第39話「男たちの決意」【Gパート 遠く近い危機】
【6】
(あれは……火星よね)
宇宙を走る旅客機の窓際の席に座らされたエリィは、外に見える赤茶色の惑星を眺めていた。
故郷の木星とは色こそ似ているが、大きさも表面模様も異なり、なによりも全面に大地をたたえるその星は、地球から比較的近くともまさに異国であった。
隣の席は、自分を連れ去った屈強な黒服に固められ身動きは取れない。
足を撃たれた裕太の心配は尽きないが、無事を信じる他にできることは皆無。
今のエリィにできることは、おとなしく相手に従い、狙いを待つことだけである。
これから船が向かうであろう火星の大地が近づくに従って、その周囲に浮かぶ白い物体が徐々に形を帯びてくる。
それは、ひとつの宇宙ステーションと、ひとつのスペースコロニー。
いや、コロニーの形をした何かであった。
(せっかくの……)
エリィは心の内で怒りに燃えていた。
それは連れ去られたことにではなく、自由を奪われたことにでもない。
(せっかくの、笠本くんの告白だったのに……!)
想い人からの待ち望んでいた言葉。
それを中断され、先延ばしにされたことが今のエリィの中では一番の怒りの種だった。
(絶対に……帰ってやるんだから!)
少女の紅の瞳には、確固たる意思が燃え上がっていた。
※ ※ ※
到着した警察たちの手により、倒れた〈ザンドール〉のパイロットを引きずり出す作業が始められる。
内側からロックされたコックピットハッチを、専用の器具を使って無理やりこじ開けようとする火花がまばゆく光る。
「笠本のボウズ、怪我人にまで先を越されちまったら俺たちの立場がねえだろうが」
「すみません大田原さん。ところで、ガイたちは大丈夫ですか?」
「ふたりは離れたところで我々が保護しましたであります! 私はガイさんたちの様子を見に行ってまいります!」
小走りで、現場から富永が去っていく。
視線を移すと、ちょうど2機の〈ザンドール〉からパイロットが同時に引きずり降ろされるところだった。
ひとりは痩せこけた、小さい眼鏡をかけた肌の白い金髪の中年男。
もうひとりは色黒で、だらしなく腹が膨れたガタイの太い中年男。
両手を手錠で繋がれ、警察官に囲まれ身動きが取れなくなった両者に、照瀬がごつい顔を近づけて凄んだ。
「んで、お前たちの所属組織は? 何を目的にしてこの事件を起こした?」
「……答えることはできん!」
「煮るなり焼くなり好きにしろ!」
「ちっ、男のくっ殺なんて嬉しくもねえよ……。機体の型から、この間の愛国社を名乗ってたヘルヴァニア人と同じか? ってことはお前たちはヘルヴァニア人か? 答えろ!」
照瀬がすごむも、二人は沈黙で答える。
しばらくのにらみ合いの後、照瀬が細い方の男の胸ポケットから手帳を取り上げた。
「あっ……」
「ったく、やっぱりヘルヴァニア人じゃねえか」
照瀬が立ち上がり、大田原の方へと歩こうとした途端、カーティスがメモ用紙を片手に太った方のヘルヴァニア人の胸ぐらをつかみ上げた。
「うぐっ……」
「おい貴様、貴様らはネオ・ヘルヴァニアの連中だな? てめえら、こいつで何をしようとしているんだ!? こいつが何か、わかってやってんのか!?」
メモ用紙に描かれた火星をバックにした円筒形を指差し、迫力たっぷりに問いかける。
慌てて照瀬が「おい、やめろ!」と叫びながら、引き剥がそうとカーティスの背中に張り付くも、詰問するその勢いは止まらない。
「こいつはな、かつてアメリカ軍で考案されたコロニー・ブラスターって言う戦略兵器なんだよ! この規模のやつをぶっ放したら……てめえらごと地球だって丸焼きになっちまうんだぞ!!」
「「なっ!?」」
