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第27話「艦長は小学五年生」【Bパート 深雪とフィクサ】

 【3】


 裕太は廊下を歩きながら、エリィから聞いたあの幼い女の子についての話に絶句した。


「……ってことは、あの子は兄の命を奪った父親を追って地球に来たってことなのか!?」

「あくまでも噂だったから、あたしも信じたくはなかったんだけど……。遠坂艦長のことを思い出したときに、あの子の態度を見たらそうなんじゃないかと」

「でも遠坂艦長って、すごい人望がある人なんだろ? なんだってそんな人が自分の子供を……?」

「わからない……」


 壁に手を付き、立ち止まるエリィの肩に裕太はそっと手を乗せた。



 ※ ※ ※



「さしずめ、君はその隠し持った拳銃で遠坂艦長を撃つつもりじゃないのかな?」

「……!」


 とっさに懐に手を当てる深雪の態度が、ナニガンの言うことが本当だということを物語っている。

 幼い子どもにこれだけのことをさせるほど、事情は深く込み入っているようだ。

 レーナが声をかけようと深雪に一歩踏み出すと、彼女も同時に後ずさり眼鏡の位置を手で直す。


「そうだとして、私をどうするつもりですか?」

「……いや、別に君をどうしたいわけじゃない。興味本位で事情を知っておきたかっただけさ。僕だって、遠坂艦長と半年戦争で対決した身であるからね」

「……バカですね、あなた」

「よく言われるよ」


 病室から去る深雪の背中を見送ることしか出来ない自分を、レーナは恥じた。

 歳上なのだから、もっとお姉さんとして親身になってやれないのか。

 どうしていいかわからなくなって、レーナは病室を飛び出した。



 ※ ※ ※



「えーっと、銀川。たしかこの部屋のはずだ。おーい……って、あれ?」


 収容されていると聞いた部屋の扉の先に座っていたのは進次郎とサツキ&ネコドルフィンであった。

 部屋の中を見渡す裕太に、進次郎が立ち上がって声を掛ける。


「天才の僕から言わせてもらうと、あいつの見舞いに来たんだろう。しかし残念だったな、見学をすると行って部屋を離れた直後だ」

「ニュイ~」

「お前が天才じゃなかろうと、俺がここに来た時点で目的は見え見えだろうが。で、どこに行ったんだ?」

「甲板に行くと言って──」

「進次郎さまぁぁぁぁっ!!」


 突然部屋に入ってきたレーナが、涙目のまま押し倒すように進次郎へと飛びかかりそのまま馬乗りになった。

 絵面的に、かなりやばい構図だ。


「ちょ、ちょっとレーナちゃん!? 僕なにかしたかな!?」

「私、あの子になんて言ったらいいかわからなくて、うわーーん!!」

「あなた! 進次郎さんから離れてください! 進次郎さんは私の──」

「たいへんニュイ~! だいこんらんニュイ~!!」


「えっと、お幸せに」


 この修羅場に付き合って時間を潰すほど暇ではない。

 裕太はエリィの手を引いて、修羅場真っ最中の進次郎に背を向けて走り出した。



【4】


 黒い長髪を潮風になびかせながら、深雪は眼鏡越しに海面をじっと見下ろしていた。

 大人に図星をさされて素直になれるほど、彼女の心は成熟していない。


(それでも、私は覚悟を決めてここにいるのだから)


