黒尾ダンジョン 7
「招待状?」
俺はテーブルの上の封筒を見て言った。
日本冒険者協会西日本支部の発足発表会の招待状だ。封筒に毛筆体のフォントでプリントしてある。
「ああ、お前にだ」
「中は見てくれた?」
この手の招待には基本的に会社が対応する。
だからまず俺のところに来た郵便物は会社の誰かが確認してくれる。
だがこの招待状は、見たところ未開封だった。
「必要ない。同じものが俺たちにも来てるからな」
オヤジが、開封済みの招待状を俺に見せた。
8月18日。
俺たちは冒険者協会の銀座支部にいる。
西日本支部のご招待にあずかったわけだ。
お定まりの挨拶に始まった式進行は、国民の関心の高さを反映してか、百社以上のマスコミの前でつつがなく進行していく。
オヤジが日本協会を代表して挨拶する。
うちのオヤジもこんな挨拶がうまくなった。
続いて、米森氏が基調講演を行った。
西日本冒険者協会の意義、目的、そしてロードマップを示した。
西日本全マップ上のダンジョン上での開発――そのノウハウを持つゼネコンと共同で開発することを盛り込んだ話題だ。
ここで、本来の予定を変更し、ウチの兄貴が一言発表を挟むことにした。
「ヤマギシは、新しい発電である『雷発電』について、ブラスコ社と包括的独占契約を結ぶこととし、新会社を年内に忍野で立ち上げることとします。代表取締役は私、山岸真一が就任し会長に。経営責任者にはブラスコからジョシュア・ブラス氏が来日して就任します」
記者達の驚きの声に隠れて、山セラの――いや、西日本協会から来た全てのえらい人たちは沈黙した。
山セラがこの後発表する予定だった記者発表はキャンセルされた。
「詳しいことは後日、改めて記者会見を行います。今日はこの発表の資料を用意してありますのでそちらをご覧ください」
そういって兄貴はプレスリリースを配り終えると早々に奥多摩に帰っていった。
もちろん、山セラの経営陣に詰め寄られることを防ぐためだった。
次の記者発表は俺の出番だ。記者発表ということもあり、俺の読み上げる声明では『私』などという単語で原稿が用意されている。
「皆さん、本日はようこそお越しいただきました。
私、山岸恭二は、西日本冒険者協会からご提案いただきました協会の専務理事就任を正式に辞退させていただきます。また、協会が設立する法人につきましても、株式の譲渡も含め、全て辞退させていただきます」
記者達からいろんな質問が俺に飛ぶが、俺の返答としては
「自分は奥多摩所属の一冒険者だから」
というのを言葉を換えて何度も答えるだけだ。
全ての記者からの質問が終わるとこれで俺の出番も終わりだ。
沙織やケイティ、そしてウチのパーティのみんなと、奥多摩に引き上げる。
ちなみに、オヤジや下原のおじさんも一緒にここで引き上げる。
「すいませんね米森さん。今日は息子と沙織ちゃんの誕生パーティなんで、帰ってお祝いしてあげませんと」
そう言い残して、オヤジ達も専用車に乗り込んで、協会を後にした。
今年のパーティも身内だけで楽しく過ごした。
いつもと違ったのは、俺と沙織もずいぶんと美味しいシャンペンやカクテルを飲ませてもらったことと、そのあと、俺の酒の弱さを知ったことだ。酔っ払って部屋に戻り、あまりの気持ち悪さから<アンチドーテ>の魔法を習得したことくらいか。
「お前、あのシャンペンいくらすると思ってんだよ」
翌朝兄貴のその顛末を話したら、大笑いされてしまった。
さて、2日後。
西日本冒険者協会の本部がある京都に俺たちは招待されていた。
事務所の開所式なんだそうで、こちらには西日本の政財界から多くの出席者が来ている。
多忙なオヤジ達の代わりに、俺が式典で挨拶をするついでに、山セラ創業者の米森氏に一言挨拶して帰る予定になっている。
式典で挨拶したのはいいが、やけに周囲の反応が冷たい。完全にアウェーの空気だな。
まあ気持ちは分かるけど、強引にこっちを巻き込もうとして、しかも二階に上がったらはしご外す気満々なのが見え見えだったっていうのはどうかと思うんだよね、関西財界はさ。
そんなわけで午前中に式典を終えると、俺以外のみんなは都ホテルにチェックインして食事。
俺は米森氏に挨拶に行く。
恨み言とかを言われるかもと警戒して出向いたけど、氏は比較的サバサバと応対してくれた。
「お父さんからご丁寧な手紙をいただきましてね」
氏はそう言って話を聞かせてくれた。
