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第38話「束の間の安息」【Cパート 大人と子供】

 【4】


「遅いじゃないか! 部長とエースが遅刻してたら、ダメだろうが!」

「す、すいません軽部先生」


 会場に戻った裕太たちを出迎えたのは、キャリーフレーム部顧問・軽部先生の叱咤だった。

 しかし時間も押しているからか説教もなく、選手控室でワイワイしていた残りのチームメンバーを招集し、号令ひとつで整列させる。

 先生の横では、臨時マネージャーとして働くジャージ姿のエリィが、クリップボード片手に書類とにらめっこをしながら口を開いた。


「ええとぉ……今日の練習試合の相手は、前にも言ってたとおり義牙峰ぎがみね高校よぉ。秋予選では準決勝で負けて戦う機会がなかったというのが、練習試合を申し込んだ理由なんですって」

「ところが、聞いた話によると向こうさん。今日は急病でエースが一人欠席らしい。補充要員を入れたということで5対5ルールは変わらないが、軽くひねってやれ!」

「「「「「はい!」」」」」


 フレームファイトの公式ルールは、5人対5人によるチーム戦である。

 その5人を前衛・中衛・後衛へとバランス良く振り分け戦闘、先に相手側を全滅させたほうが勝ちというのが基本ルール。

 多少数で押されたとしても、エース選手は一騎当千の働きが可能である。

 それゆえ最後まで勝敗がわからないのが、新興競技であるフレームファイトを短期間で人気スポーツへと上り詰めた一因でもあるのだ。


 しかし、かといってエース選手意外が不要かといえばそうではない。

 さすがのエースも5機から一斉攻撃を受けてはたまらないので、遠距離砲撃や射撃による牽制で切り離すのも大事な役目である。

 戦いのキモは、いかにエース同士をぶつけさせ、その邪魔を僚機にさせないかというところである。


 裕太も内宮も、役割としてはエースの二枚看板。

 それ故に敵のエース意外を抑える僚機の負担が大きいが、それをこなしてくれる選手層の厚さが東目芽(めが)高校の強みである。


「前衛は秋予選と変わらず、笠本のと内宮の〈アストロⅡ〉。中衛は横溝の〈アストロ〉。後衛は寺原と田沼の〈アストロ・キャノン〉だ。いいな?」

「「「「「はい!」」」」」

「よし、それじゃあ出撃……と言いたいところだが、会場側で機材トラブルがあったらしくてな。試合開始が1時間引き伸ばされた」

「がくっ」

「先生、それ先に言ってくださいよ」

「仕方ねぇだろ! 俺も今さっき聞いたんだから。だから、1時間後にここに再集合だ、遅れるなよ! ……特に笠本と内宮!」

「「あ、はい!」」



 ※ ※ ※



 1時間、という微妙な時間は潰すのが最も難しいものである。

 長すぎず短すぎない絶妙な間隔は、何をするにしても中途半端になるのが常だ。


「よう、ガキンチョと嬢ちゃん」

「カーティスのおっさん!」

「こんにちは。裕太くん、エリィちゃん」

「ロゼさんも、こんにちはぁ!」


 だからこそ、話し相手ができたのは僥倖ぎょうこうだった。

 エリィと一緒に会場周りの廊下に出たのは、なんとなくの判断ではあったが正解だった。


「見に来てくれるとは思わなかったよ」

「んだよ。俺様がそんな薄情な人間だと思うのか?」

「だからだよ」


「ロゼさん、来てくれてありがとう!」

「ふふ、エリィちゃんが誘ってくれたんでしょう? 裕太くん、全国進出おめでとうございます」

「ああ、ありがとうございます。って、おっさんたちを呼んだの銀川か」

「あらぁ、昨日の決勝は満席で来れなかった人たちも多かったから、呼んだほうが良いかなと思ったのぉ!」


 ロゼの手を優しく握るエリィを見ていると、裕太の背中をカーティスがバシバシと叩いた。


「いて、いてて。おっさん、何するんだよ」

「ちょいとタバコで一服してぇんだ。喫煙室まで案内してくれねえか?」

「構わないけどよ……ロゼさんはどうするんだ?」


「私は、そうですね。少しのどが渇いたので飲み物でも頂ければ」

「じゃあロゼさん、あたしと一緒に喫茶店行きません? この闘機場の店、テレビでも紹介された美味しい紅茶が飲めのよぉ!」

「あら、それは良いですね。じゃあカーティスさん、一服が終わったら喫茶店にいらしてください」

「おうよ。じゃあガキンチョ、案内してくれや」

「へーへー……じゃあ銀川、あとでな」


 渋々、といった顔を露骨に作りながら喫煙室へと向かい始める裕太。

 逆の方向に歩いていくエリィ達の姿が見えなくなった辺りで、カーティスが横から顔を覗き込んできた。


「銀川、銀川ってかぁ。お前さん、いい加減あの娘を下の名前で呼んでやりゃあいいのによ。きっと飛んで喜ぶぜ?」

「あのなぁオッサン。……俺なりの線引きなんだよ。きちんと誠意を示してから、エリィって呼んでやりたいんだ。おっさんこそ、ロゼさんに馴れ馴れし過ぎじゃないのか?」

「良いだろ。だって俺様たちはもう何度も抱き合った仲だぜ?」

「抱きって……まだ出会って3ヶ月だろ? 手が早すぎじゃねえか?」


 カーティスの言葉の意味は、そういう経験のない裕太でも前後の文脈からなんとなく読み取れた。

 それは夜の営みであり、男女の交わり。

 夫婦が行う、いわゆるアレである。


「おめぇらが潔癖症すぎンだよ。実はな……もう用意してあるんだ」

「用意? 何を?」

「これだよ」


 歩きながら、上着のポケットから小箱を取り出すカーティス。

 少し指で押し開けられた箱の隙間から、キラリと光る宝石のついた指輪が顔を覗かせる。


「……今夜にな、渡そうと思ってんだ。家で晩飯を食って、落ち着いた頃合いに」

「そういうのって、高級レストランで夜景を見ながら……っていうのが良いんじゃないのか? オッサンの財力なら難しくはないだろ」

「わかってねぇな、てめえは。ロゼはな、そういうギラついたものよりももっと家庭的な雰囲気が似合う女なんだ」


 小馬鹿にされて、ムッとする。

 人生経験では負けているとわかっているから、反論ができないのが悔しかった。


「まあなんだ、あのエリィって娘を大事にしたいと思うんなら、想いに応えてやるのも男の役目だぜ?」

「言われなくても、そろそろそうしようと思ってたんだよ」

「ああ、でも今日はやめとけ。これから戦おうっていうのに“これが終わったら告白するんだ”なんて露骨な死亡フラグだからよ」

「あのなぁ。戦うって言ったって部活の練習試合だぞ? フレームファイトはパイロットの安全が第一に考えられてるから、危険はないんだぞ」


 足早に喫煙室の扉をくぐるカーティスの背中に、吐き捨てるように裕太は言った。



    ───Dパートへ続く

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