黒尾ダンジョン 8
俺たちは、ダンジョンから引き上げた後キャンピングカーで一泊することにした。
水無瀬家では京都市内に……いやまあここも一応京都市内だけど、要するに「洛中」に宿を取ってくれているようなんだけど、片道1時間半もかけて帰り、明日も同じ時間をかけてここに来るのは煩わしい。
さすがに疲れてもいるので、どうせなら俺の<収納>からキャンピングカーを出して寝たほうが手っ取り早い。
黒尾ダンジョンの周囲には、土木工事のためにダンプカーが何台も止まれるような整地がされている。
俺はそこに、大型バス仕様とワゴン仕様二台のキャンプカーを出した。
水無瀬家のチーム、姉妹含め12人は明日来るそうだ。
夕食は、俺と沙織が麓のスーパーに買い出しに行き、岩田さんとドナッティさんがパスタや鉄板焼きを作ってくれた。
工事現場なので直火は遠慮して、今回もカセットボンベの調理器具で料理を作った。
「ここも、来年の今頃には奥多摩みたいに発展してるのかな?」
沙織が、すでに薄暗くなった黒尾の山を見回しながら感慨深げにつぶやいた。
「いるでしょう。ウルフクリークももう、ホテルや病院が完成しています」
ケイティが答える。
そうか、テキサスのダンジョンもだいぶ周辺施設が出来てるんだな。
ジャクソン家が所有するモンタナのダンジョンも、ブラス家からの情報支援によって遅ればせながら開発が始まっている。
「キョーちゃん。ヤマギシでは東日本の残り3ダンジョンは買わないんですか?」
ケイティの問いに俺は首を横に振る。
「ウチはもう手一杯だと思うよ。西日本みたいに、協会作ってそっちに任せるしかないだろうね」
俺は答える。
実際、西日本に先んじられた東日本の財界や私学や医療関係者は、残る北海道、東北、北陸の3つについて、早急に国から買い上げて法人化させるべく動き出している。
当然ウチにも参加、運営の打診はあったんだけど、オヤジは運営についての協力程度にとどめている。
ウチとしてもそっちの方がありがたい。
当初は政府でも、例えば国有の温泉地のように入札制でダンジョンの管理運営を民間委託させるプランがあったらしい。
だけどウチがダンジョンの活用法――主に魔法の利用で――を次々に開発していったため、いざ総合的に運営しようとすると、必要となる箱物の規模が大きくなりすぎた。
西日本の財界は、そうした政府の戸惑いにうまく乗れた、ということなんだろう。
ちなみに、東日本のほうは、西日本の前例があるだけにそれほど政府との折衝は難しくないようだ。
「ウチとしても、近場に3つのダンジョンを持っただけで充分だしね」
冒険者教育や医療関係者の育成についても、ウチだけだったらかなりの難問だった。
だが、ウチ以外の8ダンジョンでも、少なくとも来年4月までには後進育成のための施設が完成するだろう。
そうなれば、あっという間に日本にも、そしておそらく世界にも冒険者が溢れるようになるだろう。
個人的にはその日が楽しみだけど、それは、ダンジョンでの人の死が日常に変わる日かも知れない。
今のところ、少なくとも俺たちが教えた冒険者達は、死なないための育成を心がけてはいる。
クリア階層ごとの認定証を作ったり、必要になる装備、モンスター情報の提供、それに武器などの開発や改良。
それでも運悪く、あるいは無謀のツケなどで命を落とす人間は現れるだろう。
俺たちとしては、そういう事件が起きたときでも
「自分たちは精一杯やったんだ」
という思いを頼りに耐えるしかないんだろう。
「みんなはさ、冒険者学校からどんどん卒業生が出て、死人がいっぱい出るようになった時の覚悟って、出来てる?」
食後のお茶の話題としてはあまりふさわしくない。みんなの顔が一瞬、さっと曇った。
「んー、あたしは、しょうが無いかなって思ってる」
沙織がいう。すまん、俺が重くした空気を読んで、言いたくも無いことをいわせてしまったようだな。
「あたし達だって、未成年の時は親の同意書にサインもらったし、今だってちゃんと遺書を書いてるでしょ? みんな覚悟してるし、家族だって理解してる。ダンジョンはそういうところ、でしょ?」
どちらかというと、俺に答える体を装ってみんなに問いかけているようだ。
「……そうですね。沙織さんのおっしゃるとおりです」
岩田さんがそれに答えた。
岩田さんはアラサーで俺たちより10才も上なんだけど、ヤマギシ本社の役員である俺たちに気を使った言葉遣いをいつもしている。
「軍や警察でも、おそらく同じような手順で行われているはずです。もちろん自衛隊でもそうでした。みんな、覚悟しているはずです」
「ソーデス」
ベンもうなずいた。
ベンは、ウェストポイントの士官を辞めてウチに来る際に、かなり強硬に両親から反対されたようだ。
以前シャーロットさんが指摘した通り、ベンの実家はウェストバージニアの名門だ。
