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第38話「束の間の安息」【Eパート 激闘の前触れ】

 【6】


「あら、こんな時間。そろそろ行かないとぉ……」


 腕時計を見たエリィは、急いで席から立ち上がり伝票を掴む。

 手を上げて店員を呼んでから、財布の中をいじりながら辺りを見回した。


「結局カーティスさん戻ってこなかったわねぇ」

「ふふ、慣れてます。あの人が時間を守らないのはいつものことですから」

「それって酷くなぁい?」


 やって来た店員に、値段ぴったりに小銭を手渡してからショルダーバッグを肩にかける。

 立ち去ろうとしたエリィの手を、ロゼの柔らかな白い手が包み込んだ。


「あの人は、カーティスさんは私を待たせた後に……必ず幸せをくれるんです。待てば待っただけ、良い思いを私にさせてくれる。だから、私は彼を待てるんです」

「なんだか素敵ねぇ。待たせてる部分だけ抜いたらアレな男だけれども」

「エリィちゃんも、裕太くんのことを信じてあげてくださいね? 彼はきっと私にとってのカーティスさんのように、あなたを幸せにしてくれるって、そう感じるんです」

「……はい、もちろん!」


 ぺこりと礼をして、控室へと走るエリィ。

 少しだけ後ろを振り返ると、ロゼがにこやかな笑みを浮かべて手をゆっくりと振っていた。



 ※ ※ ※


 

「まったく……釘を差したというのに揃いも揃って遅刻寸前とはいい度胸だなお前ら?」

「ホンマ……すんません」

「俺は遅れてないのに……」


 控室から続く階段を降りながら、軽部先生の小言を受ける裕太たち。

 このことについては間に合ったから良しという結論に落ち着き、一行は会場の真下に位置する格納庫へと到着した。

 予め搬入された機体群が膝をついてかがみ、乗り手を待ち構えている。


「よし、各自搭乗! 急げよ!」

「「「はいっ!」」」


 一斉に各々の機体の下へと走り、タラップとなったコックピットハッチを駆け上がる。

 裕太はこの3ヶ月で乗りこなした〈アストロⅡ〉の操縦席へと滑り込み、手際よく起動プロセスを進めていく。

 この〈アストロⅡ〉は、ちょうど裕太たちが木星に行ってた頃に軽部先生が手に入れたものだという。

 なんでも、愛国社の襲撃を学校の〈アストロ〉を用いて防いだとの事で、メーカーの江草重工から感謝状めいた流れで先生に贈与されたらしい。


 そもそも、フレームファイトという競技は始まりこそ軍の模擬演習であるが、その実態はキャリーフレーム開発会社による自社機体のプロモーションの場でもある。

 闘機大会に参加する各学校ごとに企業がスポンサーとなり、自社の製品たるキャリーフレームを貸与。

 そして機体同士がぶつかり合うことで各社機体の優秀さが試合結果という形で世に知らしめられる。

 同時に、将来のキャリーフレーム操縦者の育成に貢献というのが、軍用機たるキャリーフレームが学生たちによって動かされている理由である。


 それゆえに、地域防衛という形で〈アストロ〉の優秀さをアピールした先生に機体がプレゼントされたと言う流れとなる。

 経緯はともかくキャリーフレーム部に入りたての裕太に、ジェイカイザーの操縦感に近い最新機があてがわれたのは幸いだった。

 他の機体と同じく、スポンサー企業が試合における損傷の修理・メンテナンスを無償で請け負ってくれるため、無茶はし放題。

 ビームセイバーとハンドレールガンという標準的な装備をフルに生かして、裕太は予選大会で無双を果たしたのだ。


「笠本はん、今ええか?」


 不意に、モニターに内宮の顔が映る。

 他のメンバーに伝わらない個人回線での通信に、裕太は首を傾げた。


「何だ?」

「相手チームのエース、レーナや。さっきうた」

「レーナが? なんでまた……」

「詳しい話はわからへんが、秘密兵器を持ってきとる言うてたで。気ぃつけとき」

「わかった」


 ガクンと、ひとつ大きな揺れとともに機体が上へと持ち上がる。

 各キャリーフレームを乗せたリフトが上昇し、会場へと運んでいく。

 裕太は内宮からの忠告を胸に、視界に入ってきた戦場に目を向けた。


 ……そして、内宮の言っていた言葉の意味が、一瞬でわかった。


「ブ……〈ブランクエルフィス〉じゃねえか!!?」


 裕太の驚愕をよそに、試合開始を告げるホイッスルが鳴り響く。

 短くも激しい戦いが、幕を開けた。





    ───Fパートへ続く

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