第36話「刻まれたゼロナイン」【Cパート ネオ・ヘルヴァニア】
【3】
───貴公の、元ヘルヴァニア将軍としての力を借りたく願う───
キーザがそのような書状を受け取ったのは、訓馬と内宮が去って一人になったメビウス電子の地下事務所だった。
社内での居場所を失いつつあったキーザが、その書状の指示通りに動くのは必然であった。
添付されたチケットを使って宇宙に登り、指示された宇宙船に乗って目的地となる宇宙ステーションへと向かう。
そうしてたどり着いた椅子に座り数ヶ月。
ようやく動き始めた計画に、キーザは安堵の息をこぼした。
ふと目の前にグラスが置かれ、アイスティーに浮いた氷がカランと小気味よい音を鳴らした。
「キーザ様、こちらには慣れましたか?」
「ああ。在りし日のヘルヴァニア再興のため、身を削る気分は悪くないよ。ドクター・レイ」
キーザに茶を出した白衣の女性──ドクター・レイが、メガネを掛けた顔でにこやかに微笑む。
真紅の髪をした彼女の長髪が、照明の光を反射してやけに輝いて見えた。
「私も同じ気持ちです。あなたのような立派な人と共に志を同じくできることを、光栄に思います」
「しかし……君は見たところ、どうやら地球人のようだが。祖なる星に牙を向くようなことをして良いのか?」
「ええ。私は地球から棄てられた人間ですから。このステーションにいる私の娘たちと共に……」
表情に影が刺すドクターの姿に、キーザは訳ありであることを察しながらアイスティーを口に注ぎ、そして口を歪ませた。
「に、苦いじゃないかぁ……」
「あ、すみません。茶葉が多すぎたかしら……。入れ直してきましょうか?」
「構わん。ミルクティーにするから牛乳を持ってきてくれ」
「はい……」
そそくさとキッチンへ駆けていくレイの後ろ姿を見て、キーザは(研究者自らが茶運びをせねばならんほど人材がおらぬのか)と心のなかで嘆いた。
ネオ・ヘルヴァニアという新興組織が広く活動するためには、人員の分散は避けられない事態なのである。
それが、行方不明となった人員の捜索へと人手を割り当てている最中だから、なおさらである。
「キーザ様! ただいまよろしいでしょうか?」
勢いよく扉を開き、キーザの執務室へと入ってきたのは長い金髪ロールを顔の横に垂らした女性だった。
「君は……」
「はっ! ロザリー・オブリージュですわ! 捜索隊より報告を預かってまいりましたの!」
上品な話し方の中に快活さを兼ね備えた元気な声が、中年を過ぎようとしているキーザの耳にキーンと響く。
彼女の姓を聞き、キーザの中にひとりの老人の姿が浮かんだ。
「オブリージュ……。ということは、君はノーブル大隊長の?」
「はい、ノーブル・オブリージュはわたくしのお祖父様ですわ! お祖父様の仇討ちに参加できれば思い、ネオ・ヘルヴァニアへと馳せ参じましたの!」
ノーブル・オブリージュはキーザの師と言っても過言ではない男だった。
度重なる軍功によって、1代で平民から貴族への出世を成し遂げオブリージュを名家へとのしあげた快男児。
そしてキーザに重機動ロボ操縦のノウハウを叩き込み、三軍将の一角という地位を手にするまでの力を与えた恩師でもある。
だが、そのような勇士であっても、半年戦争による地球人の攻撃には耐えられなかった。
ヘルヴァニアの歴史を変えようとした男は、ヘルヴァニアの終わりを目前としてその生命を散らしたのだ。
その孫娘が、半年戦争の頃は幼子だった少女がいま、成人した身で祖父の仇討ちを志願している。
成り上がりの家に生まれた世間知らずのお嬢様が、勇敢なことである。
「君の祖父には私も世話になったよ。して、捜索隊からの報告というのは?」
「はい! 木星方向より来たる船の中から、ゼロナインの反応ありとのことですわ」
そう言って机の上に小型端末を置くロザリー。
その画面には確かに、光点がふたつ光っていた。
「これがゼロナインの反応か?」
「間違いありませんわ。気になるのはもう一つの光点なのですけれど……」
「もしかして、ナンバーズが……?」
牛乳瓶を手にしたドクター・レイが、画面を覗き込んでポツリと呟いた。
その言葉を聞いたキーザは、椅子にかけていた上着を手に取り、立ち上がった。
「ゼロナインの回収には私が同行する。ロザリー・オブリージュ、行くぞ」
「キーザ様の手をわずらわせるわけには……私一人で大丈夫ですわ!」
「いや、予感がするのだよ……!」
「予感?」
「半年戦争以来20余年ものあいだ錆びついていた私の軍人としての勘が……ゼロナインの居場所から危険を感じ取っているのだ」
そう言い放つキーザの手は、ひとりでに震えていた。
───Dパートへ続く




