第29話「伝説の埋没戦艦」【Dパート フィクサと裕太】
【5】
闇に染まった海を眺め、青い砂浜に腰を下ろす。
潮騒の音だけがBGMとなる空間の中、裕太は水平線をぼんやりと眺めていた。
島に降り立って最初の夜。
あまりにもトントン拍子にすすむ事態に追いつけない頭を、潮風で冷ます。
「君も、夜分の散歩かい?」
砂を踏む音とともに、裕太へかけられる言葉。
振り返らずに片手を上げ、最低限の会釈の代わりとする。
「フィクサ、お前もか?」
「さあね。横、良いかな?」
「ああ」
裕太から半歩離れた隣に、フィクサが腰掛けた。
相変わらずの涼しい顔で正面を見据える彼の髪が、風を受けてなびく。
それから数秒、あるいは数分か。互いに一つも言葉をかわさず、二人は水平線に沈黙を送っていた。
「ひとつ、聞いていいかな?」
静寂を破ったのは、フィクサ。
その爽やかでも涼しくもある質問に、裕太は「いいぜ」と一言だけ返した。
「艦の人たちに頼んで、君の戦いを見せてもらってたんだ」
「戦い?」
「この島に来る直前、青い機体との戦いだよ」
「あれか」
グレイとの戦いが脳裏に蘇る。
彼が黒竜王軍へと下った裏に、どのような事情があるかは知らない。
彼には彼なりの事情があるのだろうと考えられるが、敵としてくるならば相手をする。
それが裕太の役割だと、自分自身でわかっていた。
「君ほどの腕が有り、あれ程の性能のマシンを使えるなら。君は……あの機体を瞬殺できたんじゃないか?」
「……かもな」
手段を選ばずにそうすれば、不可能ではないだろう。
戦いに身を置き、ハイパージェイカイザーという力を手にしてしまえば、そう考えてしまうのも無理はなかった。
「じゃあ、どうして」
疑問符を浮かべるフィクサの顔を見ないように、裕太は浮かぶ月へと視線を逸らす。
「あれに、人が乗ってるからだよ」
「君は不殺主義者、ってやつなのかい?」
「うーん、どうだろ。俺はただ、責任を負いたくないだけだと思ってる」
「責任を?」
話しながら、自分の中で固まっている思いを論理として解きほぐしていく。
決して秀才とは言えない頭でまとめるのに、多少の時間はかかる。
けれど波の音が間をもたせてくれたので、ようやく口を開くことができた。
「人間ってやつは、どんなやつでも繋がりがあるんだよ。慕っているやつ、依存しているやつ、忌み嫌ってるやつ……いろいろな。でも、人が一人死んじまったら、その繋がりが壊れてしまう。壊れた繋がりは、その人間を変えちまう」
母が家から消えたことで、キャリーフレームから距離をとった裕太。
父を失ったことで裕太への復讐心へと駆られたグレイ。
そして、兄を失ったことで父へと拳銃を向けた深雪。
家族の繋がりだけではない。
友人、仲間、同僚。
その関係を表す言葉が何であれ、繋がりのある人間の片方が失われたとき、人は変化を強いられる。
「よく漫画とかアニメとかの主人公でいるだろ? “あいつは許せない”って言うやつ。非道な相手ならば殺めても良い、っていう理論がどーしても苦手でな。その非道なやつにも親兄弟、仲間もいるだろうとか、ついつい考えてしまってさ。」
これが軍人であれば、甘いの一言で済むのだろう。
しかし裕太は戦士であれど凡人だった。
平和な日常を何気なく過ごし、毎日をのんびりと過ごす一般人なのである。
「俺はただ、そういった繋がりが断たれる渦中に立ちたくない、責任を負うのが嫌だから不殺を意識してるんだ。……自分勝手で笑えるだろ?」
自ら喪失の経験があるから、誰かに喪失を与えたくない。
子供らしくも人間らしい考えが、裕太の芯を形作っていた。
「ぶっちゃけると俺は、俺の手の届く範囲で嫌な思いをしたくないだけだ。ただの学生あがりが必死こいて戦ってる理由なんて、そんなもんさ」
失わせず、失わない。
現状維持──それは発展も起伏もない消極的な考えではあるだろう。
しかし、それが裕太の願いであった。
変わらない日々なんて幻想だとわかっていても、変化を嫌う。
戦う理由は、そこにあった。
「そうか、それが君という……光の勇者、笠本裕太という人間なんだね」
「それがって……お前、どうしてその呼び方を!?」
光の勇者。
それは異世界《タズム界》の者たちが裕太を呼ぶ時の常套句。
フィクサがその呼び名を知っているはずがなかった。
一陣の風が吹き、海面を割った。
上空から飛来した巨大な影が、青い翼を広げる。
それは紛れもなく、海上で戦ったグレイの機体。
〈雹竜號〉が伸ばす青く太い腕へと、フィクサが歩いていく。
「待ってくれよ、フィクサ……お前って!」
手を掴み、呼び止める裕太。
友だちになれたと思ったのに、良いやつだと思っていたのに。
深雪に見せた笑顔は嘘だったのか、彼女にかけた言葉は偽りだったのか。
その答えは、振り払われる手という形で返ってきた。
「ごめんね、裕太くん。僕は……こちら側の人間なんだ」
開いたコックピットの中へと、フィクサが消える。
裕太は携帯電話を取り出し、画面の中で目を閉じているジェイカイザーのアイコンを連打した。
『いでででっ! 何をする裕太!!』
「話はあとだ、機体を回せ!」
『むむっ……裕太のその顔はただごとではないな! 了解だ!』
※ ※ ※
「長い潜入だったな、フィクサ」
コックピットの中でグレイに皮肉交じりに言われても、フィクサは得意のポーカーフェイスを崩さなかった。
「古代マシナギア文明の埋没戦艦について調べるのに手間取ってね。おかげで、興味深い情報が得られたよ」
人間の生命力そのものをエネルギー源とする動力炉。
異世界《タズム界》でも伝説とされる怪物を打ち倒すための力を持つ戦艦。
それはまさしく、黒竜王軍再興を実現させうる力を持つ財宝だった。
「ところで、君は律儀だね。彼が生身の間に攻撃をしないのかい?」
「奴にはキャリーフレーム戦で勝ってこそ意義がある。貴様こそ、潜り込んでいた割には連中を一人として傷つけなかったようだが」
「いろいろと事情が込み入っててね」
事情。そう、事情があったのだとフィクサは自らに言い訳をした。
人類滅亡を企てる軍の頭領として、情に左右されてはいない。
決して、あの悲壮な過去を持つ少女にほだされたわけではないのだ。
フィクサはそう、自分の本心に言い聞かせた。
…………Eパートへ続く




