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第43話「血塗られし漆黒」【Cパート 佳境】

 【3】


 コックピット内に、絶え間なく鳴り続けるアラート。

 すでに〈ブランクエルフィス〉の片腕は千切れ、ガンドローンは全滅。

 機体を動かすエネルギー残量も僅か。

 周囲に浮かぶ、20個余りに及ぶ〈クイントリア〉のコックピットブロックが、レーナの撃墜スコアそのものである。

 しかし今、その記録も途絶えようとしていた。


「ゼロセブン、よくひとりでここまで戦った。だが────」

「まだよナイン。わたしは、まだ負けちゃいないわ」


 レーナはレバーを握りしめ、〈ブランクエルフィス〉の残った腕に握ったビームライフルを構える。

 ナインの乗るオーバーフレーム〈(デルタ)・ヘルヴァ〉も無傷ではないにしろ、攻撃能力の損失は殆どない。

 ディフェンスドローンは1機健在しているが、それだけでも単発のビームくらいなら容易に無効化してしまう。


 このような絶望的な状況でもレーナが諦めていないのは、背後の母艦を守るためでもあるが、自分の妹達を止めたいという思いからでもある。

 考え方が違ってもいい。

 自分に懐かなくてもいい。

 それでもやっと見つけた家族の絆を断ち切りたくない。

 あの僅かな時間、ナインと共に笑いあえたあの日をもう1度。

 その想いが、レーナを突き動かしていた。


「終わりだ、ゼロセブン!」


 敵のガンドローンが背後へとまわり、〈ブランクエルフィス〉のジェネレーター部を狙う。

 咄嗟にペダルを踏み込み回避行動に移ろうとして────できなかった。


「スラスター動作不良!? しまっ───!!?」


 身動きがとれないまま、光り始めるガンドローンの銃口。

 その瞬間、別方向から飛んできた弾丸がガンドローンを貫き、爆散させた。

 不意の方向から放たれた横やりに、ナインが憤慨する。


「鹵獲された機体……海賊軍の援軍か!? 無関係な者に邪魔はさせん!」

「ところがなぁ、娘とその妹が殺し合いだなんて父親としては無関係じゃないんだなぁコレが」


 レーナとナインの間に割り込むように、1機の〈ラグ・ネイラ〉が槍を構えながら滑り込む。

 その機体から発せられたナニガンの声に、レーナは驚愕した。


「パパ!? パパがどうして!?」

「帰りが遅い娘を心配して迎えに来たんだよね。ついでに、姉妹喧嘩の仲裁ってところかな」

「ふざけるなッ!」


 ナインの怒号と共に、周囲を浮遊していたガンドローンが一斉に火を吹く。

 ナニガンが搭乗する〈ラグ・ネイラ〉が、〈ブランクエルフィス〉の腰に腕を回した状態でスラスターを吹き、その攻撃を素早く回避した。


「危ないじゃないか。やめておこうよ、お互いに怪我をしたら嫌だろう?」

「我々の邪魔をするなと言った!」


 より一層、攻撃が激しくなり幾重にも連なる光の帯が真っ黒な宇宙空間に広がってゆく。

 それをナニガンはレーナの機体を抱えているにも関わらずに、巧みに〈ラグ・ネイラ〉を操り回避する。


「パパ……すごい。けど、このままじゃ」

「わかってるが……ガンドローンを全部壊すのも骨だし、どうしたものかなあ」

「……もしかして、何も考えずに助けに来たの?」

「お恥ずかしながら、そうなんだよねぇ」

「パーーパーーー!!」



 ※ ※ ※



「どうした、内宮千秋。回避ばかりしていては私は倒せんぞ?」

「そうなんよなぁ~。困った困った」


 周囲を飛び回りながらミサイルを回避し、撃ち落とすことに徹し続ける〈エルフィス(ストライカー)〉。

 〈ディカ・ノン〉のコックピット内で、キーザはまるで緊張感のない内宮の声に歯ぎしりをした。


「時間稼ぎか、それとも私をバカにしているのか?」

「ちゃうちゃう。その機体、クロノス・フィールド積んでないやろ? どうやったらキーザはん傷つけずに戦いを止められるか考え中なんや」

「生殺与奪を握っているとおごっているのか!?」


 怒り混じりに、ミサイルの発射スイッチを連打する。

 腕部ランチャーから放たれるミサイル群が内宮の〈エルフィス(ストライカー)〉へと誘導され、噴射する煙で宇宙に弧を描く。

 しかし、その尽くが敵機の頭部バルカンにより撃ち落とされ、残った数発はビームセイバーで弾頭を切り落とされ無力化。

 こうした攻防を、ふたりは戦いが始まってからずっと続けていた。


「貴様たち地球人はいつも、我々ヘルヴァニア人を見下す!!」

「少なくともうちは見下したい気持ちなんかあらへん! うちのExG能力がビンビンに感じるんや! キーザはんの中から“死にたない”っていう気持ちをな!!」

「私が……死にたくない、だと!?」


 ハッと脳裏をよぎるドクター・レイと自身を父と慕うナンバーズ達の姿。

 ヘルヴァニアのために命をかけようと生きてきたこの身が、無意識のうちに命惜しさに弱気になっている。

 指摘されて気がついた事実に、キーザは納得しかねていた。


「私はこの戦いに勝利し! ネオ・ヘルヴァニアの未来のため……!!」

「嘘や! せやったら、キーザはんから感じるこの気持は何なんや!? 生きて帰って、やりたいことがあるんちゃうか!」

「私の中に入り込むなぁぁっ!!」


 小娘に心の内を読まれることは、何よりも屈辱だった。

 気がついていない感情に気付かされるのは、悔しかった。


 ──ドクターとナンバーズ達で食事に行こう──


 心の奥底で、いつの間にか戦う理由と置き換わっていた言葉を振り切りながら、操縦桿そうじゅうかんを握りしめる。


「この私が、元三軍将の一角にしてネオ・ヘルヴァニアの将軍である私が命惜しさなど!!」

「……素直になれや、キーザはん」


 低い内宮の声が聞こえると同時に、〈ディカ・ノン〉の両腕が切り離された。

 素早いビームセイバーの剣撃が関節部を溶断し、吹き飛ばしたのだと気づくのはそれから数秒後だった。

 そのまま背後に回った〈エルフィス(ストライカー)〉が、残った肩部を羽交い締めにするように〈ディカ・ノン〉の背中へと張り付き動きを封じる。


「こうなっては終わりや。こないな状態でミサイル撃ったら二人まとめてお陀仏になるからな。うちの機体はパイロット保護が十分やから、キーザはんだけが無駄死にすることになるで!」

「コレが、私を傷つけずに戦いを止めるということか!?」

「満点とはいかないやろうけどな。笠本はんやったら……もっとうまくやれるかもしれへん。うちには、コレが精一杯や」

「くそうっ……くそぉっ!!」


 ダメージアラートが響くコックピット内で、キーザは悔しさに肘置きを殴りつけた。

 じんと痛みだけが走る拳が、なんとも虚しい。

 その時だった、声が聞こえたのは。



「────あれだけ威勢を張った割には、情けない姿だな。キーザ将軍」




    ───Dパートへ続く

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