日常の終わりと専業冒険者 2
とりあえず、米軍から借り受けた軍服一式に着替えて早速一層に潜る。
「<アンチマジック>よね」
昨日の問題点を話し合う。
「イメージとしては、バリアなのかな?」
俺が言うと二人はうなずく。
「魔法でできた魔法の障壁かな? 一人一人にかけるのか?」
兄貴の言葉に俺はうなずいた。
「結局、前衛はターゲットに向かって動き回るもんな」
「じゃあ、練習してみようか? ええと、まずどうする?」
「とりあえず俺がやってみるから、沙織に<ファイアボール>撃ってもらおうか」
沙織のファイアボールは相変わらずへろへろで実戦には使えないが、実験にはちょうどいい。
「じゃあやってみる。<アンチマジック>!」
俺は、自分の身体を10センチくらいの厚さで、着ぐるみのように包むバリアーをイメージする。
「……撃ってみて?」
「うん、<ファイアーボール>!」
ひょろっと俺に飛んでくる沙織のファイアーボールは、俺の手前ではじけて消えた。
その瞬間、俺の全身を包むような淡く青白い障壁が確かに見えた。
「……なるほどな」
それを見た兄貴が納得したようにうなずいた。
「次俺ね、沙織ちゃん、お願い。<アンチマジック>!」
「はい。<ファイアボール>!」
兄貴も成功する。
最後に沙織もやってみたが、上手く展開できたようだ。
「あとはどのくらいの強度があるかだよなあ」
「まああのゴブリンメイジなら大丈夫そうだけどね。例えば将来ドラゴンとか出てきてブレス吹かれたりしたらわかんないけど」
「そもそも、ブレスって物理なのか魔法なのか分からないしな。まあまだ見てもいない先のことなんか考えても仕方ないだろう」
兄貴の言葉に俺と沙織がうなずく。
「防火服とヘルメットとブーツが手に入ったんだ。それと<アンチマジック>な。とりあえず四層はこれで大丈夫だろう。それにしても、日本刀が欲しいな」
兄貴は日本刀にこだわっている。案外中二病的なところがあるのかも知れない。
「警察とかに許可取らないとまずいんじゃないの?」
「いや、それがそうでもないらしいんだわ。警察に許可を取る必要があるのは、例えば倉から出てきたような場合だな。証明書の付いていないのをこっそり持っているのがバレた場合には処罰がある」
兄貴は説明する。
要するに、ちゃんと証明書が付いている日本刀を持つ分には問題がない。それと、きちんと箱などに保管された状態で持っている分にも問題がないそうだ。
「車とかに積んで持ち歩くと、検問とかで見つかったときには多分騒ぎが起きるな。でも、恭二が<収納>して歩く分には法的な問題は出ないだろう」
「警察に届けとか出す必要はないの?」
「ない。あれは猟銃とかライフル競技とかの銃の場合だ。居合道場とかで使う場合についても、さっきいった証明書があれば法的な問題にはならないらしい」
「へー、知らなかった」
沙織が目を丸くする。俺もそうだ。てっきり、免許のようなものが必要なんだと思い込んでいた。
「免許が必要なのはさっきもいったが、銃刀法の『銃』だ。銃は、資格がない人間は、さわっただけでアウトらしい」
そういえば、テレビでタレントが猟銃を紹介するときに持たせてもらったのが問題になったことがあったっけ。
「じゃあ、試しに何本か買ってみる?」
俺が言うと、実に兄貴はうれしそうに微笑んだ。やっぱ中二病か。
「よし、じゃあテスト行こう」
兄貴が言うので、まあとりあえず<アンチマジック>のテストがてら、四層にチャレンジすることにした。
「……やっぱ雑魚にメイジが混じるね」
沙織が一戦後につぶやく。
四層の雑魚は、ナイフ2、剣1にメイジになった。
三方向から来られると最大で12体の敵と対峙することになりそうだ。
兄貴と俺は、まず<ファイアボール>でメイジをつぶしてからバットで残りを撲殺。沙織は<サンダーボルト>で一発で殲滅している。
「恭ちゃん達はバットあるけど、あたしはこのままだと魔力切れが心配かなあ?」
俺や兄貴がサンダーボルトを使わないのは、使う魔力がファイアーボルトのほうが少ない気がするからだ。まあ節約だな。
「沙織もファイアーボール鍛えて欲しいけどな。実際に投げるわけじゃないんだから、イメージの問題だと思うんだよ」
「そうね、がんばってみようかな」
俺や兄貴の使い方を見てるし、そのうちできるようになると思うんだけどな。
俺たちはしばらく四層の雑魚と戦い続けた。
「よし恭二。もういいだろ、ボス部屋行こうぜ」
「了解」
俺は、あえて外したボス部屋への通路へと引き返した。
「さて、何が出るかな?」
ボス部屋に三人で入る。
「剣4、メイジ2に……なんだろう? 鬼?」
体躯はゴブリン達と同程度か少し大きいが、明らかにゴブリンより強そうなボスがそこにはいた。
「<サンダーボルト>!」
俺はとっさにサンダーボルトを使った。
「あ……おい」
兄貴がとがめるように俺に振り返っていう。
一撃で全滅させてしまった……。
オーガのドロップは棍棒だった。
「しょうがねえな、先に進もう。沙織ちゃんまだ魔力大丈夫そう?」
「うーん、わかんないけど平気そう」
そうなのだ。
残念なことに俺たちはまだ、<ステータス>系の把握ができていなかった。