 懐に隠している拳銃に手を当て、自分を落ち着かせる。

 子供の身で大人のような振る舞いを強いられるようになった運命を呪いながら。


 ことの始まりは、突然自宅へと伝えられた訃報ふほうであった。

 兄が死んだ。

 しかも、その死の原因は父だという。

 平和だった家庭は、そこから崩壊していった。


 父の消息がわからなくなり、直後に母は病に倒れて間もなく息を引き取った。

 自分を不幸のどん底に陥れた父を探すために、父と旧知の仲であるナニガンに頼み込んで……。

 はるばる木星から7億5000万キロの距離を超えて地球までやってきたのだ。


 背後から聞こえてきた足音に、とっさに振り返る。

 そこには、見慣れない顔の青年が立っていた。


「怖がらなくても大丈夫、僕は丸腰だ。君も、海を見に来たのかい?」

「え、ええ……」

「そうか、海はいいよね」


 青年が手すりを掴みながら、下を覗き込むように上半身を少し乗り出す。

 しばらく無言で見ていると彼はすぐに振り向き、手すりを背にしてもたれかかった。


「地球の海は、初めて見たんだ。綺麗だよね」

「もしかして、あなたも宇宙生まれですか?」


 深雪の問いに彼は少し困ったような表情をして、「そうとも言えるかもしれないね」と涼しい顔で言った。

 その迷いに含まれる意味がわからないまま、青年は言葉を続ける。


「なにか、悩んでるようだったけど……どうかしたのかい?」

「実は……」


 初対面のその青年に、深雪はつい、本当に無意識に過去を話し始めてしまった。

 彼の雰囲気に流されたのか、あるいは話術にはまってしまったのか。

 わからないまま、誰にも言ったことのない身の上話を彼に吐き出す。

 辛い部分も、言葉を途切れさせながらも、ゆっくりと話していく。

 男はただ、時折頷き相槌を打ちながらも最後まで黙って静聴してくれた。

 

「辛かっただろうね……気持ちはわかるよ。僕も、似たようなものかもしれないから」

「えっ……?」

「僕だって父親のエゴに振り回されて、死にかけて、いろいろあって……ここにいる」

「父親のエゴに……」


 慰めのための嘘なのか、それとも本当のことかはわからない。

 しかし、この男になら今の自分の道を示してくれるのでは、という気が深雪の頭に浮かんだ。


「ねえ、えっと……」

「僕はフィクサと呼んでくれればいいよ」

「フィクサさん、あなたはもし……他人に自分の力が求められ、助けを乞われたらどうしますか?」

「僕なら……自分の力が求められているのなら、応えるかな。それがひいては、自分の助けになるかもしれないから……」


 そう言って、フィクサは後ろ手を振りながら甲板に上がってきた裕太とエリィの方へと歩いていった。


(求められているなら……自分の助けになるかもしれないから……)


 その意味が、いまの深雪に全ては理解できない。

 けれど、自分の行動に結論を出す助けにはなった。

 拳を握り、覚悟を固める。

 自分のただひとつの目的のために。



 ※ ※ ※



(何をやっているんだ自分はぁぁっ!!)


 フィクサは爽やかな表情の裏で、苦悩に苛まれていた。

 面倒事に巻き込まれる前に改めてゆっくり海を見たかっただけなのに、偶然居合わせたすごく暗い顔の幼女につい声をかけてしまった。

 そこからどんな暗いフィクション物語だよと言わんばかりの暗い過去を話され、挙げ句助言まで求められてしまった。

 雰囲気を崩さないことに注力するあまり、よくわからない返答まで口走ってしまった。

 これであの幼女が黒竜王軍の敵として張り切ってしまったら、利敵行為どころではない。


「よう、元気になったんだな」


 現状一番の自陣営の敵が、馴染みに話しかけるような態度で声をかけてきた。

 眉をヒクつきさせながら(人の気も知らないで)と思いつつ、フィクサは涼しい顔を崩さずに口を開く。


「ああ、おかげさまで。今更だけれど、助けてくれてありがとう、笠本裕太くん」

「……あれ、名乗ったっけ?」

「いや、艦の人から聞いたんだよ」


 脳内で滝のような冷や汗を流しながら、フィクサは失言をとっさに繕いごまかす。

 一言一句が油断できないなと、一瞬で自分に言い聞かせる。


「見て、笠本くん。なんだか深雪ちゃんの雰囲気、変わってない?」

「……そうか?」

「あたしにはわかるの。たぶんExG能力のおかげかな? なんだか迷いが少し晴れたみたい」

「便利な能力だな。お前のおかげか?」


 先程の失態について、裕太が尋ねてくる。

 ここは下手にごまかすよりも、正直に言ったほうがすんなり行くだろう。


「僕はただ、彼女の相談に乗ってあげただけだよ」

「良いやつなんだな。えっと、なんて名前だっけ」

「フィクサでいいよ」

「フィクサか、ありがとうな」


 なんでこいつからお礼を言われなきゃいけないのか疑問に思いながら、フィクサは自勢力の宿敵たる裕太の顔を涼しい顔で見つめていた。




  …………Cパートへ続く

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