第5話「裕太 VS エリィ」【Eパート エリィの初めて】
【4】
エリィは心臓をドキドキさせながら、〈ヴェクター〉のコックピットへと乗り込んだ。
一度ジェイカイザーのコックピットに裕太と同乗したことはあったが、パイロットシートに自分で座るのはこれが初めてである。
「銀川、起動セットアップはわかるか?」
コンソール脇に置いた携帯電話から、裕太の声が聞こえてきた。
いつもはジェイカイザーに乗る裕太に外からかけるが、今回は真逆だなと、エリィはほくそ笑みながら返答する。
「失礼ねぇ。あたし、キャリーフレームの知識だけは誰にも負けない自信はあるんだからぁ!」
『それは耳年増ということだな!』
「ほんっとうに失礼ねぇ!」
携帯電話越しに響いたジェイカイザーの声に青筋を立てながら、エリィは〈ヴェクター〉の起動キーを回し、左右の操縦レバーを両方握りしめた。
「痛っ!」
指先に走る神経とレバーが接続される一瞬のピリッとした痺れるような痛み。
これが初めての時の痛みなのねとニコニコしながら、エリィは立ち上がる動作をイメージしながらペダルを踏み込んだ。
グン、とまるでエレベーターが上昇する時のような下方向への圧迫感を感じながら、目の前の景色が下へと下がっている光景に目を輝かせる。
普通であればこの速度でコックピットが上昇した場合、慣性の力でパイロットに大きな力が加わってしまう。
しかし、キャリーフレームのコックピットに標準搭載されている慣性制御装置の働きによって、パイロットはわずかな揺れを感じるだけで快適な操縦をすることが可能である。
「わぁ! すごいすごぉい! 笠本くん、立てたわぁ!」
「こっちからも見えるよ、おめでとう。そこら辺を適当に歩いてみたらどうだ?」
「うん!」
裕太の提案に快く応じ、エリィはペダルをぐっと脚で踏み込んで〈ヴェクター〉を歩行させた。
心地の良い歩行音とコックピットの揺れに身を委ねていると、ペダルを踏む足に何かがぶつかったような違和感を感じた。
エリィがコンソールを操作して足元にカメラを向けると、〈ヴェクター〉に蹴っ飛ばされて倒れたと見える赤い三角コーンが映っていた。
「こんな感覚もわかっちゃうのねぇ……そうだ!」
試しに転がっている三角コーンの平たい部分を足先だけで起こすようにペダルをゆっくりと踏み込むと、思った通りに三角コーンを起こすことができた。
「ねえ、笠本くんいまの見た? すごくない!?」
思う通りにキャリーフレームを動かせるのが嬉しくなって楽しくなって、エリィが携帯電話に呼びかけたものの、裕太からの返事はなかった。
携帯電話の画面をよく見ると、操縦している内に肌で触れてしまったからか、いつの間にかエリィの携帯電話はマイクオフモードになっていた。
エリィは右手を操縦レバーから離し、マイクオンボタンをタッチしようとしたが、そのタイミングで裕太と大田原の声が聞こえて来て、指が止まった。
「大田原さん。この間、母さんの見舞いに行きましたよ」
普段の裕太からは聞けないような、少し悲しそうな声。
声のトーンから察したのか、大田原がマジメそうな低い声で裕太に尋ねる
「由美江のか……。どうだった……?」
「ええ。相変わらず眠り続けたままです」
「……裕太、お前には本当に申し訳ないことをしちまったな。5年前のあの時、俺がもう少し早く〈ナイトメア〉を仕留めてりゃあ、こんなことには……」
「大田原さんが気に病むことはありませんよ。警察官として戦う以上、いつかは起こり得ることだったんですから……」
「でも、由美江が眠っちまったおかげで裕太、お前は生活に苦労することになっちまったんだろ?」
「……確かに、働き手の母さんが働けなくなったし当時は父さんは専業主夫やってたしで貧しい生活を送ることにはなりましたよ。でも、今は父さんもコロニーで働いてるし、俺も民間防衛の報酬で貯金も出来てます。高校で友達もできたし、全然寂しくもありませんよ」