RPGのようなメタなパラメータがあるか知らないけど、それより一番問題なのは、次の魔法を自分は撃てるか? がさっぱり分からないことだった。
俺たちは、ボス部屋に残ったドロップを回収する。
「しょうがない、もう一階層降りよう」
兄貴にじとっと見られる。しょうがないじゃないか。初見の敵は結構ビビるんだって。
第五階層も、順当に上階のボスが雑魚として出てきた。
全階層と同じく、正面の敵は兄貴、右手から来るのは沙織、左手は俺が担当する。
迷宮が一本道の場合は、兄貴が担当し俺が全方位警戒、沙織が後方警戒だ。
とりあえずまだアンチマジックはかかりっぱなしのようだ。
どうなんだろう、時間が来ると消えるとかあるのかな? まああるんだろうな。
しばらく前進すると四つ角がある。だいたい四つ角ではエンカウント率が高くなる。
「前方から敵。多分剣2メイジ1に、オーガ」
「恭二は手を出すなよ?」
釘を刺されて苦笑する。兄貴はオーガを倒したいんだろうな。
兄貴はわざとメイジを倒さずに剣持ちのゴブリンをバットで倒す。その間にメイジがファイアボールを完成させて兄貴に放った。
「よし、アンチマジック成功!」
一瞬兄貴が火にくるまれたように見えてひやっとするが、どうやら無傷のようだった。
そのまま兄貴はメイジを倒す。
続けて、棍棒対金属バットの一戦だ。
140センチほどのオーガと180センチちょいの兄貴。膂力で一気にオーガを押し込む。
そして尻餅をついたオーガの頭を、兄貴のバットがつぶして終了だ。
「うん、肉弾戦も魔法戦も問題ないな。とりあえずボス部屋いっとこうか?」
「了解。沙織は大丈夫?」
「うん、平気」
第五層のボス部屋も気配から当たりを付けながら向かっていく。
「剣4メイジ2オーガ2に……なんだありゃ!」
「オークだろ!」
俺の報告に兄貴の補足が入る。
なるほどオークか。でけえ……。兄貴の頭が多分あいつの脇の下くらいだ。身長は2メートルを超えるだろう。
「沙織ちゃん、メイジに<サンダーボルト>!」
「はい!」
兄貴の支持に沙織が魔法を放つ。
メイジ二体と巻き込まれたオーガ一体が消滅する。
俺と兄貴は、突進してきた剣持ちゴブリンを処理して、俺がオーガ、兄貴がオークへと向かっていく。
飛び上がって躍りかかるオーガを俺はバットでいなして、ヤツが飛び下がったところに<ファイアボール>を当てる。
そこで兄貴とオークの戦いを見て、俺は一瞬、足がすくんだ。
兄貴はまず一撃、オークの腹に入れた。
だが、バットではオークを倒すには至らない。むしろ、そのバットを脇に抱えられ、兄貴はブン、と振り回されている。
そして狙ったようにバランスを崩した兄貴を狙って、オークが持つ1.5メートルほどの棍棒が横薙ぎに振るわれた。
兄貴はとっさにバットでしのごうとするが、横なぎの鈍器をバットのようなもので防ごうというのは実は大変に難しい。
相手は膂力にものを言わせて振り切ってくる。兄貴のバットは弾きあげられ、脇腹にしたたか棍棒を当てられて、大げさでなく三メートルほども転がった。
普段なら起き上がれずとも敵を確認するはずの兄貴がぴくりとも動かない。
やばい!
沙織はその様子を呆然と見ている。沙織の武器は高威力の魔法だが、この状況では兄貴を巻き添えにする可能性がある。
「<ファイアボール>!」
俺はとっさに、オークの顔にファイアボールを当てる。
直前まであったオークの頭は吹き飛んだ。
よろ、とオークは前のめりに倒れ、そのまま粒子化してきらきらと消えた。
「兄貴!」
俺が駆け寄る。やはり意識が飛んでいるようだ。
「<キュア>!」
俺の中ではキュアはヒールより一段高い治癒魔法のつもりだった。
外傷に効果があるヒールと違い、体内の損傷に効果があるつもりでいる。
肝臓、膵臓……人間には、破損してはいけない臓器が山ほどある。
俺のかけ続けた<キュア>は、幸いにも兄貴に効果があったようだ。
兄貴は、のろのろと身を起こし、そばに転がってるオークの棍棒を確認した。
「……悪ぃ」
兄貴は俺を見上げて、小さく苦笑した。
俺たちは、慎重なつもりだったけど心のどこかに舐めてるところがあったのだろう。
兄貴のバットは完全にひしゃげ、くの字に曲がっていた。
俺はドロップ品と一緒にその兄貴のバットも<収納>にもどし、とりあえず別のバットを兄貴に手渡した。
「真一さん、立てる?」
沙織が、ゆっくり起き上がろうとする兄貴に駆け寄った。
そして手を貸して兄貴を起こす。
「ああ、ありがとう沙織ちゃん。……うん、大丈夫だ。恭二、助かった」
「結構ヤバかった?」
「ああ、まず肋骨は逝ってた。内臓もたぶん。痛くて気絶したのははじめてだ」
兄貴の言葉に
「真一さん、病院行った方がいいんじゃない?」
沙織が言うが、兄貴は首を振った。
「恭二の回復魔法だろ? 俺は実際この目で見たことがあるから自信を持っていえる。大丈夫だ。時間と金の無駄だよ」
帰り道は三人とも沈みがちだった。
一ついえることは。もし俺が回復魔法を使えなかったら、兄貴はかなり危険な状態だったと言うことだ。
人間の内臓は、衝撃に耐えられるようにできていない。そんな簡単な事実を俺は、空手を習っていた兄貴との兄弟げんかで嫌と言うほど知っていた。




