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第36話「刻まれたゼロナイン」【Bパート 09】

 【2】


「……なあレーナ。何で、こいつ気ぃ失ったんやろな」

「わからない。けれどこの子、かなり疲れていたみたい」


 患者用ベッドに横たわるゼロナインの額を、レーナがそっと撫でる。

 内宮は裕太とシェンをその技量で苦しめたという少女の顔を、じっと見つめた。


「うちらよりも若いんやというのに、なんでこないな子が……」

「あれだけの強さを持っていたか。って言うのはナシじゃない? 50点なんて小学生の時に無双してたんだし」

「うん、まあ……せやな」


 幼少期の裕太の戦歴は、半ば伝説のような感じで広まっていた。

 もちろん、「大人顔負けの腕を持つ小学生が居た」レベルの情報であり実名が出ていたわけではない。

 内宮も木星コロニーで話を聞くまでは、それが裕太のことだとは知らなかったくらいである。


「せや。この子が倒れる直前、レーナのことを“お姉ちゃん”とか言うてへんかったか? 知り合いなんか?」

「いえ、会ったのは初めてよ。でも……なんだか他人の気がしないの。ここを見て」


 レーナはゼロナインを覆う掛け布団を少しだけめくり、彼女の左肩を露出させた。

 そこにあったのは、肌の表面に浮かぶ“09”の数字とバーコードのような模様。

 入れ墨(タトゥー)のように皮膚に直接書き込まれた番号が、彼女の肩に刻まれていた。


「この数字……なんや不気味やな。まるで囚人か家畜みたいや」

「これと同じ様な数字が、実はわたしにも刻まれてたの。わたしも最近知ったことだけどね」

「それってどういう……」


「うう……ここは……?」


 閉じられていたゼロナインのまぶたが、ゆっくりと動いた。

 外の光をレーナと同じ色の瞳が感じ取り、瞳孔が一瞬にして小さくなる。


「くっ!!」


 コックピットから飛び出たときと同様の身のこなしでベッドから飛び退く少女。

 そのまま壁に背をつけ、内宮たちから一瞬で距離を取り……そして苦しそうにうずくまった。


「まだ元気なってないのに無茶するからや」

「黙れ! 敵と問答は交わさん!」

「わたしも、敵なの?」


 レーナがゼロナインへと歩み寄り、そっと抱き寄せる。

 興奮状態だった少女の顔がとたんに穏やかになり、その身をレーナに預けた。


「もう大丈夫。わたし達はあなたの味方よ。いい子だから、元気になるまで横になってて?」

「……うん」


 驚くほど素直に、よろめきつつも自らの足でベッドへと戻るゼロナイン。

 内宮に対しての敵対心もそれで削がれたのか、声をかけても拒絶されなくなった。


「おとなしく寝てる以上はうちらも悪いようにはせえへんからな。えーと……名前なんやったっけ」

「ゼロナインだ。他の者からはそう呼ばれている」


 少し顔をうつむかせて、自らの肩を見ながら名乗る少女。

 その名を聞いて、レーナがうーんと腕組みして考え込む。


「なんだかそれって、数字で読んでるみたいで嫌だな。ちょっと長いし、“ナイン”って呼んでいい?」

「レーナ、それって数字であることに変わりはあらへんのちゃうか?」

「細かいことはいいの。ね、ナイン?」

「ナイン……か。好きに呼べばいい」


 そう言いながら、ナインは仰向けになり枕へと頭をあずけた。

 彼女がおとなしくなったのを確認してからか、白衣を着た船医がマグカップを手に持って病室へと入る。

 湯気をのぼらせるカップを差し出されたナインは、素直にそれを受け取った。


「栄養失調と疲労でぶっ倒れてただけだ。それを飲んで安静にしな」

「……ああ」

「ありがとうのひとつくらい言えないのか。まったく……」


 不満そうに病室を後にする船医の背中を見送り、マグカップのスープにナインが口をつける。

 一瞬、熱そうに舌をだしてから、ふーふーと息を吹きかけて改めて飲む。


「あ……美味しい」


 彼女の顔に、初めて笑顔が浮かんだ。


「でしょ? うちのコックは一流だからね」


 穏やかに笑い合うレーナとナイン。

 二人の姿は、内宮の目には完全に血のつながった姉妹にしか見えなかった。

 それは、弟を持つ内宮だからこそ感じられる“家族の場”がそこにあったから。

 場が和やかになってから、レーナが覗き込むようにナインの顔をじっと覗き込む。


「な、なに?」

「うーん……70点、かな? せっかくの可愛い顔がキツい表情で台無しよ。それにあなたすっぴんでしょ? ちょっとお化粧してあげる」

「化粧って何? あっ……」

「ちょっとだけ、じっとしててね?」


 レーナが腰につけたコスメポーチから、一本の口紅を手早く取り出す。

 彼女の唇の色に酷似した色をしたそのリップを、慣れた手付きでナインの口元をなぞる。

 口紅を塗り終えて、今度はポーチからマスカラが飛び出す。

 黒く細いくし状の棒をまつ毛に触れさせ、数回上に跳ねさせた。


「これでよしっと! ほら、鏡を見て?」

「これが、私?」


 レーナが取り出した手鏡越しに、じっと自分の顔を見つめるナイン。

 言われなければ気づかない、わずかな変化ではあるかもしれない。

 けれどツヤが生まれた唇、それと濃ゆく長くなったまつげは、少女の美しさを引き上げるのに十二分の活躍をしていた。


「やっぱり。素材が良ければ磨けば光るものなのよ!」

「すごい。まるで魔法みたいだ……」


(こうやって無邪気に喜んでる姿が、ナインの素なんやろうなぁ……)


 仲良さそうに喜び合うふたりを見て、内宮は静かにそう考えていた。




    ───Cパートへ続く

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