彼の父は、地方検事から州議会議員を経て、今や下院議員だ。
彼の兄も、父の後を継いで地方検事になっている。
厳格な父と敬虔な母。地元共和党の有力ファミリーで彼自身も弁護士資格を持つ。
順調にいけば彼自身も国政に参加するか、少なくともワシントンDCで共和党お抱え弁護士として辣腕を振るったことだろう。
ただし、彼はアニオタだった。日本アニメの沼に沈み、冒険者教育に志願して、堂々と道を外れアキハバラ……ではなく日本に来た。
「キョジサン、心配、わかりマス。ボクタチ、問題ない」
ドナッティさんも続く。
「私たちは元・軍人ですから、任務中の死は、その危険も含めよく理解しています。皆さんが作った冒険者プログラムは優秀です。過信、油断。そのふたつが無い限り、死者はそう易々と発生しないでしょう」
つまり、彼女にいわせると、生きるも死ぬも、その理由さえも「自業自得だ」ということだろうな。
ケイティが、一通り黙って聞いたあと口を開いた。
「私は反対です。ダンジョンによって命を救われた。もしあの日、キョーちゃんと一緒にダンジョンにいなかったら、もう私は病気で死んでいたでしょう? ダンジョンには恐ろしい破滅がある。でもそれだけではない。忘れないでください」
ケイティの言葉は、俺を含めた全員の頬の緊張を和らげた。
「わかった。みんな、ありがとう」
俺にはそれ以外の言葉はない。
おそらく、ここにいる俺以外の5人は、俺がどうしてこんなことを言い出したのか分かっていて、言葉を選んでくれたんだろう。
いつか、そして間違いなく、俺たちは俺たちが育てた冒険者の死と直面する。
そんな簡単な事実を、こうして建設されているダンジョン施設の現場を見て、ふと実感したからだ。
まあそんなこんなで翌日だ。
朝9時半には、水無瀬のパーティ女性5人男性7人がやってきた。
2チームなんで、俺たちも3人ずつに割って各チームに付き添うことにする。
俺と沙織と岩田さんが水無瀬香苗さんのチーム。
ケイティとベンさんドナッティさんで静流さんチームだ。
1チームごとに20層までテレポート室で降りて、そこから21層に入り訓練を開始する。
静流さんのチームが先に入り、俺たちは5分ほど間を空けてアタック開始する。
21層の雑魚は、中学生の子供ほどもありそうな狼だ。
コイツは接近戦主体だとかなりの難敵になるだろう。
<フリーズ>の効きも悪い。狼は寒さに異様に強かった。
こいつらへの対処はやはり<フレイムインフェルノ>を進路上にばらまいて完封すべきだ。
俺たちは、香苗さんに尋ねられればそうやってアドバイスをする。
ボスは熊。3メートルちかい上背を感じる。
雑魚の狼を封殺し、熊には<フリーズ>と<サンダーボルト>が有効。
もしここが剣と魔法の世界だったら、どう戦うんだろうな?
前衛は盾、中衛が長槍で後衛が魔法や弓か?
極悪で巨大なこの熊は、スイング一発で盾を吹き飛ばしそうに思えてしまう。
俺の選択は、常に敵のアウトレンジからの魔法による飽和攻撃だ。
それが出来ないレベルの人間には、その先の階層をあきらめさせた方がいいと思ってる。
だが、水無瀬のパーティには1-2名、あまり魔法の能力が高くない奴らがいる。
おそらく、体力自慢のポーター役なんだろう。
一応彼らも長槍を持ってはいるが戦闘時には後衛だ。
彼らの編成に問題がないわけではない。
水無瀬香織さんと、彼女と一緒に西伊豆に訓練に参加したメンバーは、どうも未だに遠距離からの気配の探知を苦手としているように見受けられる。
例えば広間や四つ角といった、複数の敵ユニットから挟撃される危険のある場所では、後手を踏む機会が多い。
22層では、雑魚に狼に混じってクマも出る。
なぜクマと狼が仲良く共闘してるのかは、今更問うてもしょうがないんだろうな。
1ユニットと正対してるときの水無瀬パーティは堅実だが、その最中に左右からも挟撃されると、実に危うい。
火力が足りていない印象さえある。これは俺たちも手を貸す以外なさそうだ。
正対した敵を撃破し、右から来た敵にやっと火力源の香苗さんたちが対応し始めたところで、左の敵に、図体だけでかいポーター2名が晒される。
そこで、俺と沙織、岩田さんが戦闘に加わった。
沙織が<フレイムインフェルノ>、岩田さんがクマに<フリーズ>そして俺が<サンダーボルト>。
俺たちの参戦が屈辱だったのだろう。香苗さんは唇を噛んでうつむいている。
彼女達は、独力でのクリアに失敗した。
「引き返します? 25層までいってみます?」
俺が聞くと、
「……25層までお願いします」
小声で香苗さんが答えた。
フォーメーションを変えて俺たちは先頭に。その後ろに香苗さんたち、ポーターを中衛にかばう形にして後衛に香苗さんのチームの残りを配して先を目指す。
そのとき。
5分先行してるケイティ達からの緊急無線が不吉な音を響かせた。




