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第34話「シット・イン・マインド」【Bパート カフェの再会】

 【3】


 道路に面した喫茶店のテラス席。

 軽部は時代遅れな紙面の新聞を手に、カップのコーヒーを喉に通した。


 紙面に踊るのは愛国社の悪事の詳細と、後手を演じる警察組織への批判文。

 友人の職場を貶める記事に、しかめ面を送る。


 話の種になるかと近くのコンビニで買ったのが間違いだったかと思いながら、軽部は乱暴に空席へと畳んだ新聞を放り捨てた。

 勢い余って滑り落ちる新聞。

 床にクシャッと音を立てて落ちたグレーの紙面を、細い腕が拾い上げる。


「ご機嫌ナナメなのですか? 軽部さん?」

「君は……カエデさん?」

「ご無沙汰しております!」


 ロングスカートとおしゃれなオフショルダー服に身を包み、ハンドバッグを腕にかけて朗らかな笑顔を送る女性。

 彼女は、先月現れた時は“敵”だった。


 軽部が教師を務める東目芽ひがしめが高校に、突如現れた黒竜王軍の刺客。

 一方的に勇者扱いされる教え子・笠本裕太の命を狙う女忍者だったカエデ。

 彼女は魔術巨神マギデウスを呼び出し襲いかかるも、裕太と軽部のチームプレイの前に敗れ、逮捕された。


 その後、更生した彼女は黒竜王軍が姿を消した事もあり、コンビニ店員としてこの街での生活を始めた。

 先のような派手な出会いと彼女の悲しい境遇もあり、軽部は時折悩みを聞いてあげたり支援していたりしていたのだ。


「後ろ姿を見て、もしかしたらと思ったら本当に軽部さんで安心しました」

「ああ、まぁ。最近はどうだ?」

「はい、最近はすっかり仕事にも慣れて順調です。この間も、店長に褒められまして」

「そりゃあ良かった」


 カエデは軽部にとって、新しい教え子のような存在である。

 最初こそは敵対していたが、彼女は組織から外れると素直で真面目な女性だった。

 だからこそ保護観察も滞りなく進み、表面上は他の一般人と変わらぬ生活を行えるのだ。


「仕事帰りかい?」

「ええ。早朝番だったので」

「よし、じゃあ労りとしておごってあげるよ。おーい、店員さん! コーヒーひとつ!」

「えっ、そんな悪いです……」

「まあまあ、座って座って」


 軽部の促しに、素直に応じるカエデ。

 運ばれてきたコーヒーカップを彼女の細い指が掴み、口元へ運ばれる。


「あ、おいしい」

「だろ? ここのコーヒー、美味いんだぜ」

「へえ……。今度から仕事終わりに通おうかしら?」


 日常の何気ないやり取り。

 本来ならばこの様なやり取りなどなし得なかった相手とのひとときに、軽部は穏やかな気持ちを抱いた。

 この喫茶店に来た本来の目的を忘れつつ、カエデとの談笑。


「かーーーるーーーべーーー!」


 その会話を遮ったのは、汗だくの照瀬だった。


「照瀬? どうしてここに……?」

「どうしても何も、お前から呼んだんだろうが! こちらの女性は?」


 照瀬がどかんと空いている椅子に座り、握った手の親指をカエデへと向ける。

 キョトンとする彼女をよそに、軽部は彼女の経緯を説明。

 なるほど、と言った風に照瀬が拳を手に打ち付けた。


「そういや、富永がそんなことあったとか言ってたな」

「まあ、今は彼女も善良な一市民。硬いことはいいっこなしだぜ?」

「硬いことは言わないが、お前は軟派な気持ちを抱いてるんじゃねえだろうな?」

「軟派っておい……」

「カノジョ欲しい~だとか言って砂浜を走り回っていたお前だから心配なんだよ!」

「おい照瀬、それは言わない約束だろ!」


「くすくす……!」


 ふたりのやり取りを聞いてか、笑い始めるカエデ。

 軽部はやましい思いはないからと言い訳をするが、彼女は手を横に振った。


「いえいえ、軽部さんって素敵な人なのにお相手いないんだと思いまして」

「素敵と言ってくれるのは嬉しいけど、お恥ずかしながらそうなんだ」

「ということは……私にもチャンスが……」

「え?」

「いえ、何でもありません! そ、そうだ。お二人は待ち合わせをしてらしたんですよね? どうぞ私にお構いなく!」


 紛らわすようにコーヒーを一気飲みするカエデの姿に、照瀬がニヤニヤとした気味の悪い笑みを浮かべる。

 軽部はその意味がわからないまま、座っている白い椅子ごと照瀬の方を向いた。




  …………Cパートへ続く

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