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黒尾ダンジョン 6


「山岸さん」

「はい」

「私はね、これまでいろいろな事業を経営してきました。その中で得た信念のひとつに『独占企業は排除せよ』というのがあります」

「?」

「例えば電話。競争がないために電話代はずっと売り手側の言い値で決まっていた。

ここに競争を起こし、価格競争を生んだ。やがて電話というもの自体の進化が始まる。そうやって新しい風を産みだした自負があります」

「はあ」

「例えば、ウチの会社は太陽発電の販売もしています。これも、電力という事業が無風地帯でありすぎて、様々な問題を孕んだ事へのウチなりの挑戦です」

なるほど。

「そういう目で山岸さんを見たとき、新たな寡占が起こりそうな危惧を抱いています」

米森さんは指折り数える。

冒険者という稼業。

魔法という技術。

発明という産業。

医療、教育、武器、装備。そして燃料、発電。

現在ヤマギシが関わっているその全てが、現在ヤマギシだけが持ちうるといっていい状況だ、という。

「それが、まずい……って事なんでしょうね?」

俺が聞くと、米森さんはうなずいた。

「ひとつは、純粋に、『持ちすぎる危険』です。あなたたちが隆盛すると、一方で誰かが没落するでしょう。恨み、ねたみが生まれます」

そうだろうな。

「次に、まだあなたたちはお若い。だからこそ次々に新しいイノベーションを生み出している。しかし、もし硬直化したら。それも不安です」

動脈硬化が脳卒中の原因となるように。お若い方にはわかりにくいたとえでしたか。

そういって笑う。


「そこで、私たち……というのはまあ関西財界を含め、西日本の財界ですね。出来たら、ヤマギシさんと肩を並べていけるような冒険者を育成して行こうという考えになりつつあります。これをあなたはどう思いますか?」

「それは……」

あんまり関心が無い。本音で言うとそうなる。

「まあ、ありがたいですね」

「ありがたい?」

関心が無いともいえないから無難に返そうと思ったら、見透かされたような気分だ。

「俺自身は、本当はどんどん下層に降りていって、どんどん攻略したいです。でも、ほかに出来る人がいなくなると、例えば遭難者の捜索にかり出され、医学部の教授達の指導に追われ、新人教育の講師をさせられる訳です」

「そうでしょうな」

「例えば俺たちがやってる、病院の建設、医大や看護学校の新設、冒険者学校の創設なんかを、俺たちが全く関わらなくてもやってくださるなら、それはありがたいと思います」

「全く関わらない、ですか?」

「さっきの米森さんのお話だと、要するに寡占企業になりつつあるウチのライバルを作ってくれるってお話ですよね?」

「ライバルには手をさしのべたくありませんか?」

米森さんが意外そうな顔になる。

「それって、ライバルですか?」

俺も正直、ここまでの話と何か食い違っているような米森氏の反応が意外だった。

「はっは、なるほど。山岸さんは囲碁や将棋はやられますか?」

「囲碁はルールも知らないです。将棋は……小学校の頃までは休み時間によくやってました」

「なるほど。例えば、今の山岸さんは将棋の強いお父さんだとします」

「はい」

「あなたは息子さんに将棋を教えている。10回やっても10回あなたが勝ちます。そんなウチに数年経って、あなたが打つと3回までは息子が勝つようになってくる。その方が楽しくなると思いませんか?」

