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間章――クリスマスの前に

急ピッチで建設されたダンジョンからの植物の防疫センターなどが完成した。

すでに季節は冬。奥多摩は雪のシーズンだ。

今年もクリスマス休暇から新年にかけて、ヴァージン諸島のバカンスに招待されているので、俺たちが植物ダンジョンにアタックできるのは1週間ちょっとだ。


俺たちの装備は比較的重装備になっている。

冒険服の上下はいつも通りだし、その上に装着したプロテクターも同じだが、その上から耐酸耐水耐熱のコートを羽織り、背中にはエアボンベ、頭にはいつでもかぶれるようにヘルメットの上にガスマスクを用意してある。

俺と沙織、そして香苗さんの装備はいつも通りの長槍だが、ケイティとドナッティさんはM203、岩田さんは火炎放射器を持ちながらM4を装備している。


36層の入り口に再び俺たちは立った。

「本当に『迷いの森』っぽいよね」

「沙織、そういうのはフラグになるからやめてくれ」

マジでな。


結構イマジネーションが大事なダンジョン攻略のため、俺たちは基本、ゲームなんかをプレイしたりするのだ。

正しい道順をたどらないと永久ループするエルフの森的なフィールドダンジョン。

それが迷いの森だ。


早速、俺たちは「帰り用のパンくず」的な塗料散布で地面に通り道を残しながら、アタックを開始した。


「……お約束だよね」


沙織が、行く手を遮る敵をみていった。

枝をムチのように振り回す動く樹木だ。

ああいうの、なんて言うんだろう?

ともかく、遠距離から岩田さんが火炎放射器で一拭きすると、寒気がするような悲鳴を上げて、ヤツは燃え尽き、蔓と魔石をドロップした。


「これって、なんか使い道あるのかなあ?」

おれは、ドロップ品の蔓を全員に見せながら言ってみた。

「ゲームなんかだと、武器の素材とかかなあ?」

沙織の言葉に、一同うなずく。

ムチ系統の武器とか、あるいは武器の生産補助的に使われることが多いんじゃないだろうか?

ひとまず、魔石と蔓を<収納>して、俺たちは先に進んでみる。




「あ、これはダメだ」

進路上、前に俺たちが残したペンキが四つ角でクロスしている。

俺たちは基本、直進直進で来ていた。

すでにどこかで空間がねじ曲がっている証拠である。


「今回は一旦引き返そう。これは多分根本的な対策が必要だ」

俺は判断した。

俺が恐れてるのは、自分が今いる場所を見失う状況だった。

俺たちは山ほど食糧をストックしているからまだマシだけど、この迷宮に捕らわれて出口が見つけられなくなるなんて、ぞっとしない。

たとえば、四つ角や分かれ道に逐一、目印になる標識的な何かを敷設しながら移動して、どこで空間がねじ曲がるのか? どういう理屈になっているのか? そういうのを把握しない限り、これ以上挑むのは無謀すぎるだろう。


