間章――植物マップ
テイラーという乗り物がある。耕耘機の後ろに荷台を付けて走るあれだ。
それの進化した乗り物にクローラカートというのがある。キャタピラ付きの荷台車で、農作業用に使われている。
ダンジョン内での荷物運びでは、軽トラでも横幅がキツいんだけど、こうした乗り物ならば使える。
H○NDAは、<フロート>を使って浮き上がって運べる運搬機の開発で、ターレータイプとこのクローラカートの2種類を試作してきた。
「うーん。ダンジョンの天井は低いところもあるんで、やっぱ操縦型は頭低い方が恐怖感がないかな?」
1層から10層までが今のところ、天井が低めなダンジョンだ。
ここはいわゆる石造り迷宮なんで、ターレーの立ち乗りだといざというとき頭が不安だ。
まあヘルメットはかぶってるし大丈夫だろうけどね。
クローラカートも浮遊する。
クローラはあくまで、ダンジョン外での地上用途とか、燃料切れで落下したときの安全策だ。
コイツは浮かせて歩きながら押す感じで使う。
操縦者は後ろから着いていくので前方の視界は結構悪くなる。
乗って動けるということであればターレー型がいいけど、純粋なポーターであればクローラも捨てがたいだろうな。
クローラ型については、すでに試験的な販売が決まっている。
人間が乗らないために安全性の面でいろんな課題がクリアしやすいためらしい。
一台500万円以上ととてつもなく高額だけど、これは燃料電池や回路に貴金属が使用されているせいだ。
それでも頑張って発電用のペレットほどの金の含有量にしないで、サイズも小さく収めた。
こんな価格でも、世界中から引き合いがある。
売り出せばすぐに数千台規模でオーダーが入るだろう。
ウチではマニー達元・鬼軍曹チームが数台購入する。彼らには現在、例の元・落ちこぼれドクターチームが同行している。
日本の法整備が間に合わないため、彼らは来春にはテキサスに異動になる。
だいぶ日本語も上達したんだけど、残念だな。
テキサスでは、新しく出来る医学部と付属病院で腕を振るうそうだ。
10月の結婚式には、鬼軍曹チーム、外国人医師チーム、記念病院チームと俺たち、総計で40人以上の参加が決まっている。
ベンさんは記念病院のナースや女医さんにものすごく人気があったんで、結婚が決まったときにはかなりショックが広まったらしい。
本当にハリウッドの正統派二枚目って風貌だし、しかも紳士で優しかったからな。
顔良し頭良し家柄良し。
まさに優良物件を持って行かれたわけだな。
ちなみにベンさんの家族は、ブラスコの専用機で来日するらしい。
ケイティのおじいさんであるダニエルシニアとお父さんであるジュニア。それに妹のジェイも一緒に来るのだそうだ。
せっかくの京都での宿泊なので、彼らはケイティや沙織にガイドを任せて数日間の観光を楽しむ事になっている。
さて。
いよいよ水無瀬香苗さんをチームに加えて初の新階層アタックを始めることにした。
35層までは、いつものように遭遇戦のみで一気にボス部屋まで駆け抜け、次々に階層を降りていく。
36層。
「これは……植物ダンジョン?」
うっそうとした森の中に、これ見よがしに道が続いている。
俺はRPGやMMOではこういう森林ダンジョンがすごい嫌いだ。行く手を迷わせてHPガリガリ削ってくるパターンが多いからな。
「岩田さん、ドナッティさん。軍ではこう言う『迷いそうな森』を偵察するとき、迷わないようにどんな手を使うんだろ?」
「現代ではGPSを使った位置の把握が主流でしょう」
岩田さんが言う。
「そうですね、基本は現在位置の把握、そして移動経路の確認です。木にペイントしながら動いたりするのも効果的でしょう」
ダンジョン内ではGPSが使えない。
俺たちにはS○NY製のオートマッパーがあるけど、もし嫌がらせに近い強制転移やら地形変更なんかがあると、特に退却中に危険がありそうだ。
今までなかったからといって、ここでもないとは断言できないしな。
「恭ちゃん。敵、動いてこないね?」
沙織もおそらく俺と同じ敵を察知してるんだろう。
この森の中から感じられる敵の魔力は結構大きいんだが、全く移動していない。
「どうしよう、様子見に行ってみるか? それとも、安全策をとっていろいろ道具の準備をしようか?」
「道具の準備をしましょう。焦ることはありません」
ケイティが帰還に一票だ。
焦ることはない、というのは確かにそうだ。
ゲームなら死に戻っても平気かも知れないが、俺たちは生身の人間だからな。
とりあえず、道しるべ用のスプレーが欲しいな。
「それなら、ブラックライト用がいいかもしれません」
うっそうとした森の中だと、蛍光塗料のスプレーが思うように光を蓄えられない。
そこで、ブラックライトで光るタイプの塗料を使えば、少なくとも見逃さなくなる。
「ほかに要りそうなものは?」
俺が聞くと。
「そうですね。使うか分かりませんが火炎放射器が欲しいです」
「RPG-7のサーモバリック弾が」
「虫除けスプレー?」
岩田さん、ドナッティさん、沙織の順だ。効くといいな、虫除け。
地上に戻って、研究開発部の兄貴に電話を入れる。
『……なるほどな。例えば、<フロート>で浮かせたタンクから歩く速さにあわせてペンキをこぼす。足に常時点灯のブラックライト付けておけば、引き返すときには来た道が分かるぞ?』
「おー、作るのにどのくらいかかる?」
『2週間だな。それまではスプレー缶のペイント使ったり、懐中電灯型のブラックライト使ったらどうだ?』
「了解。あと岩田さんが火炎放射器欲しいってさ」
