第39話「男たちの決意」【Dパート 火星の情勢】
────太陽系第四惑星・火星。
それは宇宙進出を果たした地球人類が月で成功を収めてから、その次に惑星地球化を試みた地である。
しかし、地球から最も近づいたときでさえ約7500万キロメートルも離れた大地は、地球から制御するにはあまりにも遠すぎた。
大気圏を形成し、呼吸可能な空気を満たすまではできたが、大地を肥沃なものにすることまでは成されなかった。
星全体が枯れ、乾いた荒野と砂漠に包まれた大地には植物も僅かしか根ざさない。
完全な成功とは程遠い、過酷な環境となった火星ではあったが、その大地を渇望する人間は少なくなかった。
スペースコロニーでの生活に馴染めず、土の上でしか生きられない者たちは火星の地に根を下ろし、いくつもの国を作った。
火星の大地に生まれた国は地球の歴史をなぞるかのように、その広大な土地を巡って今もなお争い続けている。
まるで外から刺激を与えればすぐにでも弾ける風船のように、その情勢は宙域も込みでデリケートとなっている。
それ故に、地球に寄り添って宇宙に生きるものは「火星に触れるべからず」を肝に銘じ、情報は断絶され交通網も火星を大きく避けるように整備された。
火星にアクセスする方法は、それこそ地球から僅かしか出ない火星行きの特別専用便くらいである。
「……そんなところに、エリィが」
「火星の連中は話が通じひん言うんは常識や。連中は大地を信仰する宗教を信じとるらしく、スペースコロニーのひとつも浮かべとらへんらしい」
「本当かえ? わらわ、行きがけにその火星とやらを双眼鏡で覗いたが、このような物が浮かんでおったぞ?」
サラサラと、メモ用紙の裏にボールペン一本で細やかな絵を書くシェン。
書き終え、裕太たちに見せたその絵はモノクロながらもひと目で火星と分かる模様付きの丸い球体と、その側に浮かぶ円筒状の物体。そして……。
「これ、わたしやナインが生まれたっていう……宇宙ステーションじゃない!?」
その形状は裕太にも見覚えがあった。
牢獄に捕らえられ、レーナやサツキとともに決死の脱出を行ったあの宇宙ステーション。
「ってことは……エリィを攫ったのは、ネオ・ヘルヴァニアか……!」
裕太は手のひらに、拳を打ち付けた。
しかしその瞳に宿るのは、先程まで湛えていた絶望ではない。
強い希望の光が宿っていた。
「おい裕太。なにも怪我人であるお前たちが頑張る必要はないだろう? 場所も勢力もわかっているなら、コロニー・アーミィとかの防衛部隊なんかと連絡をとって戦力を固めてから……」
「メガネのボウズ、おめぇ何もわかっちゃいねえな?」
「進次郎さま、火星に住む人達は外部の干渉を何よりも嫌うんですよ。大部隊を動かしたとして、それが地球側の総意だと思われたら……最悪、地球と火星による大戦争になってしまいます」
「そんな……じゃあ」
「孤立無援なのは、いつものことだろ」
裕太の目は、しっかりと固い意志を持っていた。
今までもせいぜい個人の手助けを借りるばかりで、大きな脅威に対して軍を味方につけたことなどただの一度もない。
最大でも戦艦1隻ていどの戦力だけで、いかなる驚異にも打ち勝ってきた。
だったら今回の件に、わざわざ方法を変える道理はない。
以下に相手が強大であろうとも、いかにあいてが大軍であろうとも、裕太たちはいつも自らの力で道を切り開いてきた。
「なあ、ジュンナ。俺の退院予定はいつだ?」
「はい。このままですと2日後に退院の予定です」
「わかった。元気全開のバリバリで、エリィを迎えに行くから、今日はおとなしく寝るっ! みんなも、見舞いに来てくれてありがとな……それじゃあ────」
その時、ぐらりと床が揺れた。
外から響く轟音に、思わず裕太は窓枠に飛びつき外を見る。
病院の敷地からやや離れた場所から登る黒煙と、その付近に立つキャリーフレーム〈ザンドール〉が2機。
魔法の使用を示す赤と緑の光が走り、風と炎が空を舞えば、誰が襲われているのかは歴然だった。
「なんや!? 何が起こっとるんや!?」
「おいガキンチョ、あの光って……」
「ああ、ガイのオヤジと魔法騎士エルフィスのだ! 何者かに襲われてる……こうしちゃいられねえ!」
「あ、ちょっと50点! 休むんじゃなかったの!?」
制止を振り切り、病室を飛び出す裕太。
足の痛みなど忘れ、階段を駆け下り、病院の玄関を駆け抜ける。
そして閑散とした駐車場の中心に立ち、携帯電話を取り出した。
「久しぶりの出番だぞ、ジェイカイザー。準備はいいか?」
『おう! 数日間整備を受けた私は、一足早く元気全開のバリバリだ!』
「俺のマネをするなーっ! 行くぞ……来いっ、ジェイカイザー!!」
携帯電話を天高く振り上げ、その名を呼ぶ。
コンクリートの大地に立体映像の魔法陣が描かれ、その中心より巨体がせり上がった。
かがみ、コックピットハッチを開く相棒に飛び込む裕太。
ペダルに足を載せ、操縦レバーを力強く握り、神経を接続。
指先のピリッとした刺激が、裕太の脳を覚醒させる。
「いくぞぉっ!! 久々の戦いだァッ!!」
『うおおおっ!!』
───Eパートへ続く




