第40話「ヘルヴァニアの民」【Eパート ヨハンのナンパ道】
【4】
あれから数日後。
怪我を完治させた裕太は、窓越しに地球が下がっていく風景をボーッと眺めていた。
その隣の席には、修学旅行の時以来の懐かしい顔。
「……にしてもだ。久しぶりに連絡が来たと思えば、急に10人とキャリーフレーム6機を運んでくれだなんて、無茶を言う男だよ君は。普通はコロニー・アーミィ用の特別便なんて、民間人に使わせないんだぞ?」
エリィ救出作戦の準備を終えた裕太たちは、宇宙港に停泊するΝ-ネメシスへと向かうべく軌道エレベーターで宇宙へと登っていた。
予約必須の軌道エレベーターの席を、キャリーフレーム運搬分も込みで急に確保するのは本来は不可能なのであるが、こういうときのためのコネが裕太にはあった。
「いいだろヨハン、金はしっかり払ってんだから。……進次郎が」
「裕太……言っておくが、この天才である僕がコレ以外に活躍できそうにないから、コズミック社の御曹司という身分と個人的なマネーを使っているんだからな?」
正面の席の進次郎が、不満そうな顔で額に手を当てる。
今回の対ネオ・ヘルヴァニア作戦においては、キャリーフレームの操縦がお世辞にも上手いとは言えない進次郎は、戦いにおいては無力である。
そんな中でも、裏方としてでも貢献したいという気持ちが強かったらしく、こうやって出資者として同行しているのだ。
「わかってるよ進次郎。感謝してるよ」
「それでだ、笠本。あちらのメイド服姿の美人さんはどちらさまかな?」
椅子から身を乗り出し、隣のブロックでサツキと談笑しているジュンナを指差すヨハン。
相変わらず、ナンパ癖は治っていないようだ。
「あいつはジュンナ。俺の家の……その、メイドだよ」
「メイドォ!? 笠本、君はもしかして名家の跡取りか何かか!?」
「そりゃ当たり前だろ! この男はヘルヴァニアの姫君と結ばれる男だからな!」
女性陣達が座るのとは反対のブロックに座っていたジンが、手を伸ばして面白そうに裕太の頭をなで上げる。
裕太は「やめろよ」と反論しようとするが叶わず、今度はモウブが言葉を続ける。
「そうだぜ。そんなお偉いやつの家に使用人がいなけりゃ逆に驚きだぜ!」
「笠本ォ、君というやつは……! それはさておき、美女に挨拶をせねば!」
「お、おいヨハン!」
裕太の制止を物ともせず、隣のブロックへとツカツカ歩くヨハン。
彼はジュンナの前で立ち止まり、彼女へとまるで貴族のような丁寧な礼をする。
「そこのメイド服姿のお嬢さん、僕とランチでもいかがかな?」
「お断りします。私はコールタールを分かち合える人じゃないと、愛せませんので」
「笠本、お前もしかして」
「いや、飲まねえからなヨハン? 俺はコールタール飲むビックリ人間じゃねぇからな?」
「むうう……」
残念がるヨハンを指差し、手を叩いてゲラゲラと笑うのはジュンナの隣に座る内宮だった。
露骨にバカにされたからか、ヨハンがズイと内宮に顔を近づける。
「君ぃ、人を指差してはいけないと習わなかったのかね?」
「アハハハ! いや、スマンスマン! ヨハンはんがあまりにもオモロ過ぎてな。飯やったらうちに奢ったってもええんやで?」
「断る! 君は品がないし大食らいだ。僕の薄給を搾り取ろうたってそうはいかないぞ!」
今度は、内宮の向かいの席に座るシェンへとヨハンはターゲットを変える。
どうも、ここにいる女子全員に声をかけるつもりのようだ。
「そこのオリエンタルなお嬢さん。どうか僕とお食事でも」
「そうじゃなぁ、そろそろ昼食の時間も近いしの。良い時間になったら皆で向かうゆえ、先に向かってて良いぞ?」
「あ、いや、そういうことじゃなくって……ハァ」
「む?」
純真さからかただ鈍感なだけなのか、シェンはヨハンの言うことを表面上しか理解していないようだ。
そして、最後に残ったレーナへとヨハンが顔を向けると。
「悪いけれど、21点には興味がないの」
「にじゅういってん?」
「あなたの顔面指数。ちなみに進次郎さまが100点で、そこのが50点よ。進次郎さま〜! あとでお食事いかがですか〜!」
レーナが笑顔で手をふると同時に、進次郎の隣に座っているサツキが、背もたれから身を乗り出してギンギンとレーナを睨む。
ものの見事に全員から振られた形のヨハンは、区画中央の柱へともたれかかり涙を流しながら笑っていた。
「……ったく、うるせぇじゃねえかガキども! 俺様が寝られねーじゃねぇかよ!」
額にアイマスクをつけたままのカーティスが、壁を殴りつけながら怒号を発した。
と、同時に車両全体に鳴り響く警報音。
上の車両かにわかに慌ただしくなる中、カーティスは顔を青くしていた。
「……これ、俺様のせいじゃねぇよな?」
「そんな、壁を叩くだけじゃ警報はなりませんよ! こちらヨハン、何事ですか!?」
通信機を手に取り、なにやら話し始めるヨハン。
2、3度頷いてから通信機を胸ポケットに戻したヨハンが、真面目な顔をして向き直る。
「みなさん落ち着いて聞いてください。現在、当車両は宙賊の襲撃を受けています」
「襲撃だと? この高速で動く軌道エレベーター相手にか!?」
「どうやら、並走するためのブースターをつけているらしく……ただいま我々エレベーター・ガードが応戦中です」
「応戦中って言ったってよ……!」
かつて修学旅行で軌道エレベーターに乗ったときのことを裕太は思い出していた。
エレベーター・ガードが運用する〈ザンク〉は、パーツ単位でのチューンナップこそされてはいる。
しかし、軌道エレベーターめがけ飛んでくる漂流物は撃ち落とせても、回避行動を取り反撃してくる敵機に応戦するのは困難である。
可能とすれば、車両に捕まったまま射撃することくらいだろうが、これでは並走する敵にとってはただの的である。
万が一にでもやられ、軌道エレベーターから足を踏み外せば、引力に引かれて地球へと真っ逆さまだ。
裕太は立ち上がり、上へと向かう車内エレベーターのスイッチを押した。
慌ててヨハンが裕太へと走り寄り、止めようと掴みかかる。
「笠本! またお前は……!」
「お前もわかってるんだろ、ヨハン! あんな相手じゃガードの機体じゃ歯が立たないって! 俺のジェイカイザーなら、前やったように落ちても戻ってこれる!」
「けど、お前は……!」
「悪いが、俺たちはこんなところで足を止めていられないんだ! 行くぞ、ジェイカイザー!」
『……んごご、ふがっ? そうだぞ、今こそ打倒ネオ・ヘルヴァニア!!』
「……なあジェイカイザー、お前もしかして今の今まで……寝てた?」
『わは、わははは!! ……すまん、何があったんだ?』
「おーまーえーな〜〜〜!」
脱力しながら、到着したエレベーターへと裕太は乗り込んだ。
───Fパートへ続く




