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黒尾ダンジョン 1

京都市右京区。

と聞くと、修学旅行なんかでいく京都の町並みが思い浮かぶ。

ところが実際は、右京区の広大な面積の7割近くは、京都盆地を構成する山々が占めている。


戦国時代、明智光秀が築城したことで知られる周山城(しゅうざんじょう)趾がある黒尾山(くろおやま)

ここに、日本に四ヶ所ある個人所有の一つ、黒尾ダンジョン、別名京都ダンジョンがある。

明智光秀の築城と聞いて、ここが丹波だと分かった人は歴史に詳しい。

京都府は、幕末から維新に変わって、その版図が大きく変わった自治体の一つで、京都市も山城国の……というか当時の日本の首都だった京の都だけで無く、伏見や桃山、それにこうして丹波国までをそのエリアに加えているのだ。


黒尾ダンジョンのオーナーは、水無瀬家という京都の名家だ。

維新後に実業界に進出した旧家で、現在も関西財界で名の知られた一族らしい。

彼らが丹波の山を持っていたのは、どちらかというと商売のためではなくたまたまだったらしい。

戦前までは林業や里山としての価値はあったのかもな。

奥多摩(ウチ)の周辺にも、そんな感じで山林のオーナーになっている元庄屋さんとかがあったりする。


「水無瀬から、関西での魔法医療について問い合わせが来てる」

オヤジがいう。

「ウチに?」

「ウチっていうより冒険者協会にだな」

水無瀬は、うちのヤマギシと同じように法人名だ。

様々な事業を展開しているが、彼らは持ち株会社に自家の財を集約し、あまり表には出ないらしい。

「内容は?」

「要するに、協力要請なんだろうな。一度話が聞きたいから、京都に来て欲しいそうだ」

ずいぶんざっくりした問い合わせだな。

オヤジと兄貴が俺を見てるって事は、俺にいけって意味なんだろうな。


というわけでチームのみんなに京都に行くっていったら

「おーキョート」

「いきたいです」

「連れてってくれるよねー?」

当然こう言う反応になるわけだ。

「まあいいけど。でも俺は水無瀬って会社に呼ばれていくんで、一緒に観光できないかもだぞ?」

「へーき」

「ご苦労様です」

「キョートたのしみデス」

くそ、お前ら。


まあでもここんところみんなにも冒険者業だけでなく、会社の業務まで手伝ってもらってしまってたし、いい機会かも知れない。

オヤジに

「ウチのメンバーもいきたがってるんだけど?」

といったら、左手でさっと了解された。これで業務である。




「恭ちゃん、なんで車あるのに新幹線で行くの?」

沙織がいう。

「<収納>からいつでも車出せるんだから、わざわざ車で行く必要ないだろ?」

だいたい、運転は疲れるんだよな。

それに、電車の旅って、なんか雰囲気あっていいじゃない?

実際、俺と沙織はまだ未成年だが、成人組はビール飲んで盛り上がってる。

「そういえば、純粋な旅行っていつぶりだろうね?」

「だなあ。去年の土肥も仕事だったしな」

アレを仕事というと各方面からお叱りが来そうではあるけど、まあ仕事だ。

沙織と一緒に行ったというなら、それこそ中学の修学旅行以来かも知れない。

兄貴たちとドライブに行ったりはしたけど、アレはそれこそドライブで、旅行まではいかないしな。

毎年クリスマス休暇にヴァージン諸島に招待してもらってるけどあれは旅行というより本当に休暇って感じだし。

国内の観光に限っていえばそんな感じかな?

