第27話「艦長は小学五年生」【Dパート 戦いの火蓋】
【6】
「深雪ちゃんって、まだ小学五年生なんだぁ~。雰囲気が大人っぽいからそうは見えなかったわぁ」
「よく言われますよ、銀川お姉さん」
海を見ながら、エリィと深雪の会話をフィクサと共に聞く裕太。
ふたりとも同じ木星出身、かつ半年戦争の英雄の娘同士で気が合うのだろうか。
「あなたの噂も聞いてますよ。担任の先生があなたのキャリーフレームマニアっぷりをよく覚えてて、しょっちゅう話に出てきますから」
「えっ、やだ、嘘! オーバ先生まだあたしが小学生の時のこと覚えてるのぉ!?」
「そのようです」
「恥ずかしいから今度木星に帰ったときにひとこと言わないとぉ……」
故郷の話に花を咲かせるエリィはどことなく嬉しそうだが、深雪の方は表情から憂い……あるいは悲しみがにじみ出ていることは、裕太の目から見てもわかってしまう。
「かわいそうにね、彼女。幼い頃から家族を失うなんて」
裕太の隣のフィクサが、ポツリと呟く。
自分もこの間までは家族を失ったも同然の身だったが、当の母親が異世界でイケイケにやっているのを聞いてからはそんな気もすっかり失せてしまっていた。
「なあフィクサ、お前もなにかあったのか?」
「……きみは回りくどい言い方一つもなしに聞くものだね」
「悪い……」
「いいさ。僕の過去なんて話してもしょうがないし、あの子の話のほうがよっぽど興味深いよ?」
爽やかな笑顔で深雪の方を指差すフィクサ。
裕太はフィクサが、自分の失言を気にしてないようでホッとする。
「──ってことは、もしかしてあのシミュレーター全部クリアしちゃったのぉ!?」
「はい。艦長指揮シミュレーターレベル78・イスフンデル星系戦までは満点を取れました。そこから先はクリアこそすれ満点は無理でしたが」
「なあ銀川、何の話だ?」
「えっとね。あたしが通ってた小学校の近くの公民館で、軍から払い下げられたシミュレーターが遊べるのよ。深雪ちゃんったら、それの艦長シミュレーターで超高難易度のまでラクラク解けちゃうんですって!」
「……つまり?」
「僕にはわかりましたよ。つまり遠坂さんは幼いながらも艦長としての高い能力を持っている、ということですね?」
「そうそう! そういうことなのぉ! あたしも子供の頃やったことあるけど、レベル1も無理だったわぁ」
小学生の頃では無理だろうと思いながら、裕太はこの物憂げな小学五年生の内に秘められた艦長の才能に感嘆した。
それが遺伝によるものなのか、あるいは彼女自身の努力で身についた能力なのか。
直接は聞けないだろうが、深雪のどこか誇らしげな表情は後者が本当なのだろうと思わせる。
「シミュレーターか……。俺もキャリーフレームのシミュレーターだったら高レベルでも……」
「かっさもっとはーーーーーーん!!!」
「どわぁっ!?」
見つめていた風景が、突然ハイパージェイカイザーの頭部に変わったので裕太はその場でひっくり返ってしまった。
頭部が上に上がっていきコックピットハッチになり、開いたハッチの奥から内宮が飛び切りの笑顔を飛ばしてくる。
「内宮、なんでお前がジェイカイザーに乗ってるんだ!?」
「何や、聞いてへんかったん? このデカブツが格納庫埋め尽くしとーと整備もままならへんからって、どかすついでに哨戒に出させてもろたんや!」
それだけで事情はなんとなく飲み込めた。
キャリーフレームとしては規格外のサイズであるハイパージェイカイザーを、前回の出撃から戻る際にドロップキックのような感じに横倒しのまま格納庫に突っ込むことで無理やり収納した。
本来ならばそこからハンガー、つまりはキャリーフレームを整備するための区画に移動させるのであるが、あの巨体ではそれもままならず邪魔になっていたのだろう。
そこで、おそらくは偶然にも格納庫へ赴いた内宮に整備長のヒンジー爺さんあたりが頼み込み、外に出すついでに周囲を警戒させていたといったところか。
『裕太! やはり、現役女子高生に乗ってもらうのは気分が良いぞ!』
『くだらない話は聞き流してください、ご主人様。私としてはこの変態AIと一緒の機体にいるというのが我慢ならないのですよ』
『ひどいぞ、ジュンナちゃん!』
いつもの人工知能夫婦喧嘩──夫婦というとジュンナがキレそうだが──を聞き流していると、不意に内宮の顔の表面に光る線が走った。
同時に、エリィもなにかに勘付いたように手すりから身を乗り出してあたりを見回している。
「どうした?」
「笠本くん、なにか嫌な予感がするわ」
「せやな、邪気が迫っとる」
「邪気って……とにかく内宮、操縦を代わってくれ」
裕太がタラップ代わりとなったコックピットハッチによじ登ると、内宮の頬の線がより一層強く光り、ハイパージェイカイザーが急に後方へと飛び退くようにバックした。
「わわっわっ!!? 待て、待てって! 俺がまだ乗ってねーってのに!」
「笠本はん、敵や! ハッチ閉めるで!」
「せめて乗り込むまで待てってぐへっ!?」
しがみついていたハッチごと閉じられ、パイロットシート脇の空間に投げ出される裕太。
内宮がサブパイロット用の後方シートへと移ってから、打ち付けた額を抑えつつメインシートに腰を下ろす。
『裕太! レーダーに反応だ! 7時の方向!』
「7って……後ろか!?」
操縦レバーを握った裕太がペダルを踏み込み、ハイパージェイカイザーを振り向かせる。
レーダーに映る光点が前方を示す位置へとスライドし、モニターに拡大映像が映し出された。
鎧を着込んだ青い竜騎士といった風貌は、間違いなく黒竜王軍のものだった。
※ ※ ※
コンソールに映った甲板の映像を見ながら、グレイは水晶型の通信装置に声を送る。
「ペスター、フィクサを確認した。光の勇者が守る戦艦に乗っているようだ」
「なぜそのようなところに……?」
「捕虜になっている可能性があるな。敵艦を安全に制圧する策はあるか?」
「とりあえず無人艦にて牽制をかけます。グレイ様は光の勇者を押さえてください」
「策はあるようだな。わかった」
通信を切り、操縦レバーを握りしめる。
久々にライバルともいえる裕太との戦いに、否が応でも身体が高揚していくのは彼の中に流れる戦士の血が滾るからだ。
「覚悟してもらうぞ、笠本裕太!」
…………Eパートへ続く




