第37話「ナンバーズ」【Bパート 数字を与えられし者たち】
【2】
「……!」
裕太が目を見開くと、そこは青白い照明だけが照らす暗い部屋だった。
周囲には液体に満たされたガラスのカプセルが立ち並び、怪しい計器類が壁一面を埋めていた。
隣には、同じく倒れるレーナの姿。
裕太は彼女の身体を揺すると、「うーん……」という声とともに上体を起こした。
「ようやく、目が覚めたか」
裕太たちの前で、一人の男が立ち止まった。
青く淡い光に照らし出された、やや窶れ気味の中年男性。
その威圧的なオーラに、裕太とレーナは圧倒される。
彼の額に、血管が浮かんだ。
「いや、本当に寝過ぎだからなお前ら! 荘厳に登場しようとして待っていたというのに1時間以上も待たせおって! これだから地球人の女は……!」
(地球人の女? あ……)
改めて自身の身体を見て、裕太は未だサツキを皮として纏った女装状態にあることを再確認する。
このことが後で何かの役に立つかもしれないと、素性を話さないことを決意した。
レーナが立ち上がり、一歩前へと出る。
「ねえあなた、ここはどこなの? わたし達はどうしてここに?」
「君たちはあの奇妙なマシーンから引っ張り出したのだ。あれだけのミサイルを食らってたというのにその衝撃で気を失うだけで済んだのは、マシーンの丈夫さ故だ。機体に感謝しておけ」
「質問はもう一つ残っているわ。ここはどこなの?」
「その質問には、私が答えます。キーザ将軍」
カツリ、コツリとハイヒールが無地の床を鳴らす。
白衣を着たメガネの女性が、ナインとともに姿を表した。
ナインの表情は威圧的で、まるで裕太たちのことを敵だとばかりに睨みつけたまま沈黙を保っている。
「ゼロナイン、下がりなさい」
「はい……」
「ちょっとあなた、ナインに何をしたの!」
「口を慎みなさい、ゼロセブン。ここは、あなたの生まれたところなのですから」
「生まれ……た……? それにゼロセブンって……わたし?」
レーナが目を見開き、言葉を失う。
裕太はその言葉の意味が、最初はわからなかった。
だがしかし、周囲のカプセルの中に入っているモノが何かに気づけば、「生まれた所」という単語に意味が生まれ始める。
(なんで……人間が浮いてやがるんだ……!?)
カプセルに浮かぶ小さな物体。それは生まれる前の赤ん坊、胎児の姿をしていた。
一回り大きいものなど、ほぼ赤ん坊の姿に等しい外見まで成長している。
「そう、あなたはここで生まれたんですよゼロセブン。失敗作として処分されたはずだというのに、立派になって……」
「失敗……作? わたしが? 何の?」
「人工的に産み出される、高度なExG能力を持つクローン兵士──」
「──“数字を与えられし者”ですよ」
「ふざけるなぁっ!!」
裕太は拳を床に叩きつけ、吠えた。
レーナを人と思わぬ目の前の人間へと怒った。
生命を冒涜する、この施設へと感情をぶつけた。
「失敗作だと? 処分だと? お前らレーナを何だと思っているんだ!」
「90点……」
「いやあの、レーナ。こういうときにまで点数呼びを徹底するなよ」
「いいじゃない。90点は90点なんだから。それとも50点の方が良かった?」
「……意外と平気そうだな?」
「まあ、今の話を聞いてたらね。パパに拾われる前のこと、思い出したんだ」
「拾われる前のこと?」
レーナの表情が、穏やかなものとなる。
それは、思い出した記憶が幸福なものであることを物語る。
「うん。わたしね、大きな家で優しい夫婦に育てられてたの」
「でも、あいつらは処分って……」
「そうです、処分したんですよ。子宝に恵まれない夫婦へと養子に出すという形ですが」
メガネを光らせ、女研究者が語る。
意外とマイルドな処分方法に、裕太は肩の力が抜けた。
「まあ生まれた人間を証拠なしに葬るのは手間がかかりますし、養子縁組の引き換えに寄付として研究費は頂いていましたけどね」
「なんて無駄のない……ちょっと待て。レーナが失敗作だって? ExG能力はあるし、キャリーフレームの操縦はプロ並みだぞ?」
「生まれてから2年以内にExG能力の値が規定値へと到達しませんでしたからね。まさかゼロセブンが5歳になってから、これほど強い能力を得るなんて……既定値の更新が必要かもしれませんね」
「……5歳?」
レーナの眉が、聞き捨てならない情報を聞いてヒクついた。
「気づいていなかったんですか? あなた達ナンバーズは12歳の身体まで成長してから生まれるんですよ?」
「えーーーーっ!! ってことは今、わたしは……まだ5歳なの?」
「はい。ゼロナインは何歳でしたっけ?」
「……生まれてから2年と3ヶ月だ」
衝撃の事実を聞き、レーナが地に手をついた。
その頬を、涙が伝う。
「あーーーーん! それじゃあ進次郎さまと結婚できなーーーい!! そういえば、あの粘液女も4歳だっけ? ああ、進次郎さまって潜在的ロリコンだったのねぇぇぇ……」
「いやいやレーナ、それが問題なのかよ!? 他にも何か感想あるだろ!?」
「大問題よ90点!! 進次郎さまの故郷の、日本っていう国の法律で結婚したいから……あと13年も待たなきゃいけないのよ!!」
「ええい、やかましいな地球人ども!」
キーザが怒りながら壁を叩く。
そして壁のほうが硬かったらしく、痛がりながら手を抑えてその場でぴょんぴょんと跳ね回っていた。
「キーザ将軍、身体張り過ぎじゃないですか?」
「黙れドクター・レイ。せっかく衝撃の新事実を知って、打ちひしがられる姿を見れるかと思ったのに、全然平気そうではないか! シチュエーションというものを考えろ!」
「格好のつけ過ぎも身体に毒ですよ。このふたり、どうしましょうか?」
「ロザリーが帰ってきていない。いざとなれば彼女を取り戻すための人質として活用するから……牢にでもブチ込んでおけ!」
「わかりました。ゼロナイン、お願いしますね」
「……了解」
瞬時にナインに背後へと回られ、片手で裕太の両腕が取り押さえられる。
同時にレーナの腕も抑え、ふたりは同時に抵抗を封じられた。
「ナイン、わたし達に協力しては……くれなさそうね」
「……お前たちは敵だ。問答はかわさない」
「ナイン……」
冷たい瞳が、裕太に突き刺さった。
───Cパートへ続く




