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第42話「宇宙要塞攻略戦」【Aパート 繋がる遺伝子】

 【1】


「お父さん、遊ぼ」

「ねーねー」

「だから、私は父さんではないと……はぁ」


 執務室でふたりのナンバーズに両腕を引っ張られながら、キーザはため息を付いた。

 確かに、任務や訓練におけるナンバーズの一糸乱れぬ動きは見事なものである。

 しかし、いざ自由時間となると彼女たちは外見相応の少女の側面を前面に押し出し、こうやって甘えてくるのが難点だった。


「あら、微笑ましいですね」

「ドクター・レイ、笑ってないでどうにかしてくれたまえ。これでは身動きが取れん」

「良いじゃないですか、ご自身の遺伝子を継いだ子たちなんですから」

「……なんだって?」


 聞き捨てならない言葉に、硬直するキーザ。

 ドクター・レイは悪びれることもなく、メガネを指で押し上げながらさも当たり前のように言葉を続ける。


「言ってませんでしたっけ。ナンバーズ達を構成する遺伝子のベースは、私のDNAをベースにキーザ将軍のものを使っているって」

「……初耳だが。そもそも私は遺伝子提供などした覚えはないぞ?」

「旧ヘルヴァニア帝国の遺伝子バンクに保管されていたものを使ったんですけれど。帝国時代の健康診断か何かで採取されたのでは?」

「あー……まあ、ありそうなことではあるな」


 話の内容を理解できずに首を傾げるナンバーズ達をおいて、頭を抱えるキーザ。

 ふと、ここで一つの事実に気づいた。


「待てよ、ドクターと私の遺伝子をかけ合わせたということは……実質ドクターと私の間に生まれた娘たちということにならないか?」

「……そうですね。あくまでも遺伝子上は、ですけど」

「そうか……」

「驚かないんですか?」


 真顔のまま首を傾げるドクター・レイ。

 確かに普通ならば、突然部下の子たちが実質的に娘だと判明すれば驚きはするだろう。


「そう言われてもだな。このように父親扱いされて世話をさせられていれば血が繋がっていようがいまいが娘みたいなものだろう」

「そうですね。ナンバーズたちはえらく将軍に懐いていますものね。やはり遺伝子が無意識に親を認識しているのかしら」

「それは私にはわからんよ。それにしても……知らずらずのうちに、結婚もせず100児以上の父になっていたのか、私は」


 未だ要塞内で培養液に浸かり成長中のナンバーズが約50名弱。

 誕生し、兵士としての適性ありと見いだされた個体が20名弱。

 残りは養子という形で処分。

 その全てに自分の遺伝子が流れていると考えると、甘えてくる彼女たちへの見方も変わってくる。


「これでは、戦地へ娘を送り出す外道だな。私は」

「彼女たちは兵士として働くために生まれたのですから、戦場に送ってあげないと可愛そうですよ?」

「そういうわけではないのだが……待てよ。なぜ私の遺伝子なのだ? ヘルヴァニアの遺伝子バンクであれば、もっと兵士やパイロットとして優秀な人物は居たはずだが」


 ふとした疑問。

 自身が無能であると言うわけではないのだが、もっと特化した才能や能力を持つ人物は存在するはずである。

 数ある有志たちの中で、なぜ自分が選ばれたのかが疑問だった。


「そ、それは……その……」


 キーザから質問され、途端に平静を失い始めるドクター・レイ。

 彼女は両手で口を覆い、視線をキーザから必死に逸らす。


「言えないような理由なのか?」

「えっと……キーザ将軍の遺伝子を選んだ理由は……私の個人的な好意です」

「こうい……?」

「だって、キーザ将軍はカッコいいじゃないですか! 親衛隊の家に生まれ、若くして三軍将の一角へと抜擢! 半年戦争で敗将となれども誇りを失わずにいま、地球と戦うためにネオ・ヘルヴァニアで再び将軍へと……! あっ、すいません熱くなっちゃって」


 興奮を抑えているのであろうが、顔を赤くしたまま真顔になるドクター・レイ。

 キーザは少し彼女の熱意にドン引きしつつも、このような立場になった自分を高評価している人間がいることに驚きと喜びを感じていた。

 

 敗戦の将として地球で惨めな生活を強いられていたキーザ。

 彼にとってはこの20年は馬鹿にされ、蔑まれ、笑われてばかりの人生であった。

 一個人として尊敬の眼差しで見られることなど、何年ぶりであろうか。

 そう思っていると、ひとりでに涙が溢れてきた。


「キ、キーザ将軍!? 私、何か悪いこと言っちゃいましたか!?」

「いや、いろいろと複雑な感情が渦巻きすぎてな……すまない」


「キーザ将軍、こちらにいましたか!」


 そう叫びながら突然部屋へと入ってきたのは、ひとりのネオ・ヘルヴァニア軍兵士。

 彼は涙を拭くキーザと顔を赤くしているドクター・レイを見て少し困惑したような表情をし、咳払いをした。


「地上要塞が宇宙海賊の部隊に制圧されたとの報がありました!」

「そうか……ロザリー・オブリージュとヤンロンの消息は?」

「確認してはおりませんが、敵の捕虜になった可能性が高いとのことです」

「……わかった。下がっていいぞ」

「はっ!」


 足早に立ち去った兵士の背中を見送ってから、キーザは壁にかけてあったコートをバサリと羽織る。


「……出撃、ですか?」


 ドクター・レイが、心配そうな目をしてキーザを見つめる。

 彼女の言いたいことはわかっている。

 重機動ロボであるキーザの機体〈ディカ・ノン〉にはキャリーフレームに搭載されているパイロット防衛機能が存在しない。

 つまりは、戦死の可能性があるということである。

 敬愛している存在である自分が死する可能性を、彼女は憂いているのだ。


「大丈夫だ。私は死なぬよ」

「けれど……」

「そうだ。戦いに勝利した暁には、ナンバーズたちと共にどこかへ出かけないか?」

「え?」


 キーザの提案に目を丸くするドクター・レイ。

 彼女のキョトンとした表情に、キーザは思わずしどろもどろになる。


「いや、深い意味はない。慰安とか休息とか、あるいは羽根を伸ばすというのか? ああいった目的だ。ナンバーズといえど、戦い以外のことも知らねば精神攻撃に弱くなる。そしてドクターが居なければ、この子らを私一人では制御できないからな」

「えっと……なんだか戦いの後の予定を立てるのって、ますます死にそうな気配がムンムンするんですが」

「そうなのか? ヘルヴァニアでは戦いの後の予定を立てることにより、生き残る意思を鼓舞するというのだが……ううむ、たしかに地球のフィクションでは死亡フラグとか言われていた気もするな」


 クスッと、今まで真顔ばかりだったドクター・レイが笑った。

 その顔を見て、キーザも自然に笑みが溢れる。


「わかりました。戦いが終わったら旅行に行きましょう。どこか景色がきれいなところでみんなで食事でもしましょうか」

「ああ、それは楽しみだ……! では、行ってくる」


 互いに敬礼を交わし、部屋を後にするキーザ。

 その表情は、未来への希望へと溢れた表情であった。




  ────Bパートへ続く

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