黒尾ダンジョン 12
9月中旬。
京都の水無瀬家から俺、兄貴、オヤジに下原のおじさん、沙織、ケイティに結婚式の招待状が来た。ドナッティさんや岩田さんにもだ。
ベンさんと静流さんの式は10月に挙げることになったらしい。
悪いが俺たちは欠席とさせてもらった。
「香苗さんは妹さんなんだから行っといでよ。岩田さんやドナッティさんをよろしく」
彼らもずっと支え合ってきた仲間だしな。
俺たちが行かないのは、行くこと自体が政治的な状況になるためだ。
向こうは招待することでこちらへの礼儀として、こっちは参加しないことでそれに応じる。
くだらない駆け引きだけど、それに香苗さんたちが巻き込まれることもないだろう。
これにて西日本の財界を中心にした悶着はおしまいだといいな。
兄貴たちはムキになって、山セラの発明であるセラミック魔法発動体を使わない方法を模索している。
よほど腹に据えかねてのことだろうけど、正直、量産という面ではその気になれば日産10万個以上作れそうなセラミック焼成技術と、兄貴たちの模索するネクロマンサーのドロップ水晶やメイジ系の落とすマジックワンド加工では勝負にならない。
ただひとつ兄貴たちが勝っている点があるとしたら、金属による魔法発動についてはすでに特許がウチにあることだ。
将来、魔鉄や貴金属ではない金属が使えるようになれば、鋳造で一気に量産化に目処が立つ。
セラミックには金属よりもろいって弱点もあるしな。
そういえば、以前ケイティがいっていた「ブラスコとヤマギシの合併話」は、確かに進行しているらしい。
エネルギーを中核にした国際企業のブラスコと、魔法産業の新興企業のヤマギシは、合併することでお互いの弱点をカバーできる。
ブラスコにとっては石油の代替エネルギーでも業界トップの地位が守れるし、ヤマギシは脆弱な企業防衛力や新興ゆえの人材難から脱却できる。
まあ現状では企業規模が違いすぎるので、ヤマギシの企業としてのステータスが国際的に安定してからの話になるんだろうな。何事にも「格」というのは大事だ。
一般に日本人はきまじめでアメリカ人は自由気ままという印象があるけれど、実は格式に関してはアメリカ人のほうがむしろ非常に重視するらしい。
西日本の財界といえば。
○mronと吉葉製作所という計測機器の国際ブランド2社がこのたび東日本の冒険者協会に参入した。
大阪のほうも、本当にスタート段階から縁があったミ○ノのおかげで、住友系商社やメーカー、繊維各社、金属各社といった本社を大阪に置く企業が続々参入しているようだ。
自動車各社も、ト○タとH○NDAがすでに共同開発に入っているためか、各社参入してきているという。
一時期対立が懸念されてた西日本とウチという構造は崩れ、日本の財界はおおむね、どちらにもチップをかけて日和見、ということに落ち着いたらしい。
そういえば、やっとウチに世界最大量のクレイゴーレムとストーンゴーレムのドロップ在庫があると気がついた山セラが商社を使って調達に来たようだが、兄貴は冷たく門前払いにしたようだ。
水無瀬は、少しずつポジションをニュートラルに変えつつあるようだ。
当初、米森氏の熱に浮かされたような形で西日本冒険者協会の主軸に立った水無瀬だけど、冷静に考えれば彼らは自前のダンジョンがひとつあるわけで、それを地道に運営していけば一生ものなんだよな。
それに気づいたのか、はたまた欲を掻くのをやめたのか分からないけど、水無瀬のトーンはだいぶ冷静なものになっていた。
下原のおじさんがそのあたりの情報を集めてたけど
「どうもご長女がダンジョンで死にかけた事が影響してますね」
と教えてくれた。
ほかにもベンさんがいろいろアドバイスしているのだろう。
ダンジョンのアタックについても、10-15層のインゴット集めを主体にして、魔石はとにかく静流さん以下パーティメンバーの魔力強化に使うことにしているようだ。
彼女達が敵の魔力探知が出来るようになれば、確かに俺たちのライバルに育っていくかも知れないな。
個人的には、一連の動きで結構不信感を持った彼らだけど、やっぱり死人を出さずがんばって欲しいとは思う。
ベンさんといえば。
ブラスコが彼の父親にやんわりと圧力をかけたようだ。
ケイティ曰く
「ソフトなものです」
ということだったが、もし公然とベンさんがウチと対立でもしようものならブラスコが動く、ということを事実として彼は体験したことになる。
ウチで知り得た情報をどう使おうと彼らの勝手だけど、代償もそれなりに大きいということだ、ということらしい。
そんな事があってかは知らないけど、水無瀬のオーナーである水無瀬忠功氏。彼は姉妹の祖父だけど、氏が奥多摩を訪ねてきた。
オヤジと少し話したあと、俺が社長室に呼び出された。
「このたびはいろいろ、ご迷惑をおかけしました」
氏は頭を下げた。
「もういいですよ。ベンさんは痛かったけど、香苗さんは冒険者としてとても期待できる人材です。頼らせてもらいます」
「水無瀬さん、そういうことです。もう頭をお上げください」
オヤジが苦笑いしながら、ずっとそんな感じで頭を下げ続けている水無瀬氏に声をかけた。
「今日お伺いしましたんは、お願い事とご相談があってのことです」
水無瀬氏は姿勢を正して語り出した。
最初、米森氏から「西日本の経済界で、第2のヤマギシという存在を確立させたい」
という打診が来た。
米森氏は生きながら立志伝中の人物として知られるほどのやり手だ。
水無瀬氏なども若い頃からつきあいがあるし、彼の経営者としての考え方には共鳴できる部分が多くあるので尊敬もしている。
ただ、米森氏には若い頃から、理想を見て他人の善意による奮闘を多く期待する性質があったという。
今回は、それが悪い方に出たようだ。
実際のところ、米森氏はすでに山セラも退職している。現在は自分の名前を冠した財団を運営している訳だが、それでも西日本の財界では知らぬもののない存在だから、彼が動くと影響力は計り知れなかった。
ヤマギシとブラスコによって寡占されている魔法産業に並び立つライバルとして存在し、競争と競合で社会に貢献したい。
水無瀬はその中核になって欲しい。
そういう話だった。
水無瀬氏は喜んで応じた。金も出した。
だが、徐々にヤマギシと雰囲気が悪くなっていった。山セラの特許権取得の不調、ダンジョン内で水無瀬パーティの壊滅。そして、うちからベンさんを引き抜く形になった事で、その関係は完全に冷え切ってしまった。
「ウチとしては、静流に冒険者をやめさせたい思てました。でもあいつは聞きません。
幸い、皆様のご厚意でベンジャミンをいただけましたから、まああいつは孫を大事にしてくれてはるんで安心はしてますが」
要するに、水無瀬はウチとの実力差を思い知った、ということらしい。
ライバルどころの話ではなかった。ヤマギシなしには、おそらく水無瀬の冒険者は全員今生きていなかったかも知れない。
水無瀬氏はそういうと、俺をじっと見ていった。
「あの日、もし皆さんが着いていなければ、12人とも危なかったと聞いてます」
本当ですか?