『魔法で何とかなりそうか?』
「うーん。なんか考えようか? <ファイアアロー>とか?」
『……うまくいったら教えてくれ。とりあえず軍用を調達したらいい』
「わかった」
というわけで、火炎放射器は冒険者協会経由で調達することになった。
サーモバリック弾については、RPG-7用には中国で開発されてるらしいが、USA仕様には存在しない。これも製造元に開発を依頼してみるが、いつ頃試作品があがるかは不明だ。
武器については全米冒険者協会が、根強い関係性を活かして軍事閥の上院議員や企業を動かしてくれるので助かっている。
彼らにしても、下手をするとウチの兄貴たちの開発する装備に負ける可能性があるんで、冒険者の武装については買い手市場になってるといって良い。
ただ、槍や日本刀については、藤島さんたちの製品が全世界で大人気になっている。
あの辺の武器の使い勝手と美しさというのは、全世界共通らしい。
槍については鋳造に目処が付いたし、専用の職人の育成も終わったので、藤島さんたち刀匠は、本来の日本刀作りにもきちんと時間が取れるようになっているようだ。
だが、とにかく俺が炎をたなびかせながら振るってる魔法刀の映像のインパクトが大きかったらしい。注文は主に魔法刀と長槍に殺到してるようだ。
現状、冒険者登録をしていないような富裕層でさえ、世界中からこの刀を欲しがる引き合いが後を絶たないということで、刀匠達の懐は、ダンジョン以前とは比べものにならないほど潤っているらしい。
とりあえず俺は、植物ダンジョンで必要になりそうなほかの装備についても手配をしておいた。
まず、ガスマスク。毒の花粉やら昆虫だったら鱗粉などといった状態異常<毒>を食らわせてくるような相手がいるとも限らん。
これは、以前米軍に準備してもらった後付けで空気ボンベが付けられるヤツを人数分用意する。
ほかにフェイスマスクや手袋も用意する。
酸のような攻撃に備えてだ。
ポンチョのような形の耐酸フードとかゴーグルも用意する。
あとは、チェーンソーとかガソリンとかロープとか、森のサバイバルで使えそうに思える小物のたぐいを一式。もちろん、虫除けスプレーもな。
こうした準備は、大半が使うことがなく終わるけど、俺の場合は<収納>があるからな。
このメリットは計り知れない。
ところで一点。
妙なことかも知れないが気になっていたことを下原のおじさんに相談する。
「植物の持ち込みですか?」
「はい。例えばダンジョンに生えている植物とか、もしかしたらドロップした場合のたねや葉っぱとか。こう言うのってこっちに持ち込んで大丈夫でしょうか?」
「それは要するに空港や港でやってる検疫の事ですか?」
おじさんは腕を組んでしばし考える。
「……確かに一度、お役人に相談するべきかも知れませんね」
外来種は天敵がないため在来種を駆逐したりする。セイタカアワダチソウとかセイヨウタンポポみたいな例もある。
もっと困るのは、こっちにない植物の疫病や寄生虫だ。
被害が出てからでは遅いんで、一応確認したいところだった。
「わかりました。一度農水省に問い合わせしておきます」
俺たちの問い合わせに、慌てて農水省の防疫担当官が奥多摩にやってきた。
俺たちは、36層の映像を見せ
「植物の持ち込みが発生するかも知れません」
といった。
「……なるほどですね。わかりました」
検疫官は森林で構成されるダンジョンの絵を見ると即座に理解してくれた。
「皆さんのお考えの通り、防疫の考え方は、寄生虫、病害菌、そして植物自体の生態系への影響です」
検疫官の人は、それらを国内へ持ち込むことを防ぐために、国が防疫検査を行っている、という。
「現在、検疫が必要になるようなその、ドロップ品ですね? そういうものはあるんでしょうか?」
「いえ、俺たちの知る限り、36層までではまだないですね」
俺が答えると、検疫官はうなずいた。
「今後発生する可能性は?」
「高いですね。すいません、RPGゲームってやったことあります?」
「……学生の頃までですね」
「錬金術でアイテムとか作るのって、やったことあります?」
もちろんゲームの話だ。
「ええ。ああなるほど。薬草とか毒消しとか?」
「そうです」
検疫官の人の表情に理解が広がったのをみて俺はうなずいた。
「そうですか。それにしても……うーん」
「何か問題でも?」
「ええ。基本、検疫施設というのは輸入の発生する場所……例えば空港、港湾、といったですね、場所にあるわけです。ですから、もし持ち込む際にはですね、そうした場所に持ってきていただく必要が……」
「……例えば、ウチが施設を提供したら、そういう検査をそちらでやっていただく事は可能でしょうか?」
さすがにそのたびごとにそんな場所まで出向くのは面倒だ。
どうせ必要な設備であれば、ウチが金を出して建てるのにはやぶさかじゃない。
「ちょっと持ち帰って、検討させてください」
そう言って検疫官の人は帰っていった。
オヤジ経由で政府のほうにも同様の働きかけをしてもらう。
オヤジは官房長に手紙で申し入れをして、防疫施設についてはすぐに動いてもらえることになった。
いずれにせよ冒険者が何かを向こうから持ち帰ることになるんだし、運用実績も含めて早い方がいいだろうという判断だった。
とりあえず、持ち帰る可能性のある冒険者は今のところ俺たちだけだ。
だから、防疫施設は奥多摩にまず建てられることになった。
建設ラッシュが落ち着けば、西伊豆や忍野、それに京都にも建てられることになるだろう。




