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第37話「ナンバーズ」【Dパート 牢獄の語らい】

 【4】


「俺、この間から牢屋の常連だな」


 暗い独房で横になりながら、裕太は向かいの牢獄に入れられたレーナへと語りかけた。

 携帯電話は取り上げられ、話し相手は彼女しかいない。


「えっ、90点って前科者なの?」

「冤罪に決まってんだろ。あいつ、ナインと出会ったコロニーでの話だよ」

「ふーん、それで牢屋慣れしてるんだ?」

「この世の中でもトップクラスに慣れたくないものだろうがよ。さて、どうすっかな……」


 頑丈な鉄格子と電子ロックによって制御された近代的な牢獄。

 脱獄を考えるには所持品を取り上げられすぎているし、鍵を持った見張りが都合よくノコノコやってくるような様子もない。

 幸いにも監視カメラがないのは、施設の未発達ぶりが原因かその守りに自信があるのか。


 万一、出られたとしても外はヘルヴァニア人らしき兵士がそこら中をうろついている。

 彼らに見られずにこの施設をうろつくのは、至難の業だろう。


 だが、待っているだけというのはハナから選択肢には入っていない。

 Ν(ニュー)-ネメシスでエリィ達が待っているから。


 決意に拳を固める裕太の耳に、隣の独房から鼻歌が聞こえてきた。


「レーナ、やけにご機嫌じゃないか?」

「嬉しいの。天涯孤独じゃないってわかったから。ナインも、カプセルの中にいた赤ちゃんもみんな私の妹。それに私がゼロセブン……7番ってことは1から6番のお姉さんがいるってことだしね。大家族だったんだ……!」

「作られた存在……だったのにか?」

「別に? 人工子宮を使っての体外出産なんて珍しくもないし、わたしはレーナ・ガエテルネンという一人の人間だから。よく言うでしょ? 我思う故に我在りってね」

「そうか……強いんだな」


 もしも自分がレーナの立場だったら、耐えられないだろうなと裕太は思った。

 自分が人工的に作られた存在で、失敗作とまで呼ばれるのだ。

 それでも平静でいられるレーナは、伊達に宇宙海賊を名乗っていない。


「でも、気になるのはナインの態度ね。まるでわたし達のこと覚えていないみたいだった」

「なんていうのか……SF映画じゃねえけど精神制御とか記憶操作とかされてるのかねえ」

「そうだったら、無理やり連れて行くのはリスキーよね……。ナイン……」


 うつむき、悲しそうな声を出すレーナ。

 彼女にとっては、ナインは初めて会った血を分けた家族なのだろう。

 望むことなら連れて帰り、一緒に暮らしたい気持ちもあるはずだ。

 それを諦めなければならない状況は、レーナにはあまりにも気の毒だった。

 ふと、すすり泣きをピタリとやめてレーナがこちらへと視線を移す。


「ところで……いつまで90点は女装してるの? 趣味?」

「ちげーよ! ナインに怖がられまいと金海さんが……ってそうだ。金海さん、いるよね?」

「はい! 喋るなと言われたので黙ってました!」

「それは好都合だ。この牢屋から出られるようにできないか?」

「お安い御用です!」


 ベリっと、裕太の肌からサツキが剥がれ落ちる。

 みるみるうちに裕太の姿が元の男の身体へと変化し、声も元通りになった。

 そして床に溜まった金色の水たまりになった後、サツキがムニョムニョと形を変えて人間の姿へと変化する。

 何度見ても、このB級ホラーめいた変幻自在っぷりには未だ慣れない。


「あーっ、50点ったら粘液女をまとって女装してたのね!?」

「ご丁寧に女装解いた瞬間から点数下げるんだなお前は! 金海さん、よろしく!」

「はい! えーと……このくらいの合金の硬度だったら!」


 ぺたぺたと格子を触っていたサツキが、少し後ろへ下がる。

 そして腕を振り上げ、シュッと手のひらで薙ぎ払う動作をすると一瞬だけ彼女の指先が鋭く尖って伸び、次の瞬間に格子はバラバラに引き裂かれた輪切りとなって床に転がった。


「粘液女……あんたってすごいのね」

「それほどでもありません! ただ指先だけをドルフィニウム合金製の刃物にしただけですから! ではレーナさんの方も!」


 先程と同様に、腕の一振りで格子を破壊するサツキ。

 牢屋を出たレーナが、サツキとハイタッチをする。


「とまあ、牢屋を出たまではいいけど……どうやって見張りとかをくぐるか」

「お任せください! 裕太さんちょっとお体お借りします!」

「借りるって……うおっ! またかよ!」


 再びサツキが抱きつき溶けて、裕太の身体を包み込む。

 そのまま顔まですっぽりとまとわりつき、ギッチギチに締め付けながらその姿を変えていく。


「はい、終わりましたよ!」

「あっ! さっきの中年男!」


 独房の鏡に映った裕太の姿は、先程の中年将軍キーザのものへと変化していた。

 自身の変化した格好から、サツキが考えていることがなんとなく察せられる。


「……なるほど、この姿でレーナを連行している風に見せかけるのか。本当に、水金族は何でもありだな」

「本当は、生きている人に化けるのは水金族でやっちゃいけないことなんです。でも、今は緊急時ですから」

「ありがとう、金海さん。さて、それじゃあ……まずは携帯電話の奪還からだ!」


 手袋を引っ張り、指先までぴっちりと布に通す。

 裕太たちの脱出作戦が、始まった。




    ───Eパートへ続く

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