第37話「ナンバーズ」【Aパート 殺意】
【1】
すべて、ロザリーの想定通りだった。
敵の後方に敵母艦が位置するポジションまで誘導し、回避という選択肢を奪った状態で必殺のビームを発射する。
そうなれば、敵機はクロノス・フィールドに守られる形でコックピットを残して爆散。
誰一人犠牲を出さずに、敵は倒せる。
「片付いた……みたいですのね」
ビームが弾けた残光を見て、〈ラグ・ネイラ〉のコックピットの中で安堵する。
せっかく、上官であるキーザが危険な突入からゼロナインの救出という大役を買って出てくれたのだ。
追手の後始末くらいは一人でできねば、オブリージュ家の紋が泣く。
「早く、キーザ様を追わなければなりませんわ……なっ!?」
光の奥から姿を表したのは、むき出しのコックピットではなかった。
左腕の光から光の膜・ビームシールドを広げた白い機体。
「エルフィス……!!」
その機体のシルエットは、憎き怨敵と同じだった。
祖父は、エルフィスという名の白い機体に殺された。
「間に合ったようだ。無事だな、カーティス?」
「ヘッ、英雄のダンナ。貸しができちまったな」
「私のことはスグルと呼べと言っただろう」
ヘルヴァニア軍でも腕利きだった祖父は、後に英雄と呼ばれるようになった男の手によって葬られたのだ。
銀川スグル──それが仇の名前だった。
追い求めた怨敵が、目の前に立っている。
「お祖父様の……カタキッ!!」
ギリ……という歯ぎしりの音が、コックピットに鳴り響いた。
※ ※ ※
ゆらりと〈ラグ・ネイラ〉が揺れたかと思うと、突如アサルトランサーの切っ先が〈エルフィスS〉の右耳にあらるアンテナを吹き飛ばした。
「……速いッ!?」
素早くビームセイバーを抜き槍を弾くように光の刃を振るう。
スグルの操縦レバー越しにアサルトランサーの重さが伝わり、巨大な槍が払いのけられるように一瞬だけ宙に舞う。
刹那、〈ラグ・ネイラ〉が手に槍を持ち直し、鋭い突きが幾重にも迫る。
戦闘のラインをΝ-ネメシスからそらしつつ、ビームセイバーを使いその一突き一突きをギリギリで捌いていく。
「カーティスには目もくれず──そして敵機から放たれる怨嗟の念……!」
「ダンナ! くそっ、早すぎて狙いがつけられねえ!」
「手を出すな! 奴の狙いは私だけだ!」
一際深い突きに対し、カウンター気味に頭部機銃をアサルトランサーを握る右手へと放つ。
マニピュレーターが弾丸を受けて形を歪め、槍を持つ力をその手から奪う。
その瞬間、〈ラグ・ネイラ〉が左手首から飛び出したビームセイバーの柄を左手で握り、光の刃を発振させる。
鋭い切り上げが後方へ仰け反った〈エルフィスS〉の眼前を掠め、胸部の装甲に傷を入れる。
「くっ……! だがっ!」
仰け反りの勢いをそのまま後方へ回転し、縦の回し蹴りを〈ラグ・ネイラ〉の胴体へと突き刺す。
無重力の空間で放たれた衝撃は、互いを逆方向に反動として動かし間合いを開く。
「カーティス、厄介なことになった」
「厄介なことだと? どういうことだよ英雄のダンナ!」
「今日は、私の殺害人数に1を足す日になるかもしれん……!」
スグルの操作によって〈エルフィスS〉がビームセイバーを逆手に持ち替え、突きの速い必殺の構えを取る。
「この女を、殺っちまうのか!?」
「殺らねば殺られる! 強い憎しみに囚われた人間は、仕留められるときに仕留めて置かなければならん! そうでなければ……!」
スグルの脳裏に浮かんだのは、愛する娘・エリィの姿。
「……選ばぬ手段で死ぬのは身内だ!」
ペダルを踏み込み、一気に距離を詰めて素早い一突き。
ビームの刃で防がれるも、息つく間もなく追撃。
光と光がぶつかり合う閃光が点滅を繰り返し、いくつもの残光が激しい攻撃を物語るように黒染めの世界へと散り消える。
猛攻の最中、スグルの刃が敵の左腕を千切り飛ばす。
だが、同時に〈エルフィスS〉がビームセイバーを持つ腕もまた、その根本を切り裂かれていた。
「だがまだ……もう一本腕はあるッ!!」
残った手を握りしめ、マニピュレーターが拳を形づくる。
握る手は武器となり、敵へと振るわれ鈍器と成す。
コックピットのあるキャリーフレームの腹を何度も、何度も、何度も何度も殴りつける。
指が歪み、甲にヒビが入り、その形状が手の姿を失っても、〈エルフィスS〉は殴り続けた。
空間停止膜クロノス・フィールドに守られているとはいえ、その発動はあくまでも機体そのものへの損傷が鍵となっている。
装甲を通したコックピットそのものへの衝撃は、ダイレクトに搭乗者へ伝わる。
慣性制御システムでカバーできる限界を超えた衝撃は、パイロットそのものを揺さぶり、傷つける。
「ここで殺らねば、殺られるのは……!」
振りかぶった腕を〈ヘリオン〉の腕が掴み、止める。
もはや歪んだ装甲の塊となった手先から外れた、指だった物体が宇宙空間に飛散した。
「カーティス……!」
「もう十分だ。もう奴さんは動いちゃいねえ」
「くっ……」
ひび割れ砕けた〈ラグ・ネイラ〉のコックピットハッチが、機体の限界を伝えるように剥がれ落ちる。
開いた空間から僅かな空気とともに流れ出たのは、パイロットスーツに身を包んだ女性。
スグルを止めていた〈ヘリオン〉の腕が、彼女をそっと掴む。
そのヘルメットの中は、額から血を流しながらも苦悶の表情にふるえていた。
「まだ息がある。助けるが、いいな?」
「……そうしてくれ」
吐き捨てて、スグルは自らの拳をコンソールに叩きつけた。
───Bパートへ続く




