第40話「ヘルヴァニアの民」【Cパート ネオ・ヘルヴァニアの王】
【3】
スラム街からやや離れた場所に位置する巨大な建造物。
王宮というよりは砦、あるいは要塞という言葉が似合うその建物の中へと、エリィは足を踏み入れる。
整列したヘルヴァニア人兵士たちが次々に敬礼を送る中、廊下を抜けた先。
奥まった場所にある司令室の椅子に、仮面の男が座っていた。
「エリィ・レクス・ヘルヴァニア殿下、はるばるご足労頂き感謝する」
「何が殿下よ。誘拐されてきたのよ、あたしは」
「部下の乱暴は詫びよう。幸い、君のフィアンセは命に別条はないようだ」
「う……」
裕太が無事であると聞いた安心感と、裕太をフィアンセだと言われた嬉しさ、それからなぜその情報を知っているのかという疑問がうずまきエリィの口が止まる。
会話のイニシアチブを奪われまいと、あたりを見回して反撃の糸口を探す。
不意に、小さな何かが仮面の男の近くへと飛来し、その肩に座り込んだ。
「え……妖精?」
その姿は、エリィには見覚えがあった。
黒竜王軍と戦い始めて間もない頃、総統のゴーワンとともに居た妖精。
「あーっ! ネオノア様、このひと光の勇者と一緒に居た女ですよ!」
「わかっている。フリア、いま大事な話をしているんだ、少し席を外してもらいたい」
「わかりまーしたっ!」
ネオノアと言葉を交わした妖精・フリアは再び飛び上がり、虫の羽音のような音を響かせながらどこかへと飛び去っていった。
あっけにとられていたエリィへと、ネオノアが怪しい笑みを浮かべる。
「驚くのも無理はない。この者はフリアと言ってな、黒竜王軍と我々ネオ・ヘルヴァニアを繋ぐパイプ役をやってもらっていた」
「黒竜王軍と?」
「我らのような新興勢力が地球と渡り合うためには、彼らにない独自の要素が必要だ。我々は以前よりフリアを通じて黒竜王軍を支援していてな、見返りにテクノロジーの提供を受けていたのだよ」
「……黒竜王軍が、妙にこの世界との繋がりが強かったのって、あなたの仕業だったのね?」
黒竜王軍のこの世界におけるフットワークの軽さは、以前より謎として上がっていた。
メビウスという企業との繋がり、内宮を人工ExG能力者にする技術力。
その他にも色々とあったが、すべてこの男が手引きしていたということならば、疑問も晴れる。
「フフフ、そうだ。彼らはよい上客だったからな。それにメビウスという企業も我々のためによく働いてくれた」
ネオノアの口から次々と明かされる事実に、エリィはすっかり会話の主導権を握られていた。
このままでは気圧されてしまうと考え、話題の転換を図る。
「えっと、黒竜王軍との繋がりはわかったわ。でも、あたしを攫ってまでここへ連れてきた理由がわからないわ」
「フ……単刀直入に言おう。君には、ヘルヴァニアの民を導く女王をやってもらいたい」
「女王を……ですって?」
「君は、ここに来るまで街を見て何か思わなかったかね?」
仮面の男に言われ、エリィは砦に至るまでの道中を思い出す。
数メートル先も見えない砂嵐が吹く過酷な火星の大地で、簡素な建物で質素な生活を営んでいた人々。
「どうして、これほどの軍備を整え、キャリーフレームや重機動ロボを運用するほどのお金があるのに、人々が貧困を強いられているんだろうって思ったわ」
エリィの中にくすぶっていた違和感。
キャリーフレーム1機を買うお金があれば、あばら家をひとつ立派な建物にするくらいはできる。
これだけの兵士に与える装備と、宇宙要塞を運用する資金があれば、火星の大地に街ひとつを作り出すことだって、できるはずなのだ。
それもせずに質素を強いり、まるでこの場所に長居する気がないかのような生活は、火星の大地に根を下ろした「国」の姿とは思えなかった。
「ふむ、いい着眼点だ。それでこそ女王となる資格のある者だ」
フン、とネオノアが鼻を鳴らす。
「理由はいくつかある。ここは戦乱渦巻く火星、武器と機体は安上がりで済む。それ以上に……我々はこの荒野を新たな故郷とするつもりはないのだよ」
「ならばどうしてコロニーを離れたの? スペースコロニーの方が、火星よりもよっぽど……」
「人間のすべてが大地と緑を離れて暮らせるわけではないのだ。人の手で作られたコロニーという円筒の地に馴染めず、かといって地球の大地にはもう空きはない」
「でも、地球の人々はヘルヴァニア人を受け入れてくれるわ」
「そして地球の文化に土着しろと言う。いかに文化が近いといえど異星の文明。今、彼らに必要なのは緑豊かな大地に根付いたヘルヴァニア人の国なのだよ」
エリィはネオノアの言うことが、全てわからないわけではなかった。
半年戦争の後に地球へと帰属したヘルヴァニア人たち。
故郷を失った彼らには、心の拠り所となる場所が無くなってしまったのだ。
かつて銀河帝国の植民星だった惑星への移住は、反ヘルヴァニア思想や人口過多により移住先としての選択肢は最初から失われている。
たとえ地球が最大限、ヘルヴァニア人たちの移住に配慮したとしてもそこは異星の地。
戦後に生まれたエリィたちの世代を除き、地球圏の住人へと馴染むことのできなかったヘルヴァニア人を、木星のコロニーで見たことがないわけではない。
ルールを守れぬ愚か者だと排斥され、マナーを知らぬ痴れ者だと蔑まれていた人々。
エリィは、そういった者たちが何を求めていたのかが、今初めて理解できた。
───Dパートへ続く




