第29話「伝説の埋没戦艦」【Cパート エリィの思い出】
コンビニの屋号がプリンティングされたビニル袋を両手にぶら下げて、グレイは入江へ続く夜道を歩いていた。
「まったく、ついでの名目で食料調達まで任されるとはな」
グレイがぼやくのも無理はなかった。
通信装置の修理に使う素材、二酸化マンガンを使っているマンガン乾電池を買いに行くだけのはずだった。
しかし、コンビニに行くならついでに、ついでに、と電話を介してまたたく間に食料の名が連なる買い物メモが分厚くなり、その結果がこの両手の袋である。
「お疲れ様です、グレイ様……ぎゃっ」
だからこそ、出迎えにきたペスターの手に片方の袋を押し付けるのも非難できる者は誰も居ないはずなのだ。
「それの中身がマンガンと、貴様らの要求したポテトチップスだのミックスナッツだのだ! さっさと届けて来やがれ!」
「は、はいただいま~~~!!」
すたこらと逃げるような走り方で去っていくペスターの後ろ姿に、舌打ちを飛ばす。
このような体たらくで、果たして目的が達成できるのか。
島を制圧し、財宝と言われる何かを奪取し、戦力を増強する。
確かに、この間与えられた〈雹竜號〉の力は申し分なかった。
しかし、いかに強力な機体なれど単機である限り限界はある。
不安に苛まれながらも、ボロボロのままの要塞の艦橋へと入り、椅子へと腰掛ける。
自分のために買ってきた柑橘系のジュースをストロー越しに喉へと通す。
せかせかと修理作業に従事するトカゲ人の背中を見ながら、修理が終わるのを待った。
「グレイ様、伝令にございっ!」
そのトカゲ人の一人が立ち上がって言った。
その伝令が修復した通信機から来たものだろうということは想像に難くない。
「伝えろ」
「フィクサ様からでございます。内容は────」
最後まで聴き終えてから、グレイはニイっと口端を上げた。
【4】
チャポン。
天井から滴り落ちた水滴が、湯船を鳴らした音が反響する。
「あ~~、生き返るわぁ~~」
音を立ててライオンの頭を模した彫像から熱々のお湯が流れる中、エリィは水滴が伝う腕を伸ばしながら感嘆の声を漏らした。
流れるような長い銀髪の毛先を指先でくるくると回していると、すぐそばで真紅の髪を泡立てているレーナがクスリと笑う。
「お姫様、なんだかパパみたいなこと言うのね」
「レーナはん、おっさん臭いって遠回しに言っとるで」
けらけらと、湯船の縁に座っている内宮が笑った。
「それにしても、Ν-ネメシスの一角にこないな豪華な大浴場があるなんて意外やったなあ」
「きっとぉ、長く激しい戦いの中でもクルー達が参らないように、福利厚生が充実してるのよぉ。きっと」
「まあ、この浴場だけを先に整備したのには理由がありますけどね」
身体を洗い終えた深雪が、華奢な身体を静かに湯につける。
いつもつけている眼鏡がないからか、目を細めながら手探りでエリィの元へと近づいてきた。
「深雪ちゃん、なに?」
「いえ、別に……」
「姉ちゃんはわかっとるで、あの爽やかイケメン君のことを考えとったんやろ」
「だ、誰がフィクサさんのことなんて……」
「図星やな、うちはフィクサのこと名指ししてへんで」
「……卑怯ですよ。まあ、彼への想いは恋愛感情とは違いますけどね」
不満そうな顔をしつつも取り乱さないのは、彼女の冷静さが為せる技だろう。
「あなた方の、一人の男性に対するの一途な想いには敬意を表しますよ。興味本位で聞きますが、そこまで彼らに入れ込める理由とは何なのですか?」
小難しい言い方なれど、ただ恋バナをしたいだけ。
深雪という女の子もまた、女の子なのだろう。
異性への興味というものは、思春期には生まれ得るものだ。
