第34話「シット・イン・マインド」【Cパート 愛国社の謎】
【4】
警察署地下の秘密研究所。
無機質な白い内壁に囲まれた個室の中に、コンコンという音が響き渡る。
椅子に座りコンピューターとにらめっこしていた訓馬は、扉をノックする音に身体ごと振り向いた。
「お久しぶりです、訓馬博士」
「おお。君は……」
「SD─17、ご主人様から名付けられた名はジュンナです」
ペコリと礼をし、部屋へと入るメイド姿のアンドロイド。
訓馬は彼女を迎えるように、壁際にあった椅子をひとつ手で押してキャスターを転がした。
「何か飲むかね?」
「では、コールタールを」
「そんなものは無いッ!」
そう言いながら、デスク脇の小さな冷蔵庫から紅茶のペットボトルを取り出す訓馬。
それをジュンナに投げ渡すと、この無表情なメイドロボは目尻だけを動かし不満を訴えながらキャップを開けて中身を飲む。
「はて、君たちは木星に行っていたのではなかったのかな?」
「通信網を通って、私だけ地球に帰って来たんです。あまりご主人様の家を放置しては、ホコリが貯まりますから」
「勤勉な女中さんだな。だが、それだけが理由ではあるまい?」
「はい、フォルマット博士の耳へと入れておきたい情報が少々ありまして」
訓馬は眉をピクリと動かす。
先まで自分を地球人名で呼んでいた彼女が、イェンス星人名の方でその名を呼ぶ。
それはジュンナの中でイェンス星人としての自分宛てのメッセージをこれから喋るということに他ならない。
いくら巧妙に人間の人格再現を行っていても、このような悪癖が残るのは人工知能の世の常か。
「何かね?」
「実は……」
ジュンナは感情の籠もらない事務的な口調で、イェンスを母星に持つ光国についての説明を始めた。
スペースコロニーの中でありながら退化した文化。
キャリーフレームを扱う技術力。
そして、反政府軍が言っていたヘルヴァニアを継ぐという勢力のことを。
説明を聞き終わった訓馬は、無意識に顎に手を当てた。
「彼らは……光国の者たちの祖先は恐らく、イェンス星が旧ヘルヴァニア帝国の支配下に置かれた当初に存在したと言われる、信奉の民であろう」
「信奉の民とは?」
「宗教的な考え方を中心としていた人々だそうだ。私も伝承でしか聞いたことがないので、詳しいことは知らないがね」
「宗教……。光国の人たちは、ジェイカイザーのことを神像とか神様とか言っていました。実際、ジェイカイザーそっくりな人形がありましたし」
「それは無理のないことだろうね。見てごらん」
訓馬が手で招き寄せると、ジュンナは椅子に座ったままキャスターを転がし、スライドするように隣へと移動した。
同時に訓馬はコンピューターを操作し、一つの図面をディスプレイに表示する。
「この図は?」
「ジェイカイザーの設計図……兄上が描いたものだ」
視線を促そうようにカーソルを動かし、図面の右下に小さく張られた写真データを拡大する。
それは、ジェイカイザーそっくりの古ぼけた木彫りの人形を映した写真。
「兄はジェイカイザーの意匠に、イェンス星の救世主を使ったのさ」
「救世主……なにか伝説があるのですか?」
「伝説というほどじゃない。日本における日本神話のような、どこで始まったかわからない伝承の一節だ。悪い魔物を救世主が倒し人々に平和を取り戻したとか、その程度のおとぎ話さ」
「光国の人々はそのおとぎ話を信仰していると……」
「まあ、そういうところだろうね。私としては気になるのは、どちらかと言うとヘルヴァニア勢力の方だが……」
不意に、机の脇に置いてあった訓馬の携帯電話がピリリと音を立てた。
画面には太田原の文字が映ったのを認識してから、素早く手に取り通話ボタンを押す。
「太田原、どうした?」
「訓馬博士、ヘルヴァニア人がヘルヴァニア人を襲う理由って……心当たりは無いか?」
「……どういうことだ?」
「先の事件で逮捕した愛国社のパイロット。奴はヘルヴァニア人だった」
「何……?」
部屋の空気に、緊張が走った。
…………Dパートへ続く




