第33話「降臨祭の決戦」 【Aパート 草原の舞台】
【1】
光国を廻る風が、青々とした草原を撫でた。
スペースコロニー内に発生する風は、地球に吹く風とは少々趣きが異なる。
自然発生の風の多くは気圧の差によって生まれる空気の流れであり、コロニーという人工居住区においても自然再現という理由で同じ原理を利用している。
それは人為的・機械的に気圧差を発生させ、大気を流れる風を不定期にエミュレーションすることによって、コロニーに暮らす動植物に惑星内と同じような環境を提供しているのだ。
そういった人工的な風であっても裕太たちが爽やかさを感じるのは、古めかしい建造物に囲まれた町の風景に、どこかノスタルジックな印象を受けているためであろう。
時代劇に出るような外観の茶屋の前で、これまた時代劇の一幕のように長椅子に座り三色団子に舌鼓を打てば、景色を楽しむ余裕が生まれるのは必然であった。
「は~~~美味いわ~~」
「ほんと、この店の団子は絶品じゃろう?」
のほほんと白い団子の刺さった串を片手に咀嚼する内宮とシェン。
その隣で、裕太は首輪を指で弄りながら目の前の広場を眺めていた。
トンカチが釘を打つ子気味が良い音を響かせながら、大工たちによって組み立てられる木組みの舞台。
降臨祭の会場となるべくして建造されているヤグラは、襲撃を想定している感じは全く無く、あまりにも無防備な作りであった。
「なあ、シェン。祭りの舞台はあれで良いのか?」
「降臨祭は我らの主たる自然神が降臨なさる祭り。それゆえ降臨の祭壇は自然の物を使う習わしなのじゃ」
スペースコロニーという人工物の権化のような場所に、自然もクソもないだろうと思うが口には出さない。
首輪についている紐の先を、この古めかしい口調の少女に握られていれば、うかつな発言は命取りだからだ。
しかしながら、反政府軍・黒鋼の牙が明日に降臨祭へと襲撃をかける宣戦布告をしている以上、防衛目線での意見は言わざるを得ないのも事情である。
無い知恵で色々と考え込んでいると、舞台の建設を眺めていた子どもたちが、シェンの方へと駆け寄ってきた。
「ねえねえ、姫巫女さま。どうしてそこのお兄ちゃんは首輪つけてるの?」
「まるで動物みたーい」
「これはのう、この者がわらわから離れぬように繋げておるのじゃよ」
適当なこと言いやがって……と思いながらも、子どもたちに優しい笑顔を向けるシェンの前で黙っていた。
幼い子どもたちから慕われているシェンの面目を潰す意味など無いし、そんなことをしても現状は何一つ好転しない。
──降臨祭の襲撃を退ける、それがゆうべ裕太たちに与えられた光国を出る条件だった。
宮殿の奥には現代で使われるタイプの通信設備が存在し、それを使わせてくれるという。
裕太としても、ここまで首を突っ込んだ手前、襲撃を見過ごす事もできない。
目の前で狙われている命を見捨てるほど、非情になれないのが裕太の良さである。
やがて、子どもたちにボールのようなものを渡されて手を引かれたシェンは、困った顔をしながらも内宮に首輪の紐を預け、舞台の前に広がる草原へと駆けていった。
原っぱの中を駆け、ボールを蹴る。
跳ね上がったボールに群がり、小さな身体がぶつかりあって、笑い合う。
襲撃の前日だということを思わせないのほほんとした光景を見ていて、裕太の心は暖かくなった。
「偉いこと言うてても、まだ14かそこらなんやなぁ。シェンはんは」
「え?」
「年齢や。うちらよりずっと若いんに、苦労して辛いこといっぱい経験して……。でもあんなふうに明るく振る舞える。やっぱ強いんやなぁ」
物思いに耽る様な表情で呟く内宮の言葉に、裕太は地球に残したΝ-ネメシスの面々を思い出していた。
艦長として活躍していた深雪も、まだ小学生である。
彼女もまた幼い頃からたくさんの苦労を背負い、大人のような振る舞いを幼い身体で行っている。
そういう子どもたちを見ていて、裕太は自分たちがひどくちっぽけな存在に感じてしまった。
決して裕太たちが年齢に見合わない幼稚さであるというわけではない。
しかし黒竜王軍や反政府軍と戦っているような身でありながら、年相応でいいのかという疑問が浮かび上がった。
顎に手を当て考えていると、薄ぼんやりと内宮の顔に光る線が浮かぶ。
「……ええんやない? うちらはうちらや」
「えっ、俺の考えていることわかったのか?」
「へへん、長い付き合いやしな。……そうでもないか? まあええわ、ExG能力のおかげでそう感じたんや。……きっと」
朗らかな内宮の笑みに、笑顔を返す。
この国を守るために、地球へ帰るために、生き残るんだと心に誓う。
光国を廻る風が、また草原を走った。
…………Bパートへ続く