「結局のところ、山セラとしては『初手を間違えた』と言うしか無い」
と米森氏はいった。
彼らとしてはあれでもかなり穏当な条件提示だったつもりのようだ。
それをウチが読んだとき「山岸には特許料以外の利益は払わない」と読み解かれたのには、彼らなりの言い分があるようだった。
そうしたことは、今後何度か行う条件協議で詰めていきたかったらしい。
まさかウチが早々に協議自体をペンディングするとは思わなかったようだ。
ただし、ウチから見たらずいぶん淡泊な営業だったようにも思うけど。
まあそんなこんなで一応挨拶も済ませ、午後からは俺も合流して、今回も京都観光だ。
前回お寺を中心に回ったこともあり、今回は幕末関連を尋ねて歩いたりして、宿で一泊した。
翌日は大阪に繰り出して観光を継続。
淀川の遊覧船に乗って楽しんでいるところで水無瀬静流さんから俺のスマホに連絡があった。
正確に言うと、仕事用のほうに。
『このたびは、西日本協会の開所式にお越しいただきありがとうございます。実はお願いがありまして』
静流さんからの電話は、明日、彼女と香苗さんで2パーティを率いて21層から先を目指したい。その手伝いをお願いしたい、というものだった。
電話を終えてみんなに相談してみる。
「いくべきだよ恭ちゃん」
沙織はきっぱりと言うが、ケイティやビルは気乗りがしないようだ。
岩田さんとドナッティさんは、どちらでも良さそうな気配だ。
俺もどちらかというと気乗りはしてない。
待て。俺はどうして気乗りがしないんだろう?
「恭ちゃん?」
話しかけた沙織を人差し指で制して俺は考える。
水無瀬との出会いの日。
米森氏が同席していた。
それ以来ずっと、あの老人は常に俺たちのそばにいた。
あの老人の本はオヤジがこの頃好んで読んでいる。
あの老人は著書で言った。
「権謀術数や駆け引きは使わない。信念や誠実さ、そして貫く意志だけが世界を変える」
だが実際はどうだった?
彼は、関西、そして西日本をまとめ2500億もの金を動かし、更に、山セラと独占契約を結ばせてウチの利益を圧縮しようとした。
山セラの技術力を使ってウチの応用特許をひとつでも多く獲得しようとしている。
彼の行動原理はなんだろう?
「適正な競合が適正な価格を生む」
そんなようなことをいっていた。
要するにウチのライバルになりたかったのだろう。
それは何となく分かった。
企業としてのヤマギシは、すでに魔法の基本特許だけで世界一の資産を作り上げることが確定している。
たとえていうなら、TIのようにだ。
TIはかつて、集積回路の基本特許で世界一の富豪になった。
その話はケイティから何度も聞かされた。
それで、そのTIにおけるフェアチャイルドやウェスタンデジタル――応用特許で追随した会社のようなポジションを山セラは狙っていたんだろうか?
彼の狙いは分からないが、水無瀬の考えを知る手がかりはある。
黒尾山に着いた。
俺は、嫌がるケイティに耳打ちして納得させた。
「手伝うだけじゃない。彼女たちの様子から何か分かったらそれでいいんだ」
「なにか?」
「ケイティはそういうの得意だろ? 彼女たちの様子から推測してよ。西日本はウチと敵対する気なのか。ウチとならぶつもりなのか? それとも、ウチと協力して今後もやっていくつもりなのか」
「……わかった」
なんだ?
さっきまでのアメリカ風に全身から不快感を表明していたケイティの態度が一変し、やけに楽しそうになったんだが?
「むう、恭ちゃん、魔法で<女たらし>とか使ってる?」
なんじゃそら。
「お越しいただき、ありがとうございます」
水無瀬姉妹と愉快な仲間達だ。
全員、すでに冒険者服に着替えてお待ちだった。
「すいませんが、まず俺たちだけでダンジョンに潜らせてもらいます」
「あ、あの? 私たちならすでに20層まで……」
静流さんが戸惑いがちに遮る。
「はい。俺たちのためにですよ。前もって確認させていただきます」
俺たちはいつもそうやってきた。
人に教えるときでも、必ずその階層以上まで前日までに達成しておく。
彼女達に指導するなら、俺たちは前もって全容を確認しておかなくてはならない。
1層から始め、20層まではあっという間だった。
もう何度、ここまでやってきただろう?
そして、30層まで。
問題が無い事が確認できたので、俺たちはテレポートで1層に戻る。
これで、明日以降彼女達のトレーニングにつきあうことになる。




