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間章――伊豆と忍野の開発状況

お寺の移築。

一口に言うけど、これって誰に頼めばいいかご存じだろうか?

日本人は世界屈指の雑学好き、っていわれるけど、俺もテレビなんかで見たから、お寺っていうのは宮大工が建てるって知ってる。

京都や奈良の有名なお寺の修復とかにも彼らは参加し、釘を使わずにノミやカンナで見事に木を組み合わせて建てる、とかね。


実は、お寺の移築は、お墓の引っ越しも含めて、ゼネコンが一括して請け負ってくれるのだった。

もちろん、一口にゼネコンといっても得手不得手があるわけで、宮大工と太いパイプがあり、独自のノウハウを大量に持っているプロがいるわけだ。

寺院が管理する霊園というのは、実はお寺の本尊や建物を移築するより難しかったりする。

地元に住んでいる檀家だけが檀家ではないからだ。

中には、一家そろって別の地方に移り住み、お盆の時期だけ墓参りに来るといった遠方の檀家も存在するのだ。

さらには、連絡が取れない檀家も、歴史が古くなればなほど多くなる。

こうした場合、一定期間公告を出し、ある段階を持って締め切らざるを得ない。


本来、西伊豆ダンジョンの状況からいったら、お寺を移築せず、山側に開発を続ければなにも問題なかったんだけど。

お寺さんという性質上、和尚さんは、身近に人が死ぬ可能性のある施設――ダンジョンがあることを良しとしなかった。

ウチとしても、お寺の移設のコストを引き受けることになんの不満もなかったからそれはