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第20話「ふたりのオッサン ひとりの婦警」【Gパート 3人の大人】

 【12】


「はぁ~! 死ぬかと思ったわ!」


 間一髪、〈アドラース〉が両断される直前にワープで脱出した内宮は、薄暗いメビウス電子の地下格納庫で心臓をバクバクさせながら大きなため息を吐いた。

 軍事兵器である〈アドラース〉のコックピットには時間停止障壁クロノス・フィールドが内蔵されているため、たとえ機体が両断されようが爆発に巻き込まれようが搭乗員が死ぬことはない。

 しかし、システムに寄りかかったまま撃墜されるというのも心臓に悪いため、反射的に脱出の判断を下したのだった。


「ご苦労だった。データは取れたかな?」

「もちろんや、ほれ」


 背後から歩み寄ってきた訓馬に、内宮は戦闘データの入ったカードを投げ渡した。

 いつもなら「うむ」とひとことだけ言い、報酬を渡して立ち去るだけだった訓馬。

 しかし、今日は様子が違った。


 報酬の袋を持ったまま内宮の顔を見つめる、険しい顔の中の鋭い2つの瞳。

 威圧感すら感じる訓馬の雰囲気に、いつもは飄々としている内宮も思わず顔を強張らせる。


「な、なんや訓馬はん。顔、怖いで……?」

「内宮、君は……もう戦わないほうがいい」

「……何やて?」


 報酬の袋を取ろうと手を伸ばす内宮だが、訓馬が手を後ろに回したので掴むことができなかった。


「なんでや、なんでウチが戦ったらアカンのや! 訓馬はん!」

「今までの戦いを見ていて感じていたことが今日、確信へと変わった。君は、いままでどうして彼に……笠本裕太に勝てなかったか、わかるかね?」

「どうしてや言われても、そりゃあ……時の運とか、スペック差とか、色々あるやろ。今日に関しては完全に不意打ちやったし……」


 そう答えている間にも、内宮はだんだん自信が無くなっていっていた。

 今のは完全にいいわけである、子供が駄々をこねただけである。

 訓馬が言おうとしていることは分からなかったが、苦し紛れに言った自分の回答が間違いであることだけは、はっきりと感じ取れていた。


 落胆したように、額に手を当てため息を吐く訓馬。


「君は──力に溺れている。いや、キャリーフレームという道具の力を自分の力と勘違いしているふしがあると私は感じたよ」

「力に……溺れてるやて……?」

「そうだ。キャリーフレームに乗って戦っている間、君は一種のトランス状態に陥っていた。このままだと、君は必ず取り返しの付かないことになる」


 老人の言葉が、内宮の身を案じているということはわかっていた。

 しかし、危険だからと言われて突然、生きがいを捨てられるほど内宮は大人になれてはいなかった。


「せ、せやかて訓馬はん……。ウチが、ウチからキャリーフレーム取ったら何が残るんや! ウチはこれくらいしか能が……」

「戦う以外にもキャリーフレームでできることは沢山ある。私とて、これからも君には〈ウィングネオ〉での撮影は頼むつもりであるし、今クビにすると言っているわけでもない」


 後ろ手に隠していた報酬の袋を、そっと手渡す訓馬。


「……君の弟、内宮春人(はると)くんだったかな? 退院、近いのだろう? 姉である君が傷ついていたら、悲しむと思うぞ」

「……せ、せやな」


 家族をダシにして感情を誘うとは卑怯だ、と内宮は思った。

 しかし、彼の言っていることは事実であり、正論である。

 やりきれない自分の気持ちを、去り際にコンクリート張りの壁を殴りつけることで発散したかったが、ただ痛みとして返ってきたのでさらにやりきれなくなった。


(ウチが力に溺れてるやて……? んな、アホな……)


 言われたことを認められないまま、内宮は痛みでしびれる手を抑えながらエレベーターに乗り込んだ。



 ※ ※ ※



「彼女、大丈夫ですかな?」


 オフィスに隠れて様子をうかがっていたキーザが、内宮が去った後でようやく顔を出したので、訓馬は片手で頭を抱えざるを得なくなった。


「キーザ君、君は何をしていたのかね?」

「その、イドルの……AIのデータ調整を」

「そういうことではない。君も彼女の上司なのだから、慰めの言葉一つでもかけてやればよかったのではないか?」


 露骨に「なんで自分が」と言いたげな表情をするキーザ。

 この男は日に日に情けなくなっていくばかりだな、と訓馬は心のなかで哀れな元三軍将を蔑んだ。

 老成しているがゆえに感情を表に出せなくなった訓馬は、落ち着いた態度を崩さずにデータカードをそっとキーザに手渡す。


「……まあよい。これは内宮が収集したオーバーフレームの戦闘データだ。イドルに組み込む準備だけでも今日中に済ませたまえ」

「わ、分かりました」


 トボトボとオフィスへ戻るキーザの背中を見送りながら、訓馬は何度目かわからないため息をついた。



 【13】


「何で報酬がオレ様とお前と半分ずつなんだよ、納得がいかねえ」

「いや、むしろとどめを刺した俺のほうがオッサンより貰えてるべきだろ」

「笠本くんもカーティスも、ケンカしないのぉ」

『そうだぞ! 仲良きことはなんとやらだ!』


 そんな会話を4人でしながら、裕太たちは警察署の門をくぐっていた。

 もちろん目的は、前日に打ち倒した〈アドラース〉の報酬である。


 愛国社がなぜあれだけの巨大兵器を用意できたのか、なぜカーティスたちを誘い込んでまで荒野で戦いを挑んだのかは不明のままである。

 しかし、〈アドラース〉のコックピットは脱出した形跡が無いのに中が無人だったこと、とどめを刺す直前に生体反応が消失したことから、例のグールだということだけは判明している。

 その後の調査は、他の警察官の仕事だ。


『それよりも裕太、いい知らせと悪い知らせがあるぞ!』


 警察署の廊下を歩いていると、不意にジェイカイザーがそう言った。


「いい知らせ?」

『うむ、先日の搭乗で新機能が解放されて……なんと合体ができるようになったのだ!!』

「マジかよ!!」


 ジェイカイザーの報告に心躍らせる裕太。

 合体と言えば、アニメのロボットで最高峰の強化手段である。

 複数の強力な機体がひとつに合わさり、4倍以上のパワーを生み出すロマン。

 その機能が、ジェイカイザーに隠されていたとは……!


「おめでとう、笠本くん!」

「ああ! 今初めてジェイカイザーに乗っててよかったと思ったよ。それで、悪い知らせは?」

『うむ! 残念なことに合体するマシーンが無いのだ!』

「だあっ!」


 考えればわかることだったが、持ち上げられて落とされて裕太はその場でずっこけた。


「何バカやってんだか。おっ、富永ちゃ~ん!」

「あっ、笠本さん……と、カーティスさんでありますね」


 署内で鉢合わせた富永が、カーティスの方を見て渋い顔をする。


「おい富永ちゃん、なぜオレ様を見るときだけ顔が嫌そうなんだ」

「自分の胸に聞いてみろであります」

「オレ様は富永ちゃんのその柔らかそうな胸に聞いてみたいけどな」

『私も同感だ!』

「お前は黙ってろ、ジェイカイザー」


 富永に通されて事務室に入った裕太たちは、座りなれたソファに腰掛けた。

 棚の上に置かれたやたら派手な花束が気になるなと思いながら、報酬の手続きが終わるのを待つ裕太。


 事務机でせっせと書類にペンを走らせる富永の背中を見ていると、廊下からドタドタと慌ただしく走る音が聞こえてきて、勢い良く扉が開いた。


「富永どの! 先日の礼に贈り物を……でござる?」


 花束を手に持った作業着姿のガイが、裕太たちの顔を見てかポカンとした顔をする。

 おそらく、富永しか部屋にいないと予想して勢い良く入ってきたのだろう。

 ガイの顔を見て、真剣な表情をしたカーティスがすっと立ち上がった。

 そしてそのままガイの前に立ち、向かい合うふたりのオッサン。


 一触即発の雰囲気の中、ふたりの腕が同時に動いた。


「よぉガイ。いい酒が手に入ったんだが今度飲まねぇか?」

「いいでござるね、カーティス殿。その話、乗ったでござる」


「「へ?」」


 てっきり殴り合いか罵り合いでもするのかと思ったふたりが手を握りあったので、裕太たちは思わず間の抜けた声を出してしまった。

 聞いた話では、犬猿の仲だと言われていたのだが。


「ほーんと、男の人ってよくわからないでありますよね」


 書き上げた書類を持って、富永が裕太の横で屈んで言った。

 報酬額に目を通しながら、裕太は「どういうことだ?」と疑問を投げかける。


「あのふたり、この間の戦いで互いに良い働きをしてたとか言って、意気投合しちゃったのであります。あれでありますかね、夕日の下で殴り合いをして男の友情ってやつ?」

『その気持ち、わかるぞ! 私もジュンナちゃんと激しい戦いの後に愛を育んで……!』

「はいはい、朝にエロゲしてる姿見られて舌打ちされなくなってから愛を育もうな。あと富永さん、多分それ違うと思う」


 立ち上がって「そうでありますか……」と残念そうに言った富永は、その足でガイとカーティスのもとへと向かい、ふたりに書類を手渡した。


「ふたりとも、ご苦労様であります。では、私はこれで……」

「ちょっと待った富永ちゃん。今夜オレ様んで宅飲みやろうかと思うんだが、富永ちゃんもどうだ?」

「どうだ……って、そんな大学生じゃないんでありますから! 私は仕事があるでありますし」

「残念でござるな、富永どの。拙者もそのタクノミという宴に参加しようと思っているのでござるが」

「えっ、ガイさんが行くなら……今日、ちょっとお仕事早めに終わらせてみようかな……であります」

「本当でござるか! 今夜が楽しみでござる!」


 入り口で盛り上がる大人三人を、ボーッとした目で眺める裕太とエリィ。


「大人って、素直じゃないのねぇ」


 ぽつりとエリィが呟いたので、裕太は「え?」と首を傾げながら振り向いた。


「笠本くんは、素直でいてね。うふふっ!」


 意味深なことを言って立ち上がったエリィの背中を見ながら、裕太は頭にハテナマークを浮かべていた。





 ……続く


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.20

【アドラース】

全高:40.2メートル

重量:450.2トン


 クレッセント社製の拠点防衛用オーバーフレーム。

 名前の由来はギリシャ神話の巨人「アトラス」から。

 通常のキャリーフレームの4倍以上という巨大さと、その巨体を包む頑強な装甲が特徴。

 拠点防衛という役割に特化しており、追尾性の高い対地ミサイルを放つランチャーや対空用の拡散ビーム砲などといった多数の敵を一度に相手にする武装で固められている。

 反面、機体自体の動きは鈍重であるため、巨体を活かした打撃攻撃こそできるものの接近戦は苦手。

 また、いくら分厚い装甲と言えど、大型ビーム兵器やそれに準ずる破壊力を持った兵器に対しては弱いという弱点を持っている。

 これらの特徴から、正規軍などでは用いられず、もっぱら反政府軍やコロニー防衛軍といった小規模な組織が本陣を守るために使われている。





【次回予告】


 ついに現れた黒竜王軍の刺客。

 裕太の命を狙い学校に現れた暗殺者の刃と、ガイの剣とがぶつかり合う。

 そしてついに姿を現す巨大なドラゴン・黒竜王!


次回、ロボもの世界の人々21話「決着!? 黒竜王!」


「このお方こそ、光の勇者・笠本裕太でござるよ!」

「オヤジがそう言うから狙われたんだろうが!!」

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