「笠本はんはなあ、なんというか良くも悪くも真っ直ぐでな。気ぃついたら惹かれてしもうて」
「わたしが進次郎さまを好きな理由は、運命だと思うの!」
「ふむふむ、論理的理由はなしと。銀川さんは?」
「え? あたしぃ?」
急に話を振られて、しどろもどろになるエリィ。
裕太のことが好きであるという感情が前のめりすぎて、理由が思い当たらなかった。
「うちも聞いてみたいなあ。笠本はんとの馴れ初め」
「長年連れ添った間柄みたいだものねえ。わたしの想像だと、幼馴染とか?」
「ううん、違うの。笠本くんと仲良くなったのは……そう、去年の冬だったわぁ」
ゆっくりと思い出しながら、エリィは無機質な白い天井を見上げた。
「笠本くんとは、高校1年生のときから同じクラスだったんだけどぉ、全然繋がりなんてなかったのよぉ」
「ほう、意外やな」
「当時のあたしは、クラスの中でも浮いてたのぉ。一人だけヘルヴァニアの血を引いてて、一人だけ髪が銀色だもの。男子たちからは勝手に高嶺の花とか言われて、女子たちからは違う世界の人……みたいな扱いだったわ」
いじめられこそされなかったが、触れぬが仏。
当時のエリィへの周囲の接し方は、まさにそういったものだった。
そのときの裕太がエリィに対して何もアプローチをしていなかったのは、ひとえに接点がなかった。それだけの理由だろう。
「でも、そないな状態からなんであんな状態になったんや?」
「ほら、去年の冬ってすっごい雪が積もった日があったでしょう? その日、あたしは体育の授業が中止になったから、体育倉庫の備品整理をしていたの」
※ ※ ※
寒い中、ひとりでバインダーを片手に備品の数が揃っているかのチェック。
白い吐息を出しながら、かじかむ手でペンを握りマークを付けていく単純作業。
──ミシリ。
最初に聞こえたその音で、外に逃げればよかったかもしれない。
その音が何度も鳴り、はっきりと聞こえた時にはもう遅かった。
雪の重みに耐えられなくなった古びた倉庫の倒壊。
瓦礫と破片に押しつぶされ、エリィは身動きが取れなくなってしまう。
隙間に閉じ込められる形のため、幸いにも大した怪我はしなかった。
しかし、一人の力では抜け出せない状態。
助けを呼ぼうにも、寒さと極限状態で声が出ない。
意識が堕ちかけた、その時だった。
「銀川ーッ!!」
呼びかける裕太の声とともに現れたのは、キャリーフレーム部の所有する機体。
その鋼鉄の腕が瓦礫を押しのけ、倒れたエリィを持ち上げる。
「大丈夫か!」
開いたコックピットハッチから顔を出した裕太の顔に、その時エリィは確かに惚れたのだった。
※ ※ ※
「──ってことがあったのぉ! きゃっ♥」
初めて話した馴れ初め話に、顔が熱くなり首を揺らすエリィ。
周囲が呆れているのにもかかわらず、しばらく自分の世界に浸っていた。
「そういや、人喰い艦のことやけど、あれどういう意味やったんや?」
唐突に内宮が恋バナから話題を変えた理由は、エリィ以外には明白だった。
とはいえ、気になる文言だけ置いて話を打ち切られたのも事実である。
事情を知るであろう深雪に、目線が集まる。
「この艦の特殊な動力炉のことですね。あれはどうやら人間の生命を原動力として動くものだそうです」
「人間の」
「生命?」
「はい。人間の持つ生命力を爆発的なエネルギー源へと変換する装置、それがこの艦の動力炉です」
「せやけど、そんなん使われへんやん! 誰か犠牲にせな動かれへん艦なんて、宝どころか使い物にならへんわ!」
「ま、だからこそ最初にこの浴場を修復したんですけどね」
「へ?」「え?」
…………Dパートへ続く




