第36話「刻まれたゼロナイン」【Hパート 遅れてきた騎士】
【8】
「うあああっ!!?」
両手で頭を抱えた通信使が、苦しみながらコンソールに突っ伏した。
他の艦橋クルーも、ひとり、また一人と苦しみながら気を失っていく。
「何だ……いったい何が……!?」
そんな中、妙な耳鳴り程度の苦しみで済んでいるカーティスだけが、平気だった。
「おい、遠坂の嬢ちゃん! 一体どうしたんだ!? 英雄のダンナァッ!」
「ExG能力の共鳴だ……! 皆、聞こえてくる声を全力で否定しろっ!」
倒れかけながらも気合で立っているスグルの叫びが飛んだ。
その激を受け、艦長席の小さな体がゆっくりと起き上がる。
「これは……何が起こったのですか……! レーダーに感……? 未確認機が、二機……!?」
「こりゃあ、サボってる場合じゃねえな!!」
カーティスは眉を吊り上げ、柄にもない真面目なフォームで格納庫へと駆け出した。
※ ※ ※
「ナインっ! てめえっ……なっ!?」
ナインを追って格納庫へとたどり着いた裕太とレーナ。
整備班の人たちがひとり残らず気を失っている死屍累々のなか二人が見たのは、ジェルカーテンを超えて入り込んできた、1機の巨大な機体だった。
それは両腕の先に手の形をしたマニピュレーターではなく、巨大な多連装ミサイルポッドをそなえた、おおよそ通常のキャリーフレームから逸脱した形状と大きさをした何かだった。
「何だ、あれは……っ!?」
「90点! あれは、重機動ロボよ!」
重機動ロボ。
それは旧ヘルヴァニア銀河帝国が運用していた人型機動兵器。
重装甲と重火力、そして高い運動性を主とした機体群であるが、ビーム兵器に対する防衛策とキャリーフレームに匹敵するほどの運動性はなく、半年戦争では地球軍の餌食となっていたのだが。
「あーーーっ90点! あたしのエルフィスが倒れてるーーっ!! 頭もげてるーーーっ!!」
「言ってる場合か! っていうか俺90点に上がったのか?」
「女装しているうちはかわいいから!」
「ぐっ……」
『裕太、見ろ! ナインちゃんが……!』
ジェイカイザーに言われてナインの方を見ると、開いた重機動ロボのコックピットの中へと入っていく最中だった。
ナインを乗せた重機動ロボは、そのまま再びジェルカーテンをくぐり宇宙へと出ていった。
裕太はジェイカイザーへと続くキャットウォークを駆け抜け、コックピットを外側から開く。
その一つ向こうのハンガーでは、レーナが「姫様、借りるわよ!」と言いつつ〈ブラックジェイカイザー〉へと乗り込んでいた。
コックピットへと滑り込み、手際よく起動プロセスを進めていく。
しかし操縦レバーを握ったところで、裕太は違和感に気がついた。
「神経接続ができない……!?」
「あっ! すみません、多分私が邪魔してるんだと思います!」
「金海さん、そういや女装しっぱなだったな……」
裕太の手からサツキの一部が剥がれ、女らしい細い手が元の男の手へと変わる。
もう一度レバーを握り、今度は慣れたビリッとした感覚が指先に走った。
ペダルを踏み込み、倒れた〈ブランクエルフィス〉を飛び越えてジェイカイザーが宇宙へと飛び出した。
「野郎、待ちやが……れっ!?」
宇宙に出たジェイカイザーの前を、実弾が通り過ぎる残光が走る。
射線から察知した弾が飛んできた方を見ると、大きな槍状の武器を構えたキャリーフレームが待ち構えていた。
「ただの宙賊……じゃ、なさそうだな?」
「90点、あれは……敵なの?」
後を追って〈ブラックジェイカイザー〉で出てきたレーナからの通信が入る。
その声に答えるように、知らない声がスピーカーから響いてきた。
「あの方の元へは行かせませんわ!」
オープン回線越しに聞こえてきた女の声。
上品な中にも芯の強さが垣間見えるその声色に、裕太はレバーを握る手に力を込めた。
槍の切っ先を向けて、突進を仕掛けてこようとする謎の機体。
その動きを、ジェイカイザーの背後から飛んできた大型実体弾が止める。
「よおガキンチョ。あのキャリーフレームに乗ってんの女だな? 俺に紹介してくれよ!」
カーティスの乗った〈ヘリオン〉が、右腕の大型レールライフルを構えて威圧する。
裕太は「オッサン、任せたぞ!」と返し、ナインを乗せた重機動ロボを追った。
「待ちなさい! この先へ行かせは……」
「よぉ姉ちゃん、この俺様と遊ぼうぜぇっ!!」
「下品な声、汚らしいですわッ!!」
裕太を追おうとした女が、カーティスに止められる声が後ろから響いていった。
───Iパートへ続く




