第35話「勇者VS英雄」【Dパート 墓前の再会】
【5】
「……生きてたんですか?」
墓の前でフィクサと佇んでいたのは、深雪の父・遠坂明だった。
ズシリと重い拳銃から震える手を離さず、二人の前へと深雪は歩み出る。
たしかにあの時、黒竜王軍の攻撃を受けてネメシスの艦橋もろとも吹き飛んだはず。
それがなぜ生きていて、なぜフィクサとともにいるのかが深雪にはわからなかった。
拳銃を察知したのか両手を上げながら、フィクサがゆっくりと深雪の方へと向きを変え、口を開く。
「ここは死者が眠る安らぎの地。そんな無粋なものを放たれたら、死人に迷惑だよ?」
「質問に答えてください。なぜあなたがここにいるんですか? なぜ父が生きているんですか?」
「質問は1つずつしてもらいたいけどね。その拳銃に免じて教えてあげるよ。最初の問いの答えは、君と同じだよ」
「……墓参り、ですか?」
チラと、フィクサの横に立つ墓石の文字を見る。
そこに刻まれた名は、旧ヘルヴァニア帝国の実質支配者であった、摂政グロゥマ・グーの名前。
「……僕の父さんがここに眠ってるんだ。いや、死体は母星と共に消し飛んだからここに供養されたと言うべきかな?」
「あなた、ヘルヴァニア人だったんですね」
「元がつくかもしれないね。僕はタズム界という世界で蘇らされた存在だから」
いつもと変わらぬ爽やかな表情の裏に、寂しそうな影がさす。
自分が何者なのか、という答えを探すかのような雰囲気は、フィクサに出会う前の深雪の姿へと重なる。
深雪が構えていた拳銃を、カーティスが手で抑えて降ろさせる。
キッと一瞬、彼を睨みつけようとするがカーティスの目は据わっていた。
「その目的のために戦艦で移動するなんて、随分と孝行ものだな?」
「……そう思うかい? まあ実際のところ、墓参りがついでというところまで君と同じだと言いたかったんだけどね」
「ついで、ですか?」
「そもそも、さー……」
フィクサが、おもむろに息を吸い込んだ。
「君が空間歪曲砲だなんだで、ウチのグレイ君を冥王星までふっ飛ばしてくれたもんだから、僕らこんなところにいるんだよねーー!!」
「そ、それは大変でしたね……」
「君の目を見る限り、君たちは勇者の彼を回収し終わってるんだろう? 僕らはこれからグレイを回収しに太陽系外縁部まで行かなきゃいけないんだよ?」
「あれから1週間近く経っていますが、彼は大丈夫なんですか?」
「まあ、機体の能力でコールドスリープしてるっぽいからのんびり向かっても大丈夫なんだけどね」
言い終えた、という風にフィクサが深雪に背を向ける。
彼が身につけた長いトレンチコートが、風になびいてふわりと揺れた。
「ここで会ったのはいい機会だ。僕らは、君らと休戦を提案するよ」
「休戦……戦いを止めるということですか?」
「君たちは違和感を感じなかったかい? 黒竜王軍のこの世界での動きを。前総統ゴーワンは、こちらに進出して間もなくメビウスという企業と手を組んでいた」
考えてみれば、黒竜王軍のフットワークはあまりにも軽すぎていた。
理の違う世界で大部隊を動かし、大暴れをさせる。
その裏で様々な根回しが行われているであろうことは想像に難くない。
彼の言葉に思うところがあったのか、カーティスが腕を組んで大きく頷く。
深雪はどちらかといえばフィクサが総統に収まってから参戦した身なので、それ以前から黒竜王軍と交戦経験のあるカーティスは思い当たることがあるのだろう。
「確かに、連中にとっては未知の世界だろうこっちで、やたらと身軽に動いていたな」
「憶測……というか確信だが、黒竜王軍を利用して利を得ている連中がいる」
「利を得ている、ですか」
無尽蔵に異界から呼び出せる軍勢。
未知のテクノロジーを多数擁した勢力。
そこから得られるアドバンテージは、遥かに大きいだろう。
「その人達を叩いてから、私達と戦闘再開ですか?」
「いや、タズム界の方が黒竜王軍の勢力が弱まったことによる人間同士の戦いが激化し始めてね。そっちに注力するからこの世界からは数年単位でオサラバになりそうだよ」
後ろ手を振りながら、門の方へと歩き始めるフィクサ。
彼の傍らで、話に入れずに渋い顔をしている遠坂艦長が頬をポリポリと掻く。
「で、遠坂艦長。君はどうするんだい?」
「私は……」
「その人の処遇はこちらに任せてください。送り届け感謝します」
「助かるよ。それじゃ」
走り去るフィクサの背中を一瞥し、肩身狭そうにしている父へと視線を動かす。
かつては尊敬し、少し前までは怨嗟の対象だったその男へ送る視線は、もはやただの軽蔑の眼。
掛ける言葉など無いという意味を込めて、深雪は背を向ける。
「深雪……」
絞り出したような父の声が、深雪の背中へと放たれた。
「あなたは兄と母が愛した家を守ってください。戦いの後片付けは私が全て片付けます」
「……苦労をかけてしまったな」
「自分で選んだ道です。選ばせたのはあなたですが」
「…………」
情けなさを噛み締めているのか無言で立ち尽くす男を置いて、深雪はその場を立ち去った。
慌てて追いかけるように、カーティスが横に並んで歩き出す。
「良かったのかよ嬢ちゃん。実の父親なんだろ?」
「血の繋がった家族だからこそ、これ以上言葉をかわさないんです。勝手に罪悪感に苛まれてれば良いんです」
「おっかねえ子供だぜ……」
そう言いながら、カーティスは素早い動きで深雪の持つ拳銃を取り上げた。
咄嗟に取り返そうとジャンプする深雪の頭を、カーティスが手で抑える。
「ガキがこんな物騒なもんを持ってるんじゃねえよ」
「返してください。それが無いと私は……」
「こんなもの、お前さんがぶっ放すにゃ十年早えぜ。さーて、さっき見えた屋台で腹ごしらえでもすっか!」
そのまま拳銃を懐に仕舞ったカーティスが、深雪の前を駆けていく。
久しぶりに大人に子供扱いされ、深雪は下唇をキュッと噛んだ。
───Eパートへ続く




