なにせ、彼のマシンもこの機体も、同じく竜の亡骸より作られた魔術巨神マギデウスだからな」



 ※ ※ ※



「あらあら、困ったなあ。動けないや」

「ナ、ナイン……! この黒いの、あなたの仕業なの!?」

「私ではない! 現に私も、この謎の物質によって身動きがとれない……!」


 突如コックピットハッチの隙間から入り込んだように現れた黒い物質。

 レーナも、ナインも、ナニガンも、周囲の戦闘可能なナンバーズ達も皆、それぞれ手足を縛られ身動きを取れないでいるようだった。

 搭乗者だけではない。

 機体も、ガンドローンも、まるで黒いワイヤーに縛られたかのように、その動きを封じられていた。


「せっかくここから、レーナに“パパかっこいい”って言われる大立ち回りするつもりだったのになあ」

「んもう、パパ! どうしてそんなに緊張感がないの!?」

「だって敵も味方も動けないんじゃ、どうしようもないじゃないか」

「それは、そうだけれど……」


 事態が飲み込めないまま、レーナはため息を付いた。



 【4】


「ふむ。力のコントロールが不安定故に、敵味方問わず動きを封じてしまうみたいだな」

「好都合ですよ、ネオノア様! 動けないうちに海賊のマシンを一個ずつ潰しましょう!」

「そうだなフリア。ではまず、このなんたらエルフィスとやらから」


 ネオノアは操縦レバーに力を入れ、剣を抜くイメージを機械へと送った。

 〈ブラッドノワール〉の手のひらに暗黒物質ダークマターが集まり、黒光りする一振りの剣を形成してゆく。

 その剣を握り締め、キーザの機体に張り付く地球の機動兵器へと、ゆっくりと移動した。

 

「卑怯や! ズルや! チートや! 身動き封じて勝って、嬉しいんかこの馬鹿ダボがぁっ!!」

「何とでも言うが良い。勝利のための戦いに、手段を選ぶ意味はないだろう?」


 身動きの取れない機体へと近寄り、剣を振り上げる。

 その時だった。


「デュアルブリザードッ!!」


 火星の方向から突如放たれた冷気の竜巻。

 真空の宇宙で論理法則を無視して放たれた攻撃は、紛れもなく魔術巨神マギデウスのもの。

 ネオノアは驚きもせず、眉をピクリとも動かさず、ゆっくりと攻撃の放たれた方向へと視線を運んだ。


「フフ……来たか」

「あれは……〈雹竜號ひょうりゅうごう〉です! どうしてこんなところにっ!?」


 肩の上で慌てるフリアの頭を指で撫でてなだめながら、ネオノアは口を開く。


「黒竜王子グレイ。思ったより遅かったじゃないか」

「フン。貴様が地上にいるものと思い、寄り道をしていたのでな」

「私に歯向かう理由は、やはりこの機体かね?」

「それもある……が、連れの用事を先に済ませよう」

「連れだと?」


「兄上!」


 通信越しに聞こえた懐かしい声に、ネオノアは口端を上げた。


「フィクサ……わが弟よ。黒竜王軍についた人間が、本当にお前だったとはな」

「兄上、率直に尋ねるよ。あなたは本当にヘルヴァニアの民を導くつもりがあるのかい?」

「……ほう?」

「兄上はヘルヴァニアで治世の才を自ら否定し、父や僕のいる母星グリアスを離れていた。そのような男が突然、血筋を使い使命感に燃えるのは不自然ではないかい?」

「クックク……フィクサよ。私という男をよく理解しているじゃないか」

「兄上の計画は余りにも杜撰すぎる。兵士の士気を高めもせず、まるで形式だけでいくさをしている様にも見えるほどに」


 フィクサの言葉に、ゆっくりと頷きを返しながら、ネオノアは語る。


「フィクサよ。私はな、自らの役割を探しているのだよ」

「役割だって?」

「私はヘルヴァニアを離れ、様々な植民星で多くのことをしてきた。ある時は労働者に、ある時は研究者に、教師、兵士、牧師だったこともあるかな? そのすべてが、私という器には合わなかった。その時だ、地球という惑星からの反撃でヘルヴァニアが壊滅状態にあるという知らせを聞いたのは」

「地球では半年戦争と呼ばれているあの戦い……」

「グリアスへと向かう道中。爆散したグリアスから流れてきたネコドルフィンとすれ違い、父とお前の死を……ヘルヴァニアの敗北を察した」

「では、なぜ兄上は地球圏に?」

「地球という惑星に興味を持ったのだよ。あのヘルヴァニアを、滅ぼすことのできる人間と、彼らを育てた世界をね」

「地球に……」

「地球人はヘルヴァニア人を受け入れたつもりであったが、融和を拒む者たちもいた。私は彼らと出会ったときに求められたのだ。ヘルヴァニアを再び、とね」


 納得ができないといった表情を見せるフィクサ。

 かれの態度を意に介さず、ネオノアは言葉を放ち続けた。


「それからは簡単だった。摂政の息子という血筋で人が揃い、物資が揃い、戦力が揃った。そして異世界タズム界へと繋がる存在、フリアとの出会いを経て、私は確信したのだ。私は王になる器だとね」

「兄上の計画は杜撰だらけだよ。現に、たかが宇宙海賊の一団に敗北を喫する寸前まで追い詰められている」

「それが世界の選択であれば、私はこの地位を退こう。しかし、生憎あいにくとまだ敗北はしていないのでね。この黒竜王の亡骸より作りし魔術巨神マギデウス〈ブラッド・ノワール〉ある限り、敗北はないのだよ」


「やはりそのマシーンは、黒竜王から作ったものか」


 今まで沈黙を続けていたグレイが、不意に口を開いた。

 その表情は冷静ながら、その声色には怒りが混じっていることは容易に察することができる。


「怒るかい? 黒竜王子。無理もないだろう。私は君の父上を弄んでいるに等しいからね」

「怒りは無い。はなから面識もない親子関係だ。だが、黒竜王軍の一員として、勢力を利用した報いは受けてもらう」

「できるかな? この機体の持つ魔力は、その青竜などとは比較にもならない」


 ネオノアはシステムを操作し、グレイたちの乗る機体周囲の暗黒物質ダークマターへと命令を飛ばした。

 黒い粒子が形を持ち、竜騎士のような装甲の表面を取り巻いてゆく。

 しかし、張り付いた暗黒物質ダークマターがが徐々に白く凍りつき、剥がれ落ちていった。


「勝負になるかどうかは、魔力などというエネルギーで決まるものではない。戦いの、腕前だ!」


 翼を広げ、氷の剣を手に取り、加速する蒼き竜人。

 振り下ろされた刃を闇の剣で払い、反撃。

 切り返しがこちらの剣を弾き、真っ直ぐな突きがこちらへと放たれる。

 暗黒の宇宙を舞台に、魔法剣による殺陣たてが幕を開けた。



    ───Eパートへ続く

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