「そうか、よかったな……」
いつになく真面目で物悲しそうなふたりの会話を聞いて、エリィは〈ヴェクター〉の中で声をかけるタイミングを見失っていた。
裕太が妙にお金に執着していたのは、母親がケガで入院して貧しい思いをしたから。
そんなことも知らずに、裕太に対してケチだケチだとバカにしてしまったことをエリィは悔いた。
そして初めて聞く裕太の母に起こった悲劇。
自分は裕太のことを何も知らなかったんだ、とエリィはやるせない気持ちになった。
「かっ……笠本くん!」
マイクをオンにして電話に向かって叫ぶエリィ。
電話越しに裕太が慌てて携帯電話を掴む音が聞こえる。
「どうした銀川!? まさか、今の聞いてたのか?」
「ええと、何のことかしら? それよりも崎口さんに、何か動かす目標とか出せないか聞いてくれない? もっと激しく動かしてみたいの」
自分でも何言っているんだと思いながらも、エリィは誤魔化すようにそう言った。
程なくして、実験場の四方の壁からキャリーフレームを模したハリボテが飛び出す。
「銀川、足元に落ちてある武器でそいつらを叩いてみろってさ」
「わ、わかった。やってみる!」
エリィは言われたとおり〈ヴェクター〉の足元にあった鉄製の棒を握り、ペダルを踏み込んでハリボテに接近した。
そしてハリボテの頭部に当たる部分を棒でなぎ払い、破壊する。
次のハリボテへと向かいながら、エリィは考えた。
今まで裕太は自分に付き合ってくれて、わがままも聞いてくれて、ピンチになったら身体を張って守ってくれた。
さっきの会話を聞いて、裕太に頼ってばかりじゃダメだと思った。
裕太はいつも自分の前で明るく振る舞っていたけれど、誰も見ていないところでひとりで苦しんでいた。
エリィはそんな裕太の力になりたいと思った、支えになりたいと感じた。
ふたつ目のハリボテへ攻撃をし、〈ヴェクター〉を反転させ次のハリボテへと向かうエリィ。
エリィはこの間のドラマ撮影の時、裕太が危険な目に遭っているのに見ているだけしかできない自分に憤りを感じていた。
裕太の助けになるためにも、自分ができること。
今考えられることは、キャリーフレームを操縦できるようになることだった。
裕太の代わりに戦えないまでも、自分の身くらいは自分で守れるように、それくらいはできるようにならないと。
最後のハリボテを破壊したエリィは、わざと挑戦的に携帯電話へと叫ぶ。
「この〈ヴェクター〉、すごくよく動けるわ! あたしでもこれだけ動かせるのなら、ジェイカイザーにだって負けないかも!」
『なにをー! エリィ嬢よ、それは喧嘩を売っているのか!?』
予想通りのジェイカイザーの怒声に、エリィは挑発を続ける。
「だって、ジェイカイザーの部品って旧式でしょう? この新型の性能なら、素人のあたしでも勝てるかもね。笠本くんもそう思うでしょう?」
「……確かに、そうかもしれないなあ」
『裕太まで! ええい、ならば決闘だ! そのマシーンと私のどちらが強いかハッキリさせようではないか!』
声を荒げて闘争心を高めるジェイカイザーに、裕太は呆れながらため息を付いた。
「って言ってますけど、崎口さん良いんですか?」
「ふむ、実戦データをそろそろ取ろうと思っていたんですよ。いい機会ですね、許可しましょう。機体はこちらで用意しましょうか?」
「いえ、結構です。ったく、しょうがねぇな……!」
渋々といった様子で裕太が休憩スペースから出て、携帯電話を握った手を振り上げる。
「来いっ! ジェイカイザー!」
裕太の前方に、もはや見慣れた魔法陣が現れ、そこからジェイカイザーが出現した。
───Fパートへ続く