ヘルヴァニア人の男二人が、表情にこれ以上ないといった驚愕を浮かべた。
肌表面に脂汗が浮き出るほどの驚きっぷりと、カーティスが口走った言葉が聞き捨てならない裕太は、彼らのもとへと走り寄る。
「おいオッサン、何だよコロニー・ブラスターって!? 連中はエリィを無理やりさらって、何をしようっていうんだよ!!」
「ガキンチョ、お前は黙って───」
「待て! エリィというのはもしかして、エリィ・レクス・ヘルヴァニア嬢のことか!?」
「姫様は同意をもって本土に連れられたというのは、嘘だったのか!?」
エリィの名に過敏に反応するふたりのヘルヴァニア人。
腕にはめられた手錠をカタカタといわせながら、裕太に気迫だけで食って掛かる。
「エリィは、謎の黒服野郎に気絶させられて攫われたんだ……俺の目の前で。そういやあの黒服、俺のことを“地球ごと焼け消えるから放っておけ”って言ってたよな……まさか!」
「ビンゴだぜぇ、ガキンチョ……! 連中の、ネオ・ヘルヴァニアの目的はコロニー・ブラスターによる地球焼却攻撃だ……!」
カーティスの言葉に、周囲の人々が全員固まった。
警護する警察官も、カーティスを抑えようとした照瀬も、ヘルヴァニア人ふたりでさえも、言葉を失ったのだ。
「そんなことは我々は聞いていない! 詳しく話を聞かせてくれ!」
「なんだったら、情報の提供もするし協力も惜しまん! 地球には家族もいるし、同胞が大勢いるんだ!!」
「……なあ、大田原さん。このふたりの身柄、司法取引っつうことで俺たちに預けてくれないか?」
ヘルヴァニア人の驚き、怒り様から、その感情に裏がないことを見抜いた裕太は、トマトジュースを飲んでいた大田原に話を持ちかけた。
中年警部補は少年の一見無茶な要求に眉ひとつ動かさず、ズゾゾと紙パックの底を吸い上げる音を鳴らす。
「笠本のボウズ、俺を誰だと思ってるんだ?」
「やっぱり、無理。ですよね……」
「だから、誰だと思ってるんだって聞いてんだよ」
大田原は特濃トマトジュースの紙パックを握りつぶし、自らの胸板をドンと叩き鳴らした。
「俺は天下の特殊交通機動隊の隊長だ。俺の管轄する事件じゃ、俺が法律だ! ボウズ、連中の扱いは事が済むまで預けるが……行けるな?」
「……はい!」
「よし、じゃあ行って来い!」
裕太の背中をバシンと叩く大田原。
痛がる裕太をよそに彼はヘルヴァニア人たちの元へと向かい、その腕にはめられた手錠に鍵を差し込む。
「おい、そこのヘルヴァニア人ども。名前はなんて言う。細いのから名乗りな」
「お、俺はジン・タッパー。所属はネオ・ヘルヴァニア地球部隊の兵士だ」
「同じくモウブ・ヘイジ。申し出を認めてくれて助かる」
「いいか、ジンにモウブ。俺だって訳無くこんな小僧に犯人の身柄を預けたりはしねえ。その意味をよく考えてから、身の振り方……考えんだぞ? それか」
「「あ、ああ。わかった……!」」
両腕から枷が外され、立ち上がるふたり。
一連の行動に、面食らった照瀬が大田原へと問い詰めた。
「警部補、いくらなんでもやりすぎじゃありませんか!? こんな連中を、子供に預けるなんて!」
「いいか照瀬巡査部長。現場は何事も臨機応変だ。ここで格式ばったやり方を優先して、それで地球が滅んじまったらそれこそ大間抜けだ。それに……かっこいいじゃねえか。地球を守る連中の手助けをできるってのはな」
「けれど、犯人の手錠をこうも簡単にに外すなんて」
「良いじゃねえか。もし逃げ出したとしてもキャリーフレームにパトカー大勢いる状態だ。再逮捕は難しくないだろうよ。それに、俺ぁ人を見る目には自身を持っているつもりなんでな」
───Hパートへ続く