「よく分かんないですね。負けると悔しいんじゃないでしょうか?」

俺が言うと、にやりと米森さんは笑った。

「負けて悔しいからいいんですよ」

そうなんだろうか。まあそうかも知れないな。負けるかも知れないって思わなければゲームはつまらないだろうしな。


「私たちは、出来たらあなたに20%くらい株式を持っていただきたいと考えています。

そして、息子が10回のうち3回は勝てる程度まで育てていただきたい」

「ウチにですか?」

「違います。あなた個人にですよ」


また難しいことを言い出したな。

そんなところで、オヤジ達と山セラの幹部達との話が終わったようで、俺たちが話していた応接室に、秘書が顔を出した。

「またいずれお話しさせてください」

米森氏はそう言うと、山セラの幹部達の元に向かっていった。




「なんだそりゃ? 早い話がお前の引き抜きじゃないか」

兄貴に米森氏からの話をかいつまんで聞かせると、呆れるように兄貴はいった。

「お前、返事とかしてないだろうな?」

「してないよ」

だいたい俺1人でどうにかなる話じゃないしな。

ウチには沙織もケイティもいるし、岩田さんやベンさんやドナッティさんだっている。

それに、俺にとってヤマギシという企業はホームだ。

離れることに、これっぽっちのメリットもないのだ。

「そっちはどんな感じだったの?」

山セラにはノウハウがあり、開発力があり、販売力がある。

「うーん。条件もいい。生産力もあるし、その気になると、まるで明日から売れそうだ。でも……なんか引っかかる」

兄貴が顔を曇らせる。

「なんか?」

「それが分からないんだ。オヤジもチャーリーも悪くないっていってる。下原さんもだ」


「この契約書、英文である?」

俺も契約書を読ませてもらった。

だがそもそも、俺にはこう言う複雑な文章の奥まで読み通す力なんか無い。

「いや、ウチと山セラの間の話だからな。日本語しかない」

「シャーロットさんに、急いで全文を英文にしてもらえるかな? 知財管理部で法律家の立ち会いで」

「?……わかった」


半日ほどかけて、兄貴とシャーロットさんたちによって、山セラの持ち込んだ契約書が英訳され、プリントアウトして持ち込まれた。

俺は、それをケイティに読み込んでもらう。

「兄貴は、何がとはいえないけど何かがおかしいと感じてるんだ。ケイティ、もしこれ読んで何か感じたら教えてくれる?」

「わかった」

ケイティは俺からプリントを受け取ると、椅子に座って一気にめくって読み出した。

早い。

あっという間に6枚のプリントを読み終わると、途中、三枚目と四枚目を何度も行き来して、閉じた。

そしていった。

「私ならこの内容では契約しません」


俺たちはウチの役員全員の前で、ケイティの指摘を話した。

「……そうか、仕入れ先か」

この契約が発効すれば、ウチに入るのはロイヤリティのみになり、素材は山セラが随意に調達できるようになる。

つまり、ウチ――ヤマギシのダンジョンから出る素材を買うという保証はどこにもないのだ。

俺は、米森氏が話した言葉を思い出した。

「競争は、価格を下げる」

「競争は価格を下げる……なるほどね」

俺の言葉を聞いて兄貴は納得したようだ。


ウチが山セラとの契約を棚上げにしてる間に、大きなニュースが発表された。

「関西財界が音頭を取り、西日本冒険者協会を設立する」

そのことは米森氏から構想を聞いていたから驚かなかった。

驚いたのはその規模だった。

「西日本に存在する全てのダンジョンを政府から買い取り開発する」


「なるほどな」

ウチからの買い取りを必要としないわけだ。

「総額、2500億円のプロジェクトだそうだ」

オヤジが新聞を見ながら言う。

兄貴が怪訝そうな顔をする。

「2500億? どっからそんな金を?」

「西日本の官産学総出の金額だろうな。病院などは国から無利子融資やら補助金やらも出てるだろうし」

オヤジが記事を読みながら言う。

「ウチにはなにか打診は来てたの?」

俺が聞くと、兄貴もオヤジも首を横に振る。

寝耳に水、ということか。

「お前には来てたんだろう?」

兄貴が俺に聞いてきた。

「株式の20%と代表就任って話だったけど」

「受けるのか?」

「まさか」

これを受ければ、俺は自分が冒険者としてダンジョンに潜ることが出来なくなる予感しかしない。

うまい話には裏がある。

彼らは、俺に西日本ダンジョンの安定的で圧倒的なドロップの算出でも期待してるんだろう。

そのためには、俺は後進の育成に忙殺されることになりそうだ。

そして、彼らからしたらヤマギシから俺を引き抜くことが出来る。

「とりあえず、俺へのアポはよほどのことじゃない限り、断ってくれる?」

「わかった」

オヤジが新聞をたたんで放り投げながらいった。


西日本経済界の布石に色めき立ったのは東日本の財界だ。

奥多摩・忍野・西伊豆の3拠点を持つウチと良好な関係を持つ彼らは、残りのダンジョンについて無頓着だった。

だが、こうなっては、残りの3ヶ所、北海道、東北、北陸のダンジョンの払い下げを政府に求めていくことになるんだろうな。

西日本と違い、彼らはウチに運営ノウハウの提供と引き替えに、ヤマギシにかなりの規模の経営権を提案してきている。

こちらは、法人としてのヤマギシへの依頼ということもあって、引き受けることになる。

オヤジの仕事がまた増えるわけだけど、冒険が主体の俺や、研究開発がメインの兄貴の時間は奪われない。


「恭ちゃん、静流さんから恭ちゃんと連絡が取れないってメール来てたよ?」

沙織が冒険の準備中にそんなことを言い出した。

「ああ、俺は連絡先教えてないし、ウチのほうでもシャットアウトしてもらってるからな」

俺は沙織に、彼女たちは俺1人だけを関西に引き抜こうとしているんだと沙織にいうと、

「むう、色仕掛け」

と、当たらずも遠からぬ一言を発した。

「沙織とケイティで、静流さんと香苗さんの色気に勝てるのか?」

とつい俺が聞いてしまうと、しばし考えた後、ぽかぽかと殴られることになる。

そして沙織から聞いたケイティには、実に冷たい視線で睨まれてしまった。

けどまあ、そういう理由で関西からの連絡を遮断していると知ると、ウチのメンバーはひとまず安心してくれるのだった。



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