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第41話「火星の嵐」【Fパート ぶつかり合う男女】

 【8】


「邪魔をするんじゃねぇッ!」


 両肩と両脚のミサイルポッドを全開にし、辺り一面に弾頭を舞わせる。

 白い煙の尾を引いて飛び去ってゆく無数のミサイルが、的確に進路を塞ぐ敵キャリーフレームへと突き刺さり、レーダーから光点を消していく。

 変形時のローターは既にネジ曲がり飛行は不可能。

 かろうじて機能するホバー装置による浮力で、滑るように前へと進み続ける。

 要塞を目前にし、徐々に激しくなってくる敵の攻撃をも物ともせず、カーティスは疾走していた。


 最終防衛ラインであろう陣地を目視し、レールガンを構えたときにその声が聞こえてきた。


「お待ちなさい!」


 凛とした女の声に、カーティスは機体の足を止める。

 陣地の奥からゆっくりと歩み出てきたのは、片腕に巨大な槍型武器・アサルトランサーを持ったキャリーフレーム。

 初めてロゼ……ロザリー・オブリージュと邂逅した時に彼女が乗っていた機体〈ラグ・ネイラ〉だった。


「この者はわたくしが相手をします。あなた達は先遣隊の応援へ向かいなさい」


 ロゼの指示を受け、カーティスを無視して通り過ぎていく〈ザンドール〉達。

 荒野に吹く風に砂埃が舞い散る中、〈ラグ・ネイラ〉の槍が〈ヘリオン〉へと向けられる。


「カーティス、あなたさえ居なければわたくしは苦しむ必要など無かったのに」

「ヘッ……俺様の名前は覚えてくれていたみたいだな、ロゼ!」

「その名でわたくしを呼ぶんじゃありませんわ! オブリージュ家のロザリーとして、そのような下郎な名で呼ばれる筋合いはありません!」


 バーニアを吹かせ、一気に接近する〈ラグ・ネイラ〉。

 カーティスへと向けられたアサルトランサーの根本から、機関砲が火を吹き鉛玉が宙を走る。

 とっさに回避運動を取るも、戦いで傷ついた機体の鈍い動きはカーティスのイメージについてこず、大型レールガンそのものである右腕が被弾しスパークを起こす。

 コンソールに映るレールガン機能停止の報せ。

 ミサイルを始め、ありとあらゆる内蔵火気を撃ち尽くした〈ヘリオン〉から、武装が無くなった瞬間であった。


「ちぃっ!」


 デッドウェイトとなった右腕を切り離し、地に落ちたレールガンが低い音とともに砂を巻き上げる。

 満身創痍の〈ヘリオン〉の中で、カーティスは額の汗を袖で拭った。


「投降なさい。悪いようにはいたしませんわ」

「本当にそう思ってるのかよ? 地球にコロニー・ブラスターを向けて脅しをかけようって連中が、地球人の俺を丁重にもてなすとは思えんがな」

「地球など、忌まわしき大地ですわ。地球人さえ居なければオブリージュ家は落ちぶれず、わたくしも……」

「そのオブリージュ家ってのは、おめえに何をしてくれたんだ?」


 ロゼの言葉が止まる。

 カーティスは記憶喪失の彼女と暮らす中で、過去に経験したであろうトラウマを想起する姿を何度か見ていた。


 カーティスの豪邸に入ろうとして、その場にうずくまる。

 テレビドラマの中で描かれた、高貴な家の醜い後継者争いのシーンを見て過呼吸になる。

 高級な料理を食べようとして、なぜか料理が手につかず涙を流す。

 

 彼女は高貴な家で起こり得るであろう、あらゆることに対して拒否反応を示していた。

 それは、オブリージュ家という彼女の生きる支柱こそが、彼女の心に突き刺さったくさびであることを容易に想像させる。


「わたくしは……わたくしは……!」

「ロゼ、たしかに俺様は記憶を失った時のお前としか、しかも3ヶ月程度しか付き合っちゃあいねえ。だがよ、その短い間にもお前さんが過去にロクな目にあっちゃいねえのは感じられたぜ?」

「あなたに、あなたに何が分かるというのですか!?」

「わかるに決まってんだろ! 愛した女のことなんだからよォッ!!」


 カーティスは叫びとともにレバーを押し倒し、〈ヘリオン〉の左腕で先程切り落としたレールガンを掴み、〈ラグ・ネイラ〉へと投げつける。

 飛来してくる巨大な物体がアサルトランサーを弾き落とし、手から離れたその武器を〈ヘリオン〉が握る。


「ああっ……!!?」

「お前に、戦いは似合わねえよ。ロゼェッ!!」


 カーティスは、振り上げた槍の先端からビームを放射させたまま、勢いよく横に薙いだ。

 光の帯が〈ラグ・ネイラ〉の両足をたやすく溶断し、脚を失った機体が仰向けに倒れ込む。

 すると、機能を停止した機体のコックピットが開き、ロゼが飛び降りた。

 

「ロゼッ! ぐあっ!?」


 要塞の方へと駆けていく彼女を止めようとした瞬間、〈ヘリオン〉の背部バーニアが爆発を起こし前のめりに倒れ込む。

 カーティスは緊急用のコックピット開放レバーを倒し、機体の外へと脱出した。


「ヘリオン、よく持ってくれたな……。後は、俺の手でケリを付ける」


 懐の拳銃に弾を装填しつつ、カーティスはロゼの後を追った。



    ───Gパートへ続く

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