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第36話「刻まれたゼロナイン」【Eパート ナインの働き】

 【5】


 シャッ、シャッ、と皮むき器(ピーラー)が芋を撫でる音がΝ(ニュー)-ネメシスの厨房に響く。


「……どうだ?」


 剥き終えたツルツルのジャガイモを、ナインがレーナへと手渡した。


「短時間でここまで上手になるなんて……」

「すごぉい! まるで職人芸ねぇ!」

「ホンマ、コレ(・・)から短時間で、ようここまで腕が上がるもんなんやな」

 

 内宮がチラと見たボウルに入れられた不格好な芋たち。それは、彼女の成長の経過そのものである。

 最初は、ナインと打ち解けるために一緒に何かをしようというところから始まった。

 そこで、いつの間にやら新顔恒例となった芋の皮むきに付き合わせることとなったのだ。


 初めて皮むき器を触ったのであろうナインは、最初こそ皮ごと実をえぐるくらいには不出来な働きを呈していた。

 しかし、エリィや内宮がコツを教えた途端にみるみるうちに腕を上げ、4個目を剥き終えた頃には誰もが惚れ惚れする最高の結果を出せるほどになっていた。


「よくやるじゃないか。天才のこの僕が褒めているんだ、誇っていいぞ」

「そ……それほどではない」


 進次郎に頭を撫でられ褒められて、頬を赤らめるナイン。

 内宮の隣りにいるレーナが「もしかして恋敵増やしちゃった……?」と口元を歪ませていたのが、内宮にはやけに面白かった。



 ※ ※ ※



 次にナインが任されたのは、格納庫での機体の整備。

 もちろん、素性の知れない少女に重要な機体を任せるわけもなく、触らせるのは作業用の古ぼけた〈ザンク〉である。

 整備長たるヒンジーの監督のもと、テキパキとキャリーフレームの整備作業をこなすナイン。

 内宮はレーナの隣で、彼女の働きを感心しながら眺めていた。


「天は二物を与えず、って言うやないか? あのナインっちゅう子は三物くらいは持っとるんちゃうか?」

「そうねぇ千秋。進次郎さまには負けるでしょうけど、天才なのは確かね」

「けど……自身のこと何も話してくれへんからなぁ。ネオ・ヘルヴァニアやったっけ、所属勢力っぽいの」


 光国グェングージャで何度か聞いた「ヘルヴァニアを継ぐ者達」。

 それがネオ・ヘルヴァニアなのだろうか。


「ねえ千秋。ネオ、って言葉には“新しい”とか、“復活の”とか言う意味があるの」

「そう考えたら、ネオ・ヘルヴァニアっちゅうんは新しいヘルヴァニア。つまりは昔のヘルヴァニアとは別やって意味があるように聞こえるな」

「新しい、だといいけどね……。もしも在りし日の銀河帝国が復活だと、穏やかじゃないわ」

「どういう勢力か知るためにも、ナインの心を開かんとなぁ」


 腕組みして考え込む内宮の前で、ナインが足を止めた。


「どうした? 私に何かあるのか?」

「うん? いや、あんさんの働きが見事やなって見惚れとったんや」


 怪訝な眼差しで内宮を見るナイン。

 彼女は優れたExG能力者でもある。

 嘘を悟られぬように、下手な受け答えをしないようにしなければならない。


「ね、ねえナイン。あそこの格納庫入り口がどうなっているかわかる?」

「入り口……?」


 レーナが助け舟とばかりに、話題を振る。

 ゆび指された先は、格納庫と外をつなぐキャリーフレーム用の出入り口。

 そこにはなにやら液体のようなものが滝のように絶え間なく落ちて壁を作っていた。


「いや、私にはわからない」

「あれね、この間停泊したところでもらったジェルカーテンって言うんだって。ドロっとした液体を流し続けることで、出入りが自由なエアロックになるらしいわ」

「はえ〜いつの間にそないなもん付けたんや?」


 なんとなく原理はわかる。

 エアロックというのは、空気が必要な空間と真空の宇宙を隔てる仕組みである、

 本来ならば間に密閉した部屋を設け、その中の空気を出し入れして直接室内の空気を外へと漏らさずに外部へと出入りできる。

 しかし、あのような液体を壁とすれば、出入りに面倒な開け締めが必要なく、シームレスな移動が可能になる。


「なるほど、合理的なシステムだな」

「でしょー? あっ、もうこんな時間! 千秋、一緒にお昼ごはん食べに行こっ! ナインも!」


 ナインの袖を引っ張って、格納庫を後にするレーナ。

 内宮はその後ろ姿から、なにか嫌な予感を感じていた。




    ───Fパートへ続く

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