第32話「黒鋼の牙」【Bパート 女帝リンファ】
【2】
ギィと木のきしむ音とともに、大仰な扉が開かれる。
広々とした室内に伸びる長く赤いカーペットの先、綺羅びやかに光る椅子。
その椅子に座る女性が、にこやかにほほえみながら内宮へと手招きをした。
女帝の周囲に兵士の姿はなく、守りを固めるは巫女服の若い女たち。
彼女たちの視線が刺さる中、予めシェンに教えられたとおり、内宮は一歩二歩進んでから跪き、深く一礼をした。
「面を上げられよ。汝は我と立場を同じくする使徒なる者ぞ。守護の者よ、姫巫女と共に結界にて封じ給え」
娘であるシェンとよく似た、凛とした声だった。
涼しげすら感じる号令を受けた巫女たちが、シェンと共に静かに部屋を出る。
そして、音を立てて大扉が閉じられた。
内宮は立ち上がり、慣れないかしこまった雰囲気で凝った首をゴキゴキと鳴らす。
「はぁー、かったる。お偉いさんは大変やな、格式張った喋り方せなあかんて」
「ふふふ。人払いをした途端に素を出せる、あなたも大したものですよ」
「うちはな、心から尊敬した人間以外には敬語は使いたくないんや。まぁ、ポリシーみたいなもんやから、堪忍な」
部屋の隅にあった座布団を一枚敷き、その上にあぐらをかく。
内宮が馴れ馴れしい態度が許されているのは、ひとえに使徒というこの国においては女帝と並ぶ地位の者として扱われているからである。
予めそのようにシェンから聞いていた内宮は、捨て身の覚悟でこのような態度を取る決心をしていた。
「申し遅れました。私はリンファ、ご存知の通りこの国・光国を治める者です」
「うちは内宮千秋。信じてくれへんのは承知で言うけど、使徒とやらの大層な存在じゃあらへんで?」
「存じておりますとも」
「ほらな、なんべん言うてもわかって……は?」
ゆっくりと、大きく頷く女帝リンファ。
今、彼女は確かに「内宮が使徒ではないことを知っている」という意味の肯定をした。
予想外の反応に眉をヒクつかせながら、眉間にシワを寄せる内宮。
「リンファはん、あんさんもしかして……うちらの素性を知った上で、こないな扱いしとるっちゅうんか?」
「左様でございます。あなたの機械人形が神像と似ていたゆえに、このような手段を取ってしまったことをお詫びします」
優雅にふわりと頭を下げるリンファの姿に、内宮は頭が痛くなった。
「せやったら、何でこないな──」
その時、ぐらりと宮殿が揺れた。
慌ただしくなる城内、窓の外に見える黒煙。
扉が勢いよく開かれ、シェンの長く艷やかな長髪が跳ねる。
「女帝様! 反政府軍の襲来でございます! 急ぎ守護の間へと退避を!」
「わかりました。シェンは使徒様と共に迎撃を」
他の巫女たちと共に、足音一つ立てずに滑るように部屋を出るリンファ。
座布団の上から立ち上がろうとした内宮に、シェンが手を差し伸べる。
「うちは戦うて言うた覚えはないで?」
「神像を繰りし者は、弱者を救うと聞いておりますが?」
「あー……まぁ、しゃあないよなぁ……」
この城に住まう巫女たちやリンファは、戦うすべを持たない非力な者たちなのであろう。
眼の前でそういう人たちが危険に晒されて、黙ってみていられないのはきっと裕太のお人好しが伝染ったからだ。
シェンに手を引かれて立ち上がった内宮は、彼女の案内のもと城の中を駆けた。
…………Cパートへ続く




