第35話「勇者VS英雄」【Cパート エリィの両親】
【4】
「えっと……はじめまして。笠本裕太といいます」
エリィに案内されてやってきた高級住宅街。
その一角にある、一帯では比較的こじんまりとした家屋の中で、裕太は椅子に座っていた。
日本家屋的なリビングのテーブル。
隣に座るソワソワしているエリィを尻目に、正面を見すえる。
対面に座るのは、半年戦争の英雄であり偉人、そしてエリィの実父・銀川スグルその人。
「久しぶりだね、裕太くん」
「はい。って……あれ? 前に会ったことありましたっけ?」
「あー……まあ、あの時君は小さかったから覚えていないのも無理はないか」
短くまとまった黒髪を掻きながらスグルが困った顔をする。
その様子を面白がったのか、エリィと同じ髪色をした女性がフフフと笑いながら、裕太に麦茶の注がれたコップを差し出す。
「はい、粗茶ですよ」
「ああ……どうも。えーと」
女性が誰かわからず、裕太は閉口する。
見た感じは20代前半といったところであるが、エリィに姉がいたなど聞いたことがない。
しかし、言っていなかっただけかもしれないしと、言葉を振り絞った。
「えと……銀川の、じゃないや。エリィさんのお姉さんですか?」
「あら、やだ! お姉さんですってあなた!」
嬉しそうに飛び跳ね、お盆を持ったままくるりと回る女性。
笑いをこらえる隣のエリィ。
正面のスグルが、呆れ顔で女性の肩に手を置いた。
「お世辞ならば上手いけど、天然ならば……うん、まあ。とりあえず紹介しよう、家内のシルヴィアだ」
「はじめまして。エリィの母でぇす!」
若々しいブイサインを、シルヴィアが裕太へと送った。
ヘルヴァニア人は老けないのだろうか? 驚愕しながらも、裕太はそう思った。
一見すると若くも見える整った美しい顔。
その中にある赤く輝く宝石のような瞳は、確かにエリィの面影を忍ばせる。
しかし時系列を考えれば、エリィの母シルヴィアの年齢はすでに40手前のはず。
それなのにエリィを一回り成長させた容姿に留まっているのは尋常ではない。
若くみられたのがよっぽど嬉しかったのか、シルヴィアが両頬に手を当てうっとりとした表情で悦に浸る。
その姿は、まさにエリィの血縁者だといったところだ。
「えっと! ほら、昔俺に会ったって言ってたじゃないですか。どこで会いましたっけ?」
かつて会ったときのことを忘れ、奥さんを娘さんと勘違いするという二連続の失態を演じてしまった裕太は、とにかく話題を変えることにした。
「ん? ああ、十年前だったかな。諸用で地球に降りることがあってね、その時にエリィとフレームファイトの大会を見たんだ」
十年前、フレームファイトの大会。
断片的な情報が、裕太の記憶の奥底を呼び覚ます。
「君は7歳だというのに、いや7歳だったからこそ年齢無制限のフリーエイジ級に出場していたんだったか」
「ああ……思い出してきました」
自分に説明する気分で、裕太はかすかな記憶を掘り起こした。
※ ※ ※
────十年前。
当時、小学二年生だった裕太にはすでにフレームファイトの相手はいなかった。
シミュレーターを使ったオンラインでの戦績は全戦全勝。
それどころか、母の知り合いとやった実際の機体を操縦しての戦いも負けなしだった。
だからこそ、腕っぷしが集う大会に参加するのは必然だったのかもしれない。
けれども、子供用の大会は小学校高学年から。
その時の裕太は、幼すぎるゆえに出られる大会がなかった。
しかし、一つだけ例外があった。
引退したプロから歴戦の強者まで揃う、年齢無制限のフリーエイジ級の大会。
本来であれば老いても参加できるという触れ込みの年齢制限無しを、逆の理由で使うのは裕太だけだった。
結果は準決勝敗退。
大人に混じっての活躍なので、傍から見れば健闘した方なのであるが、裕太にとっては初めての敗北。
ただただ悔しい思いしかなかった。
母が迎えに来るまでの間、会場の隅で涙を流していた幼い裕太に、声をかけた人物がひとり。
「坊や、君は大会に出ていた坊やだよね? たしかに残念だったけど、君は優勝候補やプロの軍人を打ち負かしたんだ。胸を誇ってもいいんじゃないか?」
「でも、おれは勝てなかった。相手をたおせなきゃいみがないんだ……!」
「どうしてそう思うんだい?」
「もしも相手がはんざいしゃで、おれが戦っていたら……負けたらたくさんの人が悲しむんだ。おれは、いつか母さんみたいにキャリーフレームで人を助けるから、負けちゃいけないんだ……!!」
今にして思えば、その人物の後ろに隠れるようにして、きれいな銀髪の女の子が立っていたようにも思える。
エリィとの出会いは、あの時あったのかもしれない。
※ ※ ※
「────その時は君の言っていることがわからなかった。けれどその後、警察官をしているという君の母親と会って合点がいったよ。君はスポーツとしてキャリーフレームに乗ってはいなかったんだとね」
「あの時は、キャリーフレームで治安を守る母さんに憧れて、母さんの助けをしてやりたかったんです」
「エリィから君の活躍を聞いているよ。君はまだ学生の身で、その信念を立派に果たしているとね」
歴史書に載るような有名人に褒めちぎられている。
本来ならば最高の誉れである出来事を素直に喜べないのは、隣でエリィがうっとりと「やっぱりあたしと笠本くんが出会ったのは運命なのねぇ……!」などと呟いているからであろう。
しかもその発言を聞いたスグルが苦い顔をしているので、複雑な気分はさらに大きくなってしまう。
「さて……ここまではキャリーフレーム乗りとしての話だ。ここからは、私がエリィの父としての話に入らせてもらおうか」
プレッシャー。
その言葉が一番合うであろう“圧”だった。
「率直に聞こう、娘に手を出したのか?」
「いえ、何もしていません」
「よくも娘を傷物に……って、あれ? 何もしていない?」
「というかそもそも、まだ交際関係になってないと言うか……」
嘘ではない。
男女のカップルというものが、告白によって生まれるものであるならば、まだお互いにそうした部分にまで至っていないのだ。
むしろ、告白という面では内宮の方に分があり、付き合いの長さでエリィが拮抗しているような状況である。
思いも寄らない回答だったのか、スグルが目を点にしてエリィの方へとゆっくり顔を向ける。
「エリィ、それは本当なのか?」
「……本当なのよぉ、お父様。もちろんあたしは笠本くんとお付き合いしたい! とは思ってるけど、笠本くん自身が迷ってるみたいで」
「うーむ……つまりはボーイフレンド止まりなのか。というのも父親としては複雑な気持ちなのだが」
そもそも、交際の報告だとかそういう目的で来訪したのではない。
エリィがどうしても会わせたいと言うので連れてこられたのが状況として正しいのだ。
それを、実家に娘が男を連れてくるという情報だけで勘違いしたのは、眼前で滑稽を演じている英雄その人である。
エリィの母、シルヴィアが固まっているスグルの肩に手を置いた。
「だからあなた、言ったじゃない。エリィにはまだ早いからそういう訪問じゃないって」
「……これでは“娘はやらん! 娘が欲しくば私を倒していけ!”ができないじゃないか」
「お父様……そんなことを考えていたのぉ?」
「エリィが生まれたときから夢見ていたんだよ! 男同士の意地をかけた勝負、からの相手を叩き潰しつつも“その心意気が気にいった! 娘との交際を許してやろう!”と八方に丸く収まりつつ株を上げるプランをだな」
家族3人が戯れているのを見て、楽しそうな家族だなと、裕太は思った。
脳裏に思い起こされる、母がいた頃の家庭。
ここで普通ならば心がしんみりとするのであるが、肝心の母親が異世界で英雄行為に勤しんでいると考えれば、センチメンタルなんてなりやしない。
母さん早く帰ってこないかな程度のしんみりを胸に、只々エリィ一家のやり取りをのんびりと眺める裕太だった。
ピリリ。
唐突に、スグルのものであろう携帯電話が鳴った。
手早く端末を手に取り、顔を険しくするエリィの父。
「参ったな……急に相手が病に倒れるなんて。替わりのパイロットなんて……? 待て、いい考えが浮かんだ。丁度いい人材が、ここにいる」
裕太の方へと視線を移し、ニヤリとした笑みを浮かべる英雄。
その不敵な表情に、裕太の背筋がゾッと凍った。
───Dパートへ続く