たとえば、違う種類の電波ビーコンを標識に埋め込み、マッピング装置と連動させて現在座標を把握する、というようなシステムの構築が必須になると思う。

俺たちはこの階層まで、こういう危機感を抱かずにやってきてしまった。

俺や沙織なんかが経験則的に、敵の強大な魔力を感じ取ってさくさくと迷宮の進路を把握してしまっていたためだ。

よほど美味しいドロップのある階層以外は、滅多にマッピング作業なんてやらなかったからな。


幸いなことに、こぼして歩いたペンキは消えずに残っていた。

俺たちはあえて、目の前の交差したペンキではなく、ここまで来た道をたどって引き返した。




引き返して一同と相談する。

「厳密なマッピング管理が必要でしょう」

「でもビーコンって使い捨てになるよね?」

ケイティの言葉に沙織が反問した。

岩田さんが

「必要なものなら、たとえ高額でも使い捨てるべきですよ。人間の命より高い物なんて滅多にないですから」

といった。

翌日、全員でひとまず、前日のペンキ跡を確認するために36層入り口に戻ってみた。

案の定、ペンキは消えてなくなっていた。


要するに、ビーコン式の発想はこうだ。

四つ角や曲がり角で、それぞれ周波数や何かの違う識別信号を出す標識を建てる。

たとえば、その識別ポスト固有の数値信号を出すのでも良い。

それらを受信して、即座に座標化させるマッピングツールを開発する。

二点以上の座標信号が拾えると、三点式に現在座標が分かる。


もし実現が可能なら、たとえマップ内でどこに飛ばされようと『ビーコンの電波が拾える限り』、今どこにいるのか把握することが出来る。


この方式を導入してもリスクがある。

落とし穴でひとつ下の階層になど落とされでもしたら。

そしてそのマップも迷いの森だったら。

お手上げになってしまう。


ところで。

今回は入り口間際にある木を一本、チェーンソーで切り取る実験を行ってみる。


「どう?」

「お、意外。これ収穫できるわ」

マップの書き割りだと思われた木は、俺の<収納>に納めることが出来た。

「木材取り放題じゃないか」

岩田さんは苦笑した。

実際には防疫してもらって問題がないか確かめてからだし、そもそも、切りだしたあと運べる能力がないとダメだけどな。




俺たちは、ペンキが時間経過によって消えてしまうことを確認して戻り、防疫センターに、例のドロップ品の蔓と、切り出した木材を提供して、早速検査をお願いした。


そして、兄貴たち開発部に全員で向かった。座標システムについて相談するためである。

電波ビーコンを置いて歩く方式について、兄貴たちの賛同も得たが、問題なのは、それらには開発期間が必要なことだった。

充分に信頼性テストを行わなければ、命のかかるダンジョン攻略用には提供できないという。

まあその通りだろう。

それと、いくつか技術的に確認しなければならないこともあるようだ。

電波が森のダンジョンでどう進むか、だと兄貴は言う。

「ようするにだ。森の中を電波が直進するか、石造りのマップのように壁で反響するか。そういうことでもいろいろ工夫が必要になるからな」

ビーコンの位置から現在座標を割り出そうとするのだから、座標の位置は正確に特定できなければならない。

「最低でも、2-3ヶ月はかかるぞ?」

兄貴は腕組みをしながら言った。


俺たちは、年内のアタックをこの時点で早々に切り上げ、あとはクリスマスの旅行まで自由行動とした。




女性陣は、都心に繰り出し買い物や遊園地、映画などで遊んで歩くらしい。

俺は兄貴に捕まり、研究室の協力だ。


雷魔法式の発電機は、どうやら結局物にならないらしい。

電圧は数万ボルトという高圧が得られるが、電流が少ない上に降圧回路を通さないとならず効率が悪い。

結局、タービン発電の持続性に勝てない。

「それに、タービンだと既存の技術だからな」

発電機自体の生産力がすでに世界中にある訳で、結局は特許を取っただけで眠らせることになるようだ。


ヤマギシにとって遅れている分野がある。

セラミック部門だ。

これは、いくつかの特許を山セラが取得したことで顕在化した。

セラミックというのは、狭義には焼き物――窯業で生産される陶器製品全般を指す言葉だ。

たとえば、瀬戸物などの焼き物から、高圧電線のガイシ、車なんかのスパークプラグの絶縁体など、それに、便器や洗面台などがセラミックの本来的意味になる。

だけど今では、ファインセラミックなどの科学的な分野に裾野が広がっていて、非鉄金属製の焼成物、たとえば半導体、コンデンサや抵抗などの電子機器部品、触媒、太陽光発電パネルなど、多くの特許型産業に広がりを見せている。


ヤマギシにとって、低層でドロップするゴーレムから得られる石やレンガの利用価値が上がるのは嬉しいことだが、可能であれば自社で特許を取りたいのである。

兄貴も、山セラへの対抗意識が根深くある。


兄貴は、大学時代の恩師などに声をかけて人材を探しているらしい。


ゴーレムのドロップする石やレンガには奇妙な性質がある。

要するに、電気が通電する性質を通電性と言うが、魔法が通りやすい性質が、一般にドロップ品に共通する性質としてあることに俺たちは気づいている。


ウチに出来て山セラに出来ない実験。

たとえばそれは、大量にストックされた石やレンガを使って、何らかの魔法を使って性質を換えることだ。

レンガを使って出来る工業施設のひとつに、溶鉱炉がある。

「たとえばこれに魔法で耐熱とか堅さとかをエンチャント出来たら、溶鉱炉としては最高の素材なんだよなあ」

兄貴はいった。


というわけでひとまずは実験である。

金属加工部門としては、ウチには専門家がいる。

元三成精密のオヤジさん、三枝(さえぐさ)取締役工場長だ。


「……って感じで、溶鉱炉の素材にこれ、行けませんか?」

「そりゃ行けると思います。魔法が完璧だったら、ですが」

三枝さんはそう言った。

要は、魔力切れを起こして鉱炉が耐熱性を失ったりしたら大変危険だという事である。

「まあひとまず、硬化魔法や耐熱魔法についての実験検証が必要ですね」

ということで、ゴーレムのレンガを粉砕したあと坩堝型に成型し、俺が耐熱魔法を<想像>してエンチャントしたあとで耐熱実験を行ってみた。


アルゴンという不活性ガスを充填した雰囲気炉でカーボングラファイトを発熱体にした実験を行う。超高温カーボン炉と言うらしい。

3000度を超える負荷耐久で俺のエンチャントを施した坩堝は一切問題を起こさなかったのだが、それ以上高熱にする実験が出来ないという事で、ひとまずは実験を終了した。


とりあえず、兄貴たちはこの結果で特許を取りに行く方向になったようだ。

「発熱体ってのも魔法ペレットでやったら?」

俺が言うと、

「ばか、今その話したら、旅行行けなくなるぞ!」

兄貴は慌てて俺の口を封じるのだった。


式村比呂です。

本当に「奥多摩」ご無沙汰してしまい申し訳ありません。


おかげさまで、本作品の書籍化が決定いたしまして、現在、版元さんの方でイラストなどの作業などを行って下さっていると聞きました。

もうじき、皆さんにも正式な形でスケジュールをお伝え出来ると思います。


体調を崩した頃に書きかけだった間章に若干手を加えて、公開いたします。

書籍化などの作業が終わったら、また続きの執筆を検討させて頂きます。


現在、小説家になろうにおきまして、別作品となりますが

「よくわかる新?戦国日本史」

という作品を執筆しております。

よろしければ、こちらの方も本作共々、ごひいき頂けましたら幸いです。

http://book1.adouzi.eu.org/n6761de/


どうぞよろしくお願いいたします。

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