第43話「血塗られし漆黒」【Aパート 無力な者たち】
【1】
赤焼けた火星の空に、砦の裏手から飛び上がった黒い影が一つ浮かび上がった。
漆黒の翼を広げ、大きく羽ばたきながら空の彼方へと昇り、消えていく巨大な影。
「な、何だぁ……ありゃあ?」
地上でシェン達と合流していたカーティスは、空を見上げながら呟いた。
遥か遠くなれど、黒い影から放たれる重圧はわずかにでも感じ取れた。
「あれはなんじゃ? この惑星に巣食うモノノケか何かかの?」
「……わたくし以前、格納庫で組み立てられているのを見たことがあります。確か、ネオノアの機体だと……」
「なるほどね。行こう、グレイ」
「……ああ」
ロゼの言葉を聞いて納得したように、〈雹竜號〉なる機体に乗り込む黒竜王軍のふたり。
カーティスは二人組の内、フィクサの方の服を引っ掴んで彼を止める。
「おいおいおい。おめぇさん、何勝手に納得してんだよ。あれが何か知ってるって感じか?」
「……知っているというか、目的の一つだからね。兄上があの力を使う前に止めなきゃいけない」
「あの力?」
「時間がないんだ。すまないが僕らを信じて待っていてくれ」
手を振り払い、グレイの後に続き〈雹竜號〉へと乗り込むフィクサ。
翼を広げ、天高く飛び上がる青い機体を、カーティスたちは見上げることしかできなかった。
※ ※ ※
「レーナさん、苦戦していますね……」
映像越しにレーナの戦いを見ながら、深雪はボヤいた。
もとより数では下回り、機体性能と経験の長さだけを武器にひとりで20機以上の軍団に向かっていったのだ。
むしろ相手を半数以下まで減らし、それでもなお戦えているのが異常と見るか。
幼い自分よりも更に、実年齢が下のレーナの力には、経緯を通り越して畏怖すら感じる。
「艦長! 支援砲撃をさせてください! お嬢を見殺しにするつもりですか!?」
「砲術長の言うとおりです! 支援してあげましょうよ!」
「……できない。射線上に要塞がある以上、クラスタービーム以外での援護は危険だ」
浮き足立つネメシスのブリッジクルーを、低い声で制止する。
深雪も、遠くで眺めるだけじゃなく直接援護したい気持ちは多いにある。
しかし、レーナと戦っているナインの動きが巧みだった。
艦を移動させようとも、必ず戦場をネメシスと要塞の直線状に誘導しているのだ。
ナインだけでなく、配下のナンバーズ達ですらも優秀なExG能力者。
この戦艦の動きを捉えていないはずが無い。
もっとも、あぶれた敵がこちらに向かってくるような気配も無いのにも理由がある。
意識下か無意識かは定かではないが、レーナはこちらへ敵を通さないように敵を誘導しているのだ。
傍目から見てはわからない水面下の攻防の中で、この膠着状態が成り立っているのだ。
「……ナニガン副艦長、あなたならこの場合──」
恥を忍んで年の功に頼ろうとして、傍らの席にナニガンがいないことに気づく。
戦いを見守るのに集中しすぎて、ブリッジ内の動向も見えなかったのかと、深雪は自らの額に拳を打ち付けた。
「オペレーター、副艦長の所在は?」
「トイレに行くって言ってたッスよ」
「どれくらい前だ?」
「5分くらいッスかね……んん!? 格納庫ハッチ開きます!!」
「何っ!?」
慌ててモニターに視線を移す深雪。
そこにはアサルトランサーを担ぎ、今にも出撃しようとしている〈ラグ・ネイラ〉の姿があった。
あの機体は、かつてロザリー・オブリージュが乗っていたもの。
3ヶ月前に彼女を地球に送り届けたあとも、テクノロジー研究や売却用資産にと理由をつけて格納庫の奥にしまい込んでいたものであったのだが。
「命令無視をして出撃しようとしているバカがいるな! あのバカは誰だ!!」
「はいはい、バカバカついでに親バカですよっと」
「ナニガン副艦長!?」
コックピット内から送信された映像に映る姿に、深雪は驚愕した。
よりによって最も命令違反をしてほしくない相手。
深雪はヘラヘラ笑いを浮かべる副艦長へ向けて、半ば感情に任せて肘置きを殴りつける。
「あなたはキャリーフレームの操縦訓練は積んでいないでしょう! 死にに行くつもりですか!? 自殺願望なら後に叶えてください!」
「別に、死にゆくつもりは毛頭ないよ。まだ髪はあるけどね」
「くだらないことを言ってないで戻ってきてください! あなたは、もっと聡明な方だと思っていたのに……!」
「……娘の危機を目の前にして、見守れるほどできた親じゃなかったのさ」
初めて見る、真剣なナニガンの顔。
年老い、ほうれい線が増えた彼の顔の奥から、かつてヘルヴァニアの親衛隊長だった頃の気迫が浮かび上がっていた。
「大丈夫だ。僕向けの調整はしてもらったし、この機体のベースは昔に乗った親衛隊機だ。それじゃ、帰りが遅い娘を迎えに行ってくる……! ナニガン・ガエテルネン、行くぞっ!!」
スラスターから放たれる光の尾を引いて、ブリッジの正面を通り過ぎる〈ラグ・ネイラ〉。
事ここに至って、何もできない自分の無力さに、深雪は唇を噛んだ。
───Bパートへ続く




