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第36話「刻まれたゼロナイン」【Dパート スグルとカーティス】

 【4】


 Ν(ニュー)-ネメシスの艦橋へと続く扉を、スグルはくぐった。

 艦長席に遠坂の娘が座っている光景は、未だに慣れない。

 平時で退屈をしているブリッジクルーの横を通り抜け、空いた椅子でくつろいでいるカーティスの隣で足を止める。


「カーティス、暇そうにしているな?」

「おお、英雄のダンナ。おまえさんこそ娘ンとこに居なくていいのか?」

「若者たちの語らいを邪魔しちゃいかんよ。それよりも……誰も彼も私を英雄というのだな」


 ため息を付き、スグルは空いている椅子に腰掛けた。

 カーティスが缶コーヒーを投げる気配がして、宙を舞った缶をキャッチする。


「すまない。ありがとう」

「英雄って呼ばれんの嫌なのか? 英雄だから飯食えてんだろ?」

「私は殺人者だよ。半年戦争で128人を殺した。重機動ロボのパイロットに、戦艦のクルーを艦橋ごと吹き飛ばしたりもしたから、数字はもっと増えるだろうがな」

「俺だって、軍にいたころにゃあ数えてねえけど沢山仕留めた。だがよ、それが軍人ってモンだからな」


 スグルは、半年戦争の後すぐに軍を退役した。

 無論、軍側は慰留いりゅうしたが、もともと民間人に近い立場だった身に平時の軍は居心地が悪すぎた。

 しかし、戦いの場から離れても血に汚れた手が綺麗になるわけではない。

 キャリーフレームの設計者となり、フレームファイトの試合で観客を喜ばせることが、スグルにとってできる最大の償いだった。


「……娘たち若者には汚れた手を、あまり見せたくないのさ。英雄という称号は、多くのヘルヴァニア人の血の上によって成り立っているものだからな……」

「英雄サマは意外と女々しいんだな?」

「私も血の通った人間だからな」


「一応、私も若者なんですけどね」


 艦長席の深雪が、頬杖をついてふてくされ顔。

 それは立場上あまり若者たちと一緒に居られない疎外感からか、子供扱いのされなさに対する反抗か。

 不満を表情だけで表す彼女へとカーティスが歩み寄り、一丁の拳銃を差し出した。


「ほれ、取り上げたやつ返すぞ。弾は抜かせてもらったがな」

「……私に撃たせたくないんですか?」

「前から言いたかったんだが、お前さん人を殺すのに向いてねえ」

「どういうことですか? 私はいつだって必要とあらば……」 

「じゃあよ、てめえの親父さんに向けて撃てたか? 墓場であの優男に引き金を引けたか?」

「それは……」


 言葉に詰まる深雪。

 それは、彼女の言う必要な時(・・・・)に引き金を引けなかったことに他ならない。

 いかに大人ぶっても、実力があろうとも、彼女は子供なのだ。

 実行に移す“覚悟”だけは、そのような経験を数こなさなければできないのが、人間というものである。


「ガキだから強がんのはわかる。が、普通に生きてて踏み外さなくていい道を踏み外すなんざ、オレたちみたいなクズのやることだ。お前のようなガキはせいぜい後ろで大人の背中に野次でも飛ばしてろい」


 深雪の椅子の背もたれをバン、と叩いてから椅子へと戻るカーティス。

 言ってやったぜという風に満足げな顔をするカーティスに、スグルは「君は立派な大人だな」と声をかける。

 だが、カーティスの返答は謙遜混じりの「よせやい」。


「俺ぁ、ただ自分のしてえことをして、したくねえことをやらねえだけの自分勝手なわがままオヤジだよ」




    ───Eパートへ続く

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