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第32話「黒鋼の牙」【Fパート 姉様】

「ヘルヴァニアだって!?」


 裕太は驚愕した。

 ヘルヴァニアといえば、20年前の半年戦争にて地球に侵攻し、敗れた宇宙帝国だ。

 親しい関係にあるエリィは、戦争当時に指導者をやっていた者を母に持つヘルヴァニアの姫君でもある。

 すでに亡き帝国の話が光国グァングージャで飛び出したことに、驚きを隠せなかった。

 突然出てきた国名にポカンとするシェンを放置し、ヤンロンの説明が続く。


「このスペースコロニーでヘルヴァニアから逃げ出した俺達の先祖は、ただただ宇宙の流れに乗りながら細々と生きてきた。だがな、そうやって航海をしていく内に住民たちに異変が起こった。神術とかいう能力に目覚めたのさ」

「神術は神より賜りし奇跡じゃ! 我ら帝家の血筋に脈々と継承された……」

「ハッ! 笑わせるな。外の世界にゃああいう能力に目覚めた奴がごマンといるんだぜ?」

「バカな、そのようなことが……」

『我々の領域ではエクスジェネレーション能力、通称ExGと呼称しております。統計によりますと、地球外で誕生した人間の4割ほどに発現が確認されています』

「嘘じゃ……嘘じゃ!」


 頭をブンブンと振って認めようとしないシェン。

 幼い頃よりそう教えられて育ってきたのだろう。


「神術に目覚めたか否かで優劣を作り出したのがてめえの母親、女帝リンファなんだよ! そうやって俺たち能力なしは権利を奪われ蔑まれ貶められ、こんな辺境の寂れた農村に追い出されたんだ! ズーハンのような子供が、盗みを働かなきゃ喰っていけないようなのが俺たちの状況なんだ! しかも女帝のやつは禁忌とされていた科学技術を紐解き、あまつさえ流れてきた機械人形を使って兵器まで作りやがる!」

「では、女帝様を付け狙うのはその復讐か!」

「それもあるが、くだらない信仰ごっこを終わらせ、国の人間を解放してやるのさ! 外の世界は豊かで便利で、この国みたいな生活の仕方なんかもう千年も前に捨てっちまってる!」

「……それで元鞘とな? 貴様らは、光国グァングージャをそのヘルヴァニアという国に売り渡そうというのか!」

『しかし、ヘルヴァニア帝国は半年戦争の折に滅亡していますが……』

「元の国はそうらしいな? だが俺たちが迎合するのはもっと偉大で、新しくてフレッシュな連中だ! 俺たちの革命のために奴らは兵器もくれたし、情報だって貰える!」

「売国奴がっ……!」


「えーと……」


 ヒートアップする現地の人間に挟まれ、話に混ざれなくなってきていた裕太はゆっくり考え込んでいた。

 とにかくわかっているのは、反政府軍・黒鋼くろがねの牙は女帝暗殺を目論んでいること。

 目的は光国グァングージャをヘルヴァニアに代わる何かに売り飛ばすことであり、おそらくは黒いキャリーフレーム〈クイントリヤ〉やパイロットの女の子はその勢力から分け与えられたものなのだろう。


 その上で、裕太は決まりきった返答を勇気を振り絞って吐き出した。


「そういうことだったら、俺は協力しない」

「……ほう?」


 ヤンロンの目つきが鋭くなる。

 手に持ったサブマシンガンで自らの肩をトントンと叩くのは威嚇のつもりなのだろうが、裕太の決意はそんな脅しに屈しない。


「俺は、俺の力を人殺しのために振るう気はない。いくら脅されようが、絶対にだ」


 協力の提案を蹴ったことで、痛い目に遭わされるかもしれない。

 下手をすれば、この場で殺されるかもしれない。

 しかし、そういったリスクを凌駕するほどに、裕太のポリシーというものは揺るがなく、絶対である。

 どこまでも青く、どこまでも甘い。

 それが裕太という男の生き方であるから。

 凄むヤンロンの顔に、睨みで返していると、彼の口端が緩んだ。


「ハハハ……ハーッハッハッハ! 面白え、実に面白え奴だ笠本裕太ってやつは!」

「な、何がおかしい!」

「俺様を前にしてそう言い切っちまうってところがな。てめえは決して靡かねえ、そういうやつには敬意を払う男だぜ俺は! おい、ゼロナイン!」


 ヤンロンが指を鳴らし呼びかけると、思い鉄扉がゆっくりと開き〈クイントリヤ〉を操縦していた女の子が姿を表した。

 一礼し、「何か御用ですか」と問うゼロナインと呼ばれた少女の肩を、ヤンロンはポンと軽く手で叩く。


「こいつらを基地の外に出してやれ」

「了解」

「待つのじゃヤンロン! 貴様、何のつもりじゃ!?」


 縛られたまま器用に向きを変え、食って掛かるシェン。

 確かにヤンロンの行動は不自然である。

 散々、女帝暗殺についての計画を話した上で相手勢力の人間を解放しようというのだから。


「なあに姫巫女さんよ。何事もスマートに行こうぜ、スマートにな。俺たちは降臨祭の宣戦布告をした、お前らはそれに対して迎え撃つ準備をする。どっちが勝つか、わからねえほうが面白いじゃねえか?」

「何……? そなたはそれで計画が失敗したとしても良いというのか?」

「ハッ! こっちは負けるつもりは毛頭ねえ。こちらの手をすべて明かしたってえわけじゃねえからな」

「嘘じゃな。姉様あねさまの事を想うから、そういった回りくどいことをする!」

「ヤツの話をするなっ!」


 ヤンロンの平手が飛んだ。

 ぶたれた頬を痛々しい赤に染めながらも、シェンはヤンロンを睨むのをやめない。


「何が解放じゃ、何が元鞘じゃ。そうやってムキになっているのが、姉様あねさまの事を振り切れてない証拠ではないか? 女帝様憎しのために、姉様あねさまを奪った反政府軍に身をやつすとは、愚かじゃ。愚か……」

「……チッ!」


 舌打ちをしながら扉をくぐり、廊下の奥へと姿を消すヤンロン。

 ゼロナインがシェンを縛っているロープの一端を掴み、裕太に対してぺこりと一礼をする。


「では、命令通り送り届けます。私の後ろについてきてください」

「わ、わかったけど……そのロープ、どうするんだ?」

「縄を解け、とは命令されておりませんので。このまま引っ張っていきます」

「待てい! わらわをそんなぞんざいに扱うなど許しはせぬぞ! あがっ!!」


 シェンの言葉には一片も耳を貸さず、廊下へとあるき出すゼロナイン。

 引っ張られ横倒しになったシェンが、床をズリズリと引きずられながら部屋から出ていく。

 裕太も急いで後を追い、ゼロナインの側へと寄った。


 彼女の横を歩いていて、裕太はタンクトップから伸びる肩に“09”と数字が入れられていることに気づいた。

 おそらく、ゼロナインという呼び名はこの数字から来ているのだろう。

 そのことに質問しようかとも考えたが、余計なことを言って危険を冒すのは得策ではない。

 そう思った裕太は基地の外に出るまでは、黙って従うことにした。


「せめてわらわに歩かせい! 嫌じゃ、こんな荷物みたいに扱われるのは嫌じゃぁぁぁぁ!!」


 床を滑るシェンの声も、裕太は聞こえないふりをして無視を決め込んだ。




  …………Gパートへ続く

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