第34話「シット・イン・マインド」【Eパート それぞれの役割】
【5】
富永が乗っている〈ハクローベル〉が、スタンリボルバーを構えてスピーカーで吼える。
「抵抗はやめるであります! 器物破損、騒乱、その他……諸々で現行犯であります!!」
その背後を照瀬は走る。
富永とともに自分のキャリーフレームもキャリアートラックに乗せて運ばれているのを聞いたからである。
──朝の奴が白状してくれた。
太田原曰く、それがこの素早い展開の理由らしい。
角を曲がった所に停車していたキャリアートラックによじ登り、ドライバーと2,3言葉をかわしてから〈ハクローベル〉のコックピットに滑り込む。
非番が台無しだとか、そう言っている暇はない。
目の前の重大犯罪を無視できるようなら、とうの昔にこんな仕事は辞めている。
操縦レバーを握り、指先から神経を接続。
コックピット内のモニターに光が灯り、外の風景が映し出される。
ペダルを踏み込み、立ち上がらせ、脚部のラックからリボルバーを取り出す。
戦闘準備を整え、戦場となっている大通りへと飛び出そうとした瞬間。
目の前を閃光が走った。
「富永ッ!!」
ビルの陰から出た照瀬の目に写ったのは、頭部を吹き飛ばされ後方へと倒れつつある富永機。
そして、その目の前で緑色のキャリーフレームが赤いモノアイを妖しく光らせながら握っていたのは……。
「ビーム……ライフル? 冗談じゃねえぞ……!!」
※ ※ ※
背後から聞こえるビームの発射音に振り返りたい気持ちを抑え、軽部は2脚バイクのキーを回す。
アクセルをひねろうとしたところで、後部座席に人の気配。
「カエデちゃん!?」
「軽部さん、どこに行くんですか?」
「ここからなら学校が近いからな。キャリーフレームを取りに行く」
「あのマシーンと戦うんですか? どうして?」
カエデの言うことは最もである。
警察や、それで手に負えなければ来るであろう自衛隊に投げればいい。
しかしそれでも救援に駆けつけようとするのは、友人の危機を救いたいから。
民間防衛隊証明証を持つ者として、元エレベーター・ガードとして。
高ぶる気持ちを抑えられないのは、軽部が男だからである。
「理由とかじゃないんだ。俺は、あいつらを止める!」
「……でしたら、私も協力します」
「へ?」
「忘れましたか? 私は、黒竜王軍の戦士だったんですよ?」
後部座席から飛び降りたカエデが閑散とした道路の真ん中に立つ。
ハンドバッグの中から短刀を取り出し、天高く振り上げる。
路面に描かれる漆黒の魔法陣。
地面を突き破るように出てくる黒い魔術巨神〈ショーゾック〉。
かつて敵として相まみえた機体の中へと、カエデが吸い込まれるように消える。
「これで、私がまた逮捕されちゃっても……軽部さんは気に病まないでくださいね」
そう言って、忍者のような風貌の機体が跳躍した。
軽部は間もなく振り返り、アクセルを全開に捻る。
学校を目指し、2脚バイクが猛った。
【6】
「警察発表によりますと、現在起こっている事件は反ヘルヴァニア組織・愛国社による犯行であると──」
モニターに映るニュース映像をBGMに、訓馬は額に手を当てていた。
ヘルヴァニアを憎む存在が、ヘルヴァニア人だった。
これが個人間での諍いであるならば、話は別である。
しかし、今のところ犯人と被害者の接点は見当たらない。
「なぜ、ヘルヴァニア人がヘルヴァニア人を排斥しようとする……? そうなれば、彼らとて居心地がよくなるわけではあるまいに」
「金に困ってとかではないのですか?」
共に悩むポーズをするジュンナが質問を投げかける。
多額の報酬に目がくらみ、後先を考えずに同胞へ牙をむく。
そういったシンプルな理由であれば、ことは単純明快なのだが。
「そもそも、愛国社がヘルヴァニア人を引き入れている事自体が不可思議なのだよ。連中にとってヘルヴァニア人とは不倶戴天の敵。相容れない存在であるはずだからな」
「つまりは、愛国社にとって都合のいいヘルヴァニア人と、都合の悪いヘルヴァニア人がいるということですか?」
「うむ?」
愛国社にとって2種類のヘルヴァニア人がいる。
この視点は、今までにないものであった。
訓馬の頭の中で、パズルのピースが組み立つように情報が線で繋がり始めた。
「……思えば、愛国社の行動は昔も今も不可解だった。ヘルヴァニア人を狙うということに関しては共通していたが、官僚から民間人から、相手は無差別であり襲撃の目的もハッキリしていない」
「明確な理念や指揮系統・作戦があるわけでもなくバラバラに活動していた……ということですか?」
「あるいは……目くらましのためにわざと一件無差別のように事件を起こしていたか」
コンピューターから警察署のサーバーにアクセスし、愛国社関連の資料を検索する。
表示された無数の捜査資料を一つ一つ開き、概要欄に目を通していく。
「……私が知らないだけで、過去にもヘルヴァニア人が犯人だった例がいくつか存在するな」
「ならば、今回の件は珍しいケースでは無いということですね」
「いや、個人間の諍いなどではなく、明確に愛国社へと手を貸しているヘルヴァニア人の一団があるという証明だな」
「彼らに共通点は?」
「ヘルヴァニア人であること。それから……何だろうか」
一見、共通点は見当たらなかった。
住所も、性別も、年齢もバラバラ。
人種だけが共通だが、それは現在求めている答えではない。
表示する資料を次々と切り替えていると、ジュンナが「あっ」と一言だけ呟いた。
「どうしたのかね?」
「一つだけ共通点が見つかりました。とはいえ、それが理由かはわかりませんが」
「もしかすれば取っ掛かりになるやもしれん。言ってみたまえ」
「はい。この資料に書かれている犯人たちの共通点は、宇宙に住んでいることです」
「宇宙……だと?」
改めて各人の住所欄へと目を向ける。
場所こそ統一感はないが、確かにスペースコロニーあるいは月など地球以外が居住地であることが共通していた。
点が、線で繋がった。
…………Fパートへ続く




