第39話「男たちの決意」【Aパート 目覚め】
【1】
鈍い足の痛みで、眠りから覚める。
視界に広がるのは見慣れない白い天井、隣からカーテン越しに聞こえるのは耳障りなカーティスのいびき。
自分がここにこうして病院で横になっている理由を、裕太は少しずつ思い出す。
一発の銃声、右足から吹き出す鮮血、エリィの悲鳴。
意識を失う寸前に見た、黒服に連れ去られる彼女の姿。
「エリィ……」
熱くなる目頭を押さえ、無力感に打ちひしがれる。
ガチャリと病室の扉が開き、姿を表したのは私服姿のジュンナ。
「あ……目を覚ましたんですね、ご主人さま」
無表情の中にも、僅かな歓喜と悲しみを秘めた目が、裕太を見つめていた。
裕太は布団を払い除け、立ち上がろうと右足を床につけたところで、走った激痛に身を捩りそのままベッドに倒れ込む。
「無理をしないでください。治療は済んでいるとはいえ、足を撃たれたんですよ」
「ハァハァ……。痛てて……」
「気を利かせて私が離れたのが仇になりました。申し訳ありません」
「ぐっ……ジュンナは、悪くねえよ」
あの夜、帰り道でエリィに告白すると予めジュンナに伝えていた。
だから二人きりにするために、ジェイカイザーの入った携帯電話とともに帰り道を別にしてくれていた。
ジュンナは守れる力を持っているだけに、責任を感じているのだろう。
「ジュンナ、あれからどれくらい時間が経った……?」
「1日と10時間、それから21分と45秒21です」
「細けえな……だいたい2日ってところか。カーテン、開けてくれ」
「はい」
窓を覆っていた布を、シャッという音とともにジュンナが開く。
暖かな陽光が、裕太の目に痛く刺さる。
「んあぁ……ったく、眩しいったらありゃしねぇ」
文句をたれながら、むくりとカーティスが起き上がる。
むき出しとなった上半身には、横腹を覆うように幾重にも巻かれた白い包帯が見えた。
「おっさん……その傷」
「大事なモン奪われてンのは、てめえだけじゃねえんだよ」
「まさか……ロゼさんを」
「ああ……お前さんとはちと、事情が違うがな」
どこか、遠いところをぼうっと見るように天井を見上げるカーティス。
その中に複雑な感情が渦巻いているのは、ExG能力がなくても察せられる。
「おお、勇者どの!」
「裕太くん、目が覚めたようだな」
「ガイのオヤジと、エルフィスさん……みっともねえ姿、見せちまったな」
病室に似合わぬ巨体と、キグルミのようなSD体型が裕太へと歩み寄る。
「見舞いに来てくれたのか」
「毎日来ていたんでござるよ」
「今日はユミエどのの様子を見にきたんだ」
「由美江……母さんのことか。そうか……母さんの病院なんだな、ここ」
裕太の母、笠本由美江は現在、異世界であるタズム界に魂が転移している。
元の肉体はこの病院で眠り続けており、タズム界での役目が終わるまで、このままだという。
「……そういえば、ふたりともまだこの世界に居て良いのか?」
「なっ、勇者どのは我々が邪魔だというでござるか!?」
「違う違う。黒竜王軍はこの世界への攻撃を諦めたって言うじゃないか。だったら、もうここにいる理由はないんじゃないかと思って」
「その論で言うならば、我々の役目はまだ終わっていない」
見舞いの品なのか、魔法騎士エルフィスがカゴに入った大きなメロンを棚の上に置く。
彼が言った言葉の意味を理解できずに、裕太は首を傾げた。
「黒竜王軍以外にも用事があるのか?」
「いや、そうじゃない。確かアメリカといったかな……黒竜王が倒れた場所から、その死骸が消えたそうだ」
「死骸が?」
「ああ。力を持つ巨竜は死骸となってもその魔力は失われない。南の島でグレイという若者が乗った魔術巨神、あれも巨竜の死骸から作られたマシーンだ」
央牙島で戦った雹竜號。
あれ程の力を持つ機体が作られる可能性があるのは、たしかに驚異ではある。
「……なるほど、それは帰れないな」
「何者によって持ち出されたかは未だわかっていない。警察の情報網を持ってしてもわからない以上、宇宙が怪しいと見ている」
「準備ができ次第、拙者たちは宇宙に向かう予定でござる。勇者どのが大変な状況下であることは重々承知してはいるが、手助けができぬことをここに詫びるでござる」
「そう、か……」
ベッドに腰掛け、考え込む。
誰だって、みんな大変なんだ。
ここで自分が燻っている時間はない。
少年は、拳をギュッと握り固めた。
───Bパートへ続く