と聞くので俺はうなずいた。実際、香苗さんたちもあのまま進んだら危うかっただろう。
そうでしたか。
水無瀬氏は納得して言葉を続けた。
「山岸さん。ウチは西日本冒険者協会の運営計画から脱退します」
水無瀬は日本冒険者協会に一個人協会として参加の形に戻る。
例えば、ダンジョン前の施設の運営や建設は自前でまかなう。
その上で、余力があったら西日本で必要になる人材の育成くらいは協力できるかも知れない。
「そこで、お願いいいますのは、水無瀬をヤマギシはんのグループ企業に加えていただきたい、いうことです」
「お待ちください水無瀬さん。お話がよく分からないんですが?」
オヤジがいきなりすぎる水無瀬氏の話に戸惑う。
「ウチとしては、当初から黒尾の開発を西日本協会の出資で賄おう思って、協会への出資に自己資金を使うてます。もし今西日本協会への参加を出資のみにとどめて黒尾を個人ダンジョンのままとどめよう思たら、黒尾周辺の開発資金を別途用意せなあきません」
水無瀬氏は細かい事情を話し出した。
ウチの経験からいったらおそらく、学校、病院、ホテル、商業施設など上物とその従業員確保やインフラ整備で100億程度の準備資金は必要になると思う。
すでに西日本への資金を出した水無瀬が彼らから距離を置き、個人ダンジョンとして今後ウチと共同で進もうと思ったら、改めてこの資金を調達しなければならない。
そこで、ウチがその資金を都合する引き替えに水無瀬はヤマギシの傘下に入る。
黒尾の運営開発は水無瀬が行い、日本冒険者協会にはには東日本・西日本、そしてヤマギシの3協会が存在する形となる。
というようなことを彼は提案しているのだった。
「つまり黒尾ダンジョンを?」
「違います。水無瀬全部をです」
オヤジの勘違いを水無瀬氏が訂正する。
企業としての水無瀬は、戦前から続く京都の地場産業に根ざした商社、例えば織物、染め物、焼き物といった産業のほかに、市内のホテル、郊外の温泉旅館、土産物屋などを経営している。
会社名義のほかに個人所有の不動産業があるが、とりあえず今回はそちらは関係ない。
「100億の資本参加と引き替えに60%の議決権を山岸さんに譲渡します」
俺にはよく分からないが、つまりそれは完全子会社化を意味するらしい。
例えば役員が10人いたら6人がウチの人間になる。
役員会で選挙をしたら、会長も社長もウチが取ることになるわけだ。
「それでいいんですか?」
「はい。ほかに香苗にも10%ほど株を分けます。もしもの時はこれも山岸さんの支配権に勘定してください」
それと、私は良い機会なので退任して、息子に後を任せます。
水無瀬氏はそういった。
「ちなみに水無瀬さん」
オヤジが約束に同意したことを示す握手をしたあと切り出した。
「水無瀬さんには米森さんの資本、入ってませんよね?」
「……ああ、入っておりません」
「いや、せがれが……コイツじゃなくて長男がですね」
嫌ってまして、はは。
とオヤジは率直に言う。率直すぎるだろ。
結局、水無瀬は電撃的に西日本冒険者協会への不参加、ヤマギシの子会社化、ヤマギシ傘下での冒険者協会の再加入を発表。
その席で水無瀬忠功氏の役員からの退任と引退、後継に静流さんと香苗さんのお父さんである水無瀬忠宗氏の会長兼社長就任が発表された。
ほかの役員は今まで通りだが、ウチからオヤジと兄貴が社外取締役で、下原のおじさんが社外監査役で加わることになった。
そしてもう一つ。
米森氏を筆頭にした西日本冒険者協会のメンツを結婚式から排除することを条件に、俺たちヤマギシ一行は、静流さんとベンさんと和解し、結婚式に参加することになったのだった。
西日本冒険者協会は、まだスタートを切ってもいないのに「教師役」を完全に失うことになった。
その責任を取る形で米森氏が理事を辞めるまで、西日本協会の混乱は収まらなかった。
こうして10月には晴れて、米森氏を発端とした「西の問題」は、ひとまず俺たちの脳裏から離れることになったのだった。