「って、俺は仕事だぞ?」

そうだ、俺1人だけは、仕事なのである。

「えへー」

沙織は舌を出す。


新幹線が浜松を過ぎる頃には、みんな弁当も食べ終わって居眠りを始めている。

ちなみに岩田さんは奥さんまで連れてきてるが、2人そろって幸せそうに眠ってる。


俺たちは京都で新幹線を降りた。

沙織達は2台のタクシーで観光して歩くらしい。その方が楽でいいよな。

俺は1人、水無瀬の本社までタクシーを頼んだ。


烏丸御池交差点のすぐ近く。生命保険会社の巨大ビルに水無瀬のオフィスはあった。

約束の時間より10分くらい早く着いたけど、一応受付に声を掛けて待たせてもらう。

することもないのでぼんやり、オフィスを眺めながら待ってると、受付嬢に声を掛けられ、応接室のような部屋に通された。

ソファに座ってお待ちくださいといわれ、いわれたままに座って待っていると、通してくれた受付嬢がお茶を持ってきてくれた。


そうして数分。俺が通されたのとは別の、奥の扉から、2人の背広を着た老人が入って来た。

俺はソファから立ち上がり

「山岸恭二です」

と名乗り、頭を下げた。

「水無瀬忠功です。今日はたまたま、米森さんがおいでだったのでお連れしたんです」

小さい方の老人が、彼より少し大柄な老人を紹介した。

「米森和雄です」

どちらも品のいい老人だと思う。

「さ、おかけください」

今日俺を招いた水無瀬氏のほうが、俺に再度の着席を勧める。


今日お越しいただきましたのは、魔法医療について、ウチが今後どない関わったらええか、教えていただきたいと思てです。

水無瀬氏はそう切り出した。

要するに。

昨今のニュースを見ていると、ヤマギシが奥多摩で魔法による医療を開始し、その成果によって、すでに二つ目の巨大病院をまたダンジョンのすぐ近くに建設していると聞いた。

しかも、今度は医科大と看護学校も併設されると聞く。

それほど魔法医療に効果があるのだったら、ウチでも同様にダンジョンを用いて人材育成が出来るのではないかと考えた。

それで、魔法治療とはなんで、どのように教育したらいいのか教えてくれ。

という話だった。

「えーと。まず、魔法治療というのは、病気の人の身体を、本来あった姿に戻すわけです。

<リザレクション>という魔法を使います」

「その魔法、山岸さんも使えますか?」

「ええ。というか俺が作りました」

「作った?」

「ええ。魔法というのは、なんていうか、イメージの積み重ねなんです」

俺は<リザレクション>を作った経緯を説明する。

「なるほど。ところで、今その魔法を我々に掛けていただくことは出来ますか?」

「いいですよ……あの。これ一応法律的には医療行為になるかも知れません。俺は医師免許持っていませんので、内密でお願いできますか?」

2人がうなずいてくれたので、1人ずつに<リザレクション>を掛ける。

「なんや、よぅ分かりませんですな」

2人がそう言ってふっと笑う。

「悪いところがない人には分からないかも知れませんね」

そういう魔法だからな。


2人に問われ、俺は、リザレクション習得のためにダンジョン内で医師達をしごいたこと。

その習得方法などを説明した。

「なるほど。つまり、病院の施設は従来通りで。医師のほうが魔法を覚えて患者を癒やすわけですな?」

水無瀬氏が俺の話をまとめる。

「そうです。魔法で治ったかを確認するために、検査に必要な全ての設備は用意する必要があります。でもそれ以外の特別な設備は必要ありません」

そんなことを答えながら、俺は思わずふと思ったことを口にしてしまう。

「あの。こんなことを聞くために俺を呼んだんですか?」


今日俺が話した内容は、新聞でもテレビでも報道された。

俺が知る限り、水無瀬氏のような立場の人だったら

「要約を2ページにまとめて明日くれ」

とでもいえば、秘書なりなんなりがまとめてくれるんじゃないだろうか?


ああ、もしかしたら、彼らはうちのオヤジや下原のおじさんクラスの人間から話を聞きたかったのかも知れない。だとしたら、若造の俺が来てがっかりしたのかも知れない。

俺がそう思って口を開き掛けると、

「はっは。これは一本取られましたな、水無瀬さん」

米森氏が愉快そうに笑った。

「我々はね、ヤマギシという企業に会ってみたかったんだよ。山岸さん」

「あー、それだったら、兄かオヤジを……」

「いや、君で良かったんじゃないか? 君こそがヤマギシという企業を象徴している」

「はあ」

「米森さん、それではお若い方に伝わりまへん」

水無瀬氏が苦笑混じりにいった。

「山岸さん。我々は、今後息子や孫の世代まで通じて、冒険者協会や御社とどうおつきあいするか、それを知りたくてお越しいただいたんです」


つまり、今回のような依頼をしたら誰をよこすか。どんな話をするのか?

そうしたことも含めて、俺たちを試したということなんだろう。

回りくどいことをするなあ、とは思う。口には出さないが。

それに、確かめるのに呼びつけるのはどうなんだろう、とも思う。

こっちはお願いしに来てるのではない。

別に、水無瀬という法人やこの人達がどうしようと知ったことではないのだ。


そんな俺の内心が顔に出たのかも知れない。


「いやこれは失礼しました。改めてお話しさせていただきます」

水無瀬氏が仕切り直した。


奥多摩の病院と同じように、病院の箱物は問題なく作れる。

だが問題になるのは、やはり医師と魔法の関係だ、と水無瀬氏はいった。

医師が魔法を習得するためには、先人から教わるしかない。

そして現状、それが出来るのはヤマギシだけだ。

そうした不明瞭な状況のなか、それでも一歩踏み出すべきかどうか?

そういうことを彼らは考えていた。

だから一度、話がしてみたかった、と水無瀬氏はいった。



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