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第35話「勇者VS英雄」【Bパート 友情と愛情と】

 【3】


 木星を囲むスペースコロニーの一つ「エンパイア」は、名に反して日本寄りの雰囲気ただようコロニーである。

 ブロック塀に囲まれた一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街は、もはや一部分だけ写真に収めれば地球の風景だと言っても疑われないだろう。

 そんな中で内宮はレーナと一緒に、寄ったコンビニで買った肉まんを頬張りながら歩いていた。


「なぁレーナはん、岸辺はんと一緒やなくてよかったんか?」

「そういう千秋だって、50点と一緒じゃなくていいの?」

「まあ、うちが銀川はんの実家に行ってもしゃあないしな。っていうか千秋て呼ばれるの慣れへんな……」

「そんなこと言って、次会うときに外堀を超合金固めされてても知らないわよ?」


 言われてハッと気づく。

 男女が実家に顔出しの意味、それは両親への想い人の紹介に他ならない。

 とはいえ、この状況でエリィの実家に殴り込みをかけてもみっともないだけである。

 すでに手遅れな状態に、内宮は深い溜め息をついた。


「こないだまで二人きりで冒険してたから、油断しとったわぁ……。レーナはんも、うちのようにならへんよう、アタックかけたほうがええんとちゃうか?」

「それはそうなんだけど。ほら、サツキちゃん気分悪そうだったでしょ? 恋敵の不調に漬け込んで抜け駆けなんて言うのは、わたしのポリシーに反するのよねー」

「正々堂々としとるんやな」

「恋もバトルも一直線がモットーでーす! あははっ!」


 食べかけの肉まんを口に放り込んでスキップするレーナ。

 上機嫌な彼女の背中を置いながら、内宮も肉まんに齧りついた。


『いやはや、レーナ殿はいつも元気だな!』


 自分の携帯電話から響くジェイカイザーの声に、内宮はAI組を預かっていることを思い出した。

 エリィの家で粗相をしないようにと預かっていたのだが。


『それにしても、ジェイカイザーはともかく私まで追いやられるのは納得がいきません』

『きっと、私が寂しがらないようにとの裕太の粋な計らいだろう!』

「絶対ちゃうわ。ジュンナはんもじゅーぶん問題児やからな?」

『納得がいきません』


 ディスプレイで無表情ながらぶーたれるジュンナに、内宮は乾いた笑いを送った。



 ※ ※ ※



 住宅街の中心に位置する小さな公園。

 子どもたちが遊具で遊ぶ無邪気な声が響き渡る中、進次郎は自動販売機で買った缶ジュースを指先でくるりと回した。

 ベンチでうつむいていたサツキが顔を上げ、ニッコリとした笑顔を向ける。


「サツキちゃん、気分は良くなったかい?」

「ええ、もうバッチリです! 心配おかけしました!」


 受け取った缶を開け、ごくごくと喉を潤すサツキ。

 もとの調子に戻った彼女の横に、寄り添うように進次郎も腰を下ろす。


「僕はさ、サツキちゃんが辛そうにしているのを見たくないんだ。何とかして酔わなくなる方法を考えようよ」

「お気持ちは嬉しいですが、たぶん何をやっても変わらないと思います。なにか船の中から恐ろしいものが出てくるような、そんな気配がずっとするんです」

「古い船だしお化けでもいるのかな……? まあ、辛くなったらいつでも言ってくれ。この天才進次郎が、その……背中をさするくらいならしてあげられるから」


 言いかけて、進次郎はただセクハラ宣言みたいになってしまった事に視線をそらした。

 しかし純粋に進次郎の気持ちが嬉しかったのか、サツキが進次郎の手に小さな指を重ねる。


「そう言ってもらえるだけで、私は元気満タンです!」

「ははは、頑張るよ。それはそうと裕太のやつ、大丈夫かなぁ」

「エリィさんのご両親の所に行くんでしたよね? よくわかりませんが、すごい人たちなんですか?」


 首をかしげる無垢な顔。

 それはエリィの両親が何者かを知らないという単純な無知の為せる表情である。

 進次郎は何も知らない子供に教えるように、優しい口調でサツキへと説明をする。


「すごいなんてもんじゃ無いよ。銀川さんの親父さんは半年戦争の撃墜王。決戦間際には襲い来る重機動ロボ10機を一瞬で返り討ちにしたとか」

「では、お母さんの方は?」

「民に慕われる穏健派のトップ。ヘルヴァニア人が地球で暮らせるのも、あの人の働きが大きいんだと」


 ふたりの働きは、近代宇宙史の教科書の最後に描かれている。

 半年戦争からヘルヴァニア人の地球圏への移住は、ここ数十年の間で最大とも言える時代の変化だった。

 しかし、特に大きな問題もなく地球の人々がヘルヴァニア人を迎え入れられたのは、英雄と相手国の女王というフィクションのようなカップルの結婚がロマンスとして歓迎されたからなのだ。


「そんなすごい人たちを相手にしたら、裕太さんは消滅してしまうかもしれませんね。水金族の仲間に消えた裕太さんの代わりになるよう言っておきましょうか?」

「君は時々怖いことを言うよね? そもそも、取って食われるわけでもなし。少なくとも裕太の生命は無事だよ」


 久々に人間味のない水金族っぽい考えを述べるサツキに、冷ややかな目を向ける進次郎。

 反対側の街が薄っすらと写り込んでいる青空を見上げ、親友の動向に思いを馳せた。



    ───Cパートへ続く

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