第28話「央牙島の秘密」【Eパート ネコドルフィンの巣】
【6】
泣き疲れたのか、寝息を立てる深雪を背負ったまま、フィクサは裕太と進次郎に先導されてネメシスへの道を歩いていた。
すでに陽は落ち、暗い夜道を照らす街頭の周りを無数の蛾が踊っている。
(これだけ精神的ダメージを負えば、手を下すまでもないだろう)
深雪を暗殺する気を完全に失ったフィクサは、背中の小さな体の重みを感じながら、自分の過去を思い返していた。
旧ヘルヴァニア銀河帝国の事実上の支配者として君臨した父の背中、成功を約束されていたはずの自分。
地球人のカウンター・バンガードによって一度は母星ごとその命を失ったフィクサは、夢と現の狭間の世界であるタズム界にて、黒竜王軍に召喚された。
父が目指した世界の支配の、その真意を知りたい一心で上り詰めた黒竜王軍総統の座。
その地位を維持することに疑問を感じたわけではない。
ただ、父が見たかった世界というのはどんな世界だったのだろうと、その答えを探していたフィクサの目に、遠坂親子の存在は強く印象に残った。
「フィクサがいてよかったよ。俺たちがあの子を背負ったなんて言ったら、銀川たちに何言われるか」
「僕は自分の筋肉的に、あの子を背負えたかが不安だったがな」
目の前を歩くふたりが、また勝手なことを言う。
黒竜王軍の宿敵たる光の勇者と、その友人である天才少年。
その肩書からは想像できないほど、彼らはのんきで、子供で、普通の人間だった。
軽口を言い合う彼らのような関係を、グレイと築けたら楽しいかもしれないなどと思っていると、景色が一気に砂浜になった。
※ ※ ※
「あらぁ、笠本くん。おかえりぃ」
砂浜で待っていたのであろうエリィが、笑顔で手を振りながら波打ち際から駆け寄る。
ネメシスから漏れる照明の光と、月と星だけが明かりとなった一帯はさっきまで歩いていた街と比べるとひどく真っ暗に思える。
「おっす銀川。何かお宝の情報は得られたか?」
「何もぉ」
「俺たちもだよ。で、あれは何だ?」
裕太は海岸の一角の、やたらと騒がしい場所を指差した。
跳ね回る無数の黄色い物体。
その中に混じって子供のようにはしゃぐサツキの姿。
「あれ、このあたりに住む野生のネコドルフィンらしくてぇ、金海さんのネコドルフィンと混じってず~~~っと遊んでるのよぉ」
「ネコドルフィンねぇ……」
困った時は猫の手も借りたいと言うが、果たしてネコドルフィンの手を借りてご利益はあるのだろうか。
そんなことを考えていると、サツキがネコドルフィンを一匹腕に抱えたまま走り寄ってきた。
「裕太さん、進次郎さん、それとファックさん。おかえりなさい!」
「僕はファックじゃなくてフィクサなんだけど……」
「サツキちゃん、どうしたんだい?」
「えっとですね、ネコドルちゃんのお友達がお家にご招待したいと言ってるんですよ! これはぜひ、お招きされるしか無いと思います!」
野生のネコドルフィンの巣。
寝る前の散歩にはちょうどいいか。
そもそもネコドルフィンとかいう不思議生物のことはよく知らないので、いい勉強になるかもしれないし。
そう思った裕太と、サツキの頼みを断れない進次郎と、裕太についていくエリィが順に名乗りを上げていく。
「フィクサは?」
「僕は……僕も行こうかな。この子、ネコドルフィンで心が癒やされるかもしれないしね」
深雪を背負ったままのフィクサまでそう言ったので、一行は夜の散歩へと集団で繰り出す事になった。
※ ※ ※
砂浜を横切り、岩場を越えて、崖の細い道を気をつけて進む。
いくら下が浅いといっても、着衣水泳をしたくない一心で最新の注意を払い島の端を沿うように道なき道を進んでいく。
ザ・愛玩動物といった感じのほのぼのとしたネコドルフィンの巣が、こんな過酷な場所にあるとは誰も思っていなかった。
足元が砂から岩に変わったあたりで誰かが引き返そうと言えば、今頃全員ネメシスの個室でベッドに横たわり、波の音を子守唄にしていただろう。
今更引き返すにしては進みすぎた以上、せめてゴールに着いてからさっさと帰ろうと全員の意思が一致したであろう頃に、ようやく案内をしていたネコドルフィンが「ここニュイ」と鳴いた。
「「「こ、ここがネコドルフィンの巣……?」」」
口を揃えて同じ言葉を口にしながら驚愕するのも無理はなかった。
ネコドルフィンの住居どころか、洞窟にしてもあまりにも大きすぎる巨大な入り口。
奥へ進めば、石造りの舗装された床に、壁画のような模様の入った壁。
自動車が2台は横に並んで余裕で通れそうな広さの長い通路は、不思議な明かりに照らされて遠くまで視界は開けている。
「まさかこれ、ネコドルフィンが作ったって言わないよな?」
「違うみたいですよ! もともとこういう場所で、仲間と見つけてお家にしているんですって!」
ネコドルフィンが文明を持っていたという大発見で宝探しが締めくくられるという惨事は回避できたが、なおさらこの場所が何なのか謎が深まった。
こんなことなら詳しそうな魔法騎士エルフィスを連れてくるんだったと裕太が思っていると、いつの間にか巨大な部屋の中へと足を踏み入れていた。
例えるならば、野球ドームの球場部分に足を踏み入れたような気分だろうか。
ネコドルフィンどころか、人が住むにしても広すぎる空間を、ネコドルフィンが点在している。
広大な円状の空間に圧倒されていると、他より少し大きめのネコドルフィンがぽよんぽよんと跳ねてきた。
「おきゃくさんニュイ! ようこそニュイ!」
「おじゃましますね! おおきいネコドルフィンさん!」
サツキがネコドルフィンに口調を合わせてそう言うと、大きなネコドルフィンが「こっちニュイ」と前を進み始めた。
「何かくれるのかなぁ?」
「何かって、何がもらえるんだよ」
「えーと、煮干しとか?」
「いらねぇ……」
そんな事を話していると、ネコドルフィンが跳ねるのを止めた。
「あたらしいおともだち、神様にしょうかいするニュイ!」
「神様?」
ネコドルフィンたちが一斉にニュイと鳴き始めると、目の前が明るくライトアップされた。
そこには、キャリーフレームほどの大きさの巨大な石像が、石造りの剣と盾を手に持って神々しい姿で鎮座していた。
「この神様、ここに最初からいたニュイ! ニュイたち、神様のお家を借りてるニュイ!」
ネコドルフィンがそう説明すると、目を輝かせたのは進次郎だった。
「すごいぞ、裕太! ここはおそらく古代文明の遺跡だ! 大発見だよ!」
「大発見っつったって、宝として持って変えるにはちとデカすぎるぞ」
「だから貴様は凡人なのだ。ここの情報をしかるべき機関に伝えれば金なんて……どわっ!?」
あまりにも突然のことだった。
何の前触れもなく地面が大きく揺れ、ネコドルフィンたちが慌て始める。
天井が降ってきやしないかと裕太が見上げた時、石像の目が赤い光を放ち始めた。
「テキ カクニン ハイジョ カイシ」
「「「「喋ったぁぁぁぁっ!?」」」」
…………Fパートへ続く




