第38話「束の間の安息」【Aパート 穏やかな日々】
【1】
「よし、勝った」
代多市内にある総合闘機場。
その会場内に転がるキャリーフレームの残骸に囲まれたまま、裕太は開いた〈アストロⅡ〉のコックピットハッチをくぐり、その身を外に晒した。
地区大会の優勝を祝う歓声が観客席から鳴り響き、地揺れにも似た圧が会場を包み込む。
そんな中、裕太はの顔は周囲の空気に比べて、決して晴れやかなものではなかった。
※ ※ ※
「笠本くん、全国出場おめでとう!」
「ご主人さま、お疲れ様です」
「おう、サンキュ」
選手待機室へと戻った裕太はジュンナに手渡されたペットボトルを受け取り、中のスポーツドリンクで喉を潤した。
更衣室から出てきた内宮が、呆れ顔で裕太の顔を覗き込む。
「春の神楽浜出場決定やて言うのに、浮かない顔やなあ」
「木星から地球にかけて負けっぱなしで悔しかったから、勘を磨くために一時入部してるだけだしな。なあ部長さんよ」
「ま、うちらとしては大いに助かっとるで。あの伝説の少年フレームファイターが、念願の入部をしてくれたんやしな」
「よせよ」
木星での銀川スグル戦、帰り道でのキーザ・ナヤッチャー戦。
3ヶ月前に戦った半年戦争の英雄たちとの交戦は、どちらも裕太の敗北に終わった。
どちらも全力では無かった上に歴戦の猛者だったとはいえ、その敗戦は屈辱であった。
──鍛え直さなきゃな。
それが敗北を喫した後の裕太の気持ちだった。
スグルとの戦いで抵抗感が薄れていたフレームファイトを鍛錬の場として選んだのは、あまりにもこの数ヶ月が平和だっただからである。
たびたび警察の要請を受けて犯罪者と戦うことはあったが、短期間で立て続けに戦闘を繰り返すのに、秋の高校闘機大会は都合のいいものだった。
「それにしても笠本くん、勝ったにしては浮かない顔よねぇ」
「まあな。高校生活を大会に捧げてる連中を練習相手にぶちのめしてる申し訳無さと、平和すぎる毎日への不安がな」
「平和なことはええことやろ?」
「考えても見ろ。ネオ・ヘルヴァニアなんて連中が、ナンバーズだとかいうクローン兵士を作ったり、ヘルヴァニア人を集めて兵力集めてたんだぞ。それなのに何もないのはおかしいじゃないか」
飲み干したペットボトルを、部屋のカドのゴミ箱へと勢いよく投げ捨てる。
携帯電話でニュース記事を眺めても、ネオ・ヘルヴァニアが活動しているような旨の報道は一切見られない。
何かが起ころうとしているはずなのに、全くその兆候が見られないのは不気味さすら感じられる。
不安に震わせる裕太の肩を、エリィの手が優しくなでた。
「そうだとしても、笠本くんが気張れば好転するわけじゃないでしょ? だったら、いつ何が起こってもいいように肩肘を張りすぎないことのほうが大切よぉ」
「……そうだな。いざというときにぶっ倒れてちゃ話にならないからな。ん? 内宮どうした?」
途中から話を聞かずに携帯電話に集中する内宮の姿に、裕太は思わず声をかけた。
「……なあ、笠本はん。明日に練習試合の申し込みあったんやけど」
「明日? また急な話だな。なになに……」
内宮が、携帯電話の画面を裕太に見せた。
【2】
チュンチュンと、小鳥のハミングにカーティスは目を覚ます。
金に物を言わせて買った、学生どものたまり場となっていた屋敷。
男一人で住むには広すぎる家の形をした箱の中に、包丁の音が木霊する。
誰がそんなに座るんだ、と言わんばかりの長い食卓が中央を専有するリビングの向こう。
洋食屋もかくやといった豪勢なキッチンに、立つ女性が一人。
「あ、カーティスさん。おはようございます」
「よう、ロゼ。今日の味噌汁の具は何だ?」
「えーと、玉ねぎと……もやしとお豆腐です」
「グッドだ」
親指をビッと立てて、彼女の判断を称賛する。
玉ねぎの甘さは、味噌の具材としては最高である。
そこに主張は控えめだが食感が素晴らしいモヤシに、定番の豆腐。
まさに日本の朝食として白米の横に並べるに最高の汁物が、目の前の鍋の中でかき混ぜられていた。
……ふたりとも、日本人ではないのだが。
──自分には、勿体ない女性です。
知り合いやら、ドラマやら、そのようなところで度々聞く男のセリフ。
3か月前のカーティスだったら「のろけやがって、このクソリア充が」と中指を上に立てながら言い放っていただろう。
「ごちそうさん。うまかったぜ」
「ありがとうございます。片付けますね」
細く長い白色の腕が、カーティスの眼前の食器を重ね、持ち上げる。
腰まで伸びた美しい金色の長髪が、振り向きざまにふわりと舞い、照明の光を反射する。
艶めかしい彼女の後ろ姿は、朝っぱらでなければ後ろから襲いたくなるほど、魅力的だ。
そんな勿体ない女。ロゼは3ヶ月前に初めて会ったとき、敵だった。
戦いの中で記憶を無くし、行くあてのない彼女を、カーティスが引き取った。
馴れ初めと言えるようなのは、そんなエピソードだ。
広すぎるひとつ屋根の下で男女が二人。
すでに伝えるものは伝え、済ませるものは済ませた仲。
未だに彼女の記憶は戻らぬが、記憶喪失になる流れを思えば、失ったままの方が幸せなのだろう。
しかし、それが本当に彼女のためなのか。
毎日を葛藤しながらも、手に入れたささやかな幸せを、毎日を、カーティスは噛み締めていた。
「──となる模様です。次はスポーツ、まずは高校闘機大会です」
食事中につけっぱなしにしていたニュース番組の映像に、キャリーフレームが映る。
コックピットから降りた少年の顔は、見慣れた小憎い顔。
「──地区で全国への切符を手に入れたのは、夏の大会に続き東目芽高校キャリーフレーム部でした」
淡々と試合の内容を報じるアナウンサーの声を話半分に聞きながら、嬉しそうに笑みを浮かべる美しい顔に目を向ける。
「裕太くんたち、勝ったんですね」
「あったりメェだろ。あいつらは修羅場くぐってっからな。むしろ相手さんが気の毒だぜ。連中の腕は軍人レベルか、それ以上だからな」
ロゼが注ぎ直してくれたコーヒーを喉に通す。
今日は何をしようかと思案していると、カーティスの携帯電話がピリリと小気味よい音を鳴らした。
送られてきたメッセージを通知越しに眺め、ふふんと鼻を鳴らす。
「……ロゼ、今日は昼から出かけンぞ」
「あら、何かあるんですか?」
「ガキンチョ共の顔を、久々に見に行くんだよ」
───Bパートへ続く




