第31話「光国の風」【Aパート 漂流】
【1】
ハイパージェイカイザーは、漂っていた。
いや、波も風もない宇宙空間においては浮いていたというのが正しいかもしれない。
一度はゼロになったフォトンエネルギーが充分な量になるまで、裕太と内宮は薄暗い明かりの中でじっと待っていた。
「救助……くるんかな」
「さぁ……な」
コックピットの内側を覆うモニター越しに見えるのは、星々の光と細かい岩塊。
木製と火星の合間に位置するこのエリアは、無数の小惑星がひしめき合う岩の川である。
そんな中で宇宙船が偶然ここを通り過ぎる確率など、計算することがバカバカしい。
わかっていても、不安げな表情を浮かべる内宮の前で可能性の全否定をすることなどできなかった。
裕太たちが目覚めて早3時間。
宇宙に出る予定もなく飛び出したので、酸素はコックピット内に閉じ込められたぶんだけ。
食料は非常用が一人分。水も同様。
いつまで持つか、わからない。
「なぁ……笠本はん」
「何だ、内宮?」
「なんや、こう二人きりでいると……デートみたいやあらへんか?」
「こんなときに何を……そ、そうだな」
密閉空間に男女がふたりきり。
助かる望みは薄く、希望も見えない。
そんな中、口を開いた内宮に裕太は合わせることにした。
「銀川はんには悪い事してしもうたなぁ。ふふ……うちが笠本はんとデート……」
「内宮……」
「なあ笠本はん、笠本はんはうちの下の名前って知っとるか?」
「ええと……そういや、苗字しかしらないな。付き合い短くないのに」
「……千秋や」
「千秋?」
オウムのように内宮の名前を言い返すと、彼女の顔がみるみる紅くなり、手足をモジモジとし始めた。
これがハーレム物の鈍感主人公であれば「トイレに行きたいのか」と言い失望される場面であろう。
しかし、裕太はそういう反応には鋭かった。
下の名前を呼んだことで、内宮の中の乙女を反応させてしまったのだと、わかっていた。
「あ、あかん……。やっぱこれ……思うてたよりごっつい効くわぁ……。えへ、えへへ。千秋、かぁ……」
手で顔を覆いながらも、嬉しそうに身体をよじらせる内宮。
心身ともにイケメンであれば、ここで彼女を抱き寄せ、愛の言葉一つでもかけてやれるのだろう。
しかし裕太は、ヘタレであった。
この場にいないエリィの身を案じ、彼女がいない状態で不埒をする度胸が生まれない、生来のドヘタレであった。
しかし、絶望的な状況で幸せを感じられるなら救いだな、とも思っていた。
携帯電話を見る。
アンテナは圏外、無理もない。
宇宙でインターネットをするには、宇宙船クラスの乗り物に乗っている超遠距離通信装置が必要だ。
周りにコロニーもなく、機体一つで星の海に浮かぶ裕太たちには、接続先は存在しない。
「な、なぁ内宮……」
「………………」
「うちみ……じゃない。千秋?」
「なんやぁ、裕太はん?」
いつの間にか下の名前で呼び合っていることは考えの外に起き、裕太は本題をぶつける。
「お前のExG能力で、何か感じないか?」
「何かって、何や?」
「人とか、モノとか、何でもいい。オレたちの助けになりそうな何か……」
「感じひんなぁ……。せや」
何を思い立ったのか、着ていたシャツのボタンを外し、下着に包まれた胸を露わにする内宮。
年相応の膨らみを包む赤地のブラジャーを見せつけたまま、裕太のもとへ近づいてくる。
「なな、何のつもりだ!?」
「ExG能力って、持ち主の感じている幸せで力が強まるんやて、病院で聞いたってん。せやから、裕太はん……うちを幸せにしたって……」
胸の膨らみを裕太の顔に押し付け、囁くように内宮がそう言った。
欲望に釣られて出た嘘か、はたまた真実か。
それで内宮が幸せになるならと、裕太は柔らかい感触が伝わる額に汗をにじませつつ、生ツバをごくりと飲み込んだ。
『ピピーッ、そこまでですお二方』
「うおおっ!?」
「うひゃあ!?」
突然放たれたジュンナの警告めいた声に、驚いて離れるふたり。
状況が状況だっただけに、互いに汗をドバドバと顔から噴出している。
「な、なに邪魔すんねんなジュンナはん! うちは今から裕太はんと……ゴニョゴニョ……」
『感知に必要な幸福指数が先の瞬間に満ち足りたことは、既に把握しております。これ以上の行為はジェイカイザーが発狂するので、よしたほうがいいかと』
「そ、それもそうやな」
いそいそと服のボタンをとめる内宮の顔に、紅くなりながらもほのかに光る線が浮き出ていることに裕太は気付いた。
「顔の線……内宮、なにか気づいたのか?」
「は〜ぁあ。下の名前で呼んでくれるタイム終了かぁ。向かって右斜め前、まっすぐ行ったところに人の気配を感じたんや」
「同じような漂流者じゃないよな?」
「ちゃうちゃう、もっとゴッツい量や。コロニーのひとつでもあるのかもしれへん」
『情報をもとにガイドを設定しました。画面の案内に従ってください』
裕太はペダルを踏み込み、ゆっくりとハイパージェイカイザーを前進させる。
浮いている岩々を避けながら、暗黒の海を静かに進んでいく。
「ありがとな、ジュンナ。おかげで助かった」
『お構いなく。私も、ご主人様を……渡したくありませんからね』
「え……?」
『冗談ですよ』
エリィが居ないから安心していたが、実は今とんでもない修羅場の中に身をおいているんじゃないかと、裕太は冷や汗を一粒垂らした。
…………Bパートへ続く




