第41話「火星の嵐」【Bパート それぞれの想い】
【2】
「カーティスの旦那、聞きましたかい?」
「んあ? ガキンチョどもが勝手に俺たちを地上組にしたってぇ話だろ?」
自室に入ってきたモウブの話を聞き流しながら、カーティスは携帯電話に写真を表示する。
そこに写るのは、ロゼと二人でとったツーショット。
写真の中で満面の笑みをカーティスの隣で浮かべる彼女の姿を眺め、自分の中に決意を燃やしていく。
「その写真……もしかして」
「おいモウブ、覗くんじゃねえよ。こいつは……お前さんの想像通り、これから俺様が会いに行く女だ」
取り戻す、ではなく会いに行くというのは、カーティスの理性だった。
確かにロゼは、彼女が記憶喪失だった頃にらカーティスを愛してくれていた。
しかし、記憶が戻った直後のあの拒絶。
────汚らわしい地球人め!
彼女の口から放たれた言葉は、カーティスの心に突き刺さり続けていた。
それが突然の状況で口をついて出た言葉なのか、それとも彼女の本心なのか。
エリィのメッセージに記された、ロゼがカーティスの存在を心残りにしているという一文。
その微かな希望にすがり、彼女の本心を聞き出すこと。
それが作戦におけるカーティスの一大目的である。
携帯電話の画面を消し、咥えていたタバコを灰皿に突っ込む。
立ち上がり、椅子の背もたれにかけていたコートをバサリと音を立てて羽織る。
「待ってろよ、ロゼ」
カーティスは、モウブに聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「……そういやモウブ、ジンの奴はどこだ?」
「さあ? トイレにでも行ってるんじゃないッスか?」
※ ※ ※
「……ああ、そうだ。俺はジン・タッパー、現在Ν-ネメシスってぇ戦艦に潜伏している」
人気の少ない廊下の隅で、携帯電話片手に通話するジン。
メガネのレンズが薄明るい照明を反射し、キラリと白く光っていた。
「もうまもなく、火星のポイントA310に降下攻撃をかける。部隊を展開しておいてくれ。だから俺の身柄は……」
通話を切り、ほくそ笑む一人の男。
その彼の動きを見るものは、周りに誰もいなかった。
【3】
「……はぁ」
格納庫の壁にもたれかかり、ロザリーはため息をついた。
頭の中に渦巻くのは、キーザが言った「自分自身の幸せ」という言葉。
今まで、自分は幸せを感じたことがあったのだろうか。
ヘルヴァニアという国家に尽くし、殉じることこそが幸福だといった祖父の教え。
数ヶ月前までは、それこそが揺るぎない真実だと思っていた。
いや、思い込まされていたのかもしれない。
祖父の言葉に疑問を抱くきっかけは、薄くボンヤリと記憶に刻まれた地球での思い出。
そのどれもに不快感はなく、むしろ充実感を感じていた。
それが幸せというのならば、自分が今ここにいることは、幸せとは真逆の方向へと向かっているのかもしれない。
「何、しけたツラをしてんだよ」
自問自答に耽っていたロザリーへと、ヤンロンがぶっきらぼうな言葉をかける。
彼の鋭い目つきとその言葉遣いは、嫌でもあの男を思い出させる。
「わ、わたくしの機体の整備状況を見ていただけですわ」
「もうすぐ俺は出るからな。気になる気持ちはわからなくはない」
「出撃がありますの?」
「なんだ、そんなことも知らずに格納庫にいたのか? 内通者から連絡があったんだとよ」
ロザリーから人ひとり分離れた壁によりかかるヤンロン。
彼が手に持ったドリンクのストローに口をつけるのを見ながら、ロザリーは口を開く。
「ヤンロンさん、あなたには……愛する人はおりまして?」
言って、何を聞いているんだと自己嫌悪。
恋話に花を咲かせるような状況でも無いだろうと、自分の頭を叩きたい衝動に駆られる。
「突然だな……ああ、いるぞ。俺がここにいるのは、そいつの為だしな」
「あなたの想い人のため……ですか?」
「俺の住んでいたコロニーは、古臭くてかなわねえ。風景も、文化も、何もかもだ。あいつは、そんなコロニーの為に身を粉にして頑張っていた」
「それと、あなたがネオ・ヘルヴァニアに尽くすことに……何のつながりが?」
「ネオ・ヘルヴァニアがひとつのしっかりした国になったら、俺の故郷を併合してもらうんだよ。そうすれば、古臭いしがらみは崩壊し、あいつは責務から開放される……」
彼の望みが果たされないのではないかと、ロザリーは感じていた。
戦力の増強に力を尽くし、民の生活を蔑ろにするネオノアの政策が、他の国を幸せにするとは思えない。
将来的な勝利の末にネオ・ヘルヴァニアの民たちが幸せになれるのかは、全くもって想像ができなかった。
「うまく……ゆくと良いですわね」
わかっていても、そう返す他はなかった。
「ったく……そんな顔してるからキーザ将軍に、基地の守りを固める要員にされるんだよ」
「わたくしは出撃ではありませんの?」
「連中がこの要塞に殴り込む時までに頭を冷やしてろってこった。部隊は俺が率いる」
壁から背を離したヤンロンが、〈ザイキック〉へと駆け込む。
本当ならば自分が先陣を切らなければならないのに、部外者にその役目が与えられる現実。
自分の不甲斐なさがそうさせるのだと思うと、怒りがこみ上げてくる。
(あの男のことは忘れないと……!)
首を大きく横に振り、両頬をパンパンと自分で叩く。
それで雑念を振り切れるのであれば、苦労はしなかった。
───Cパートへ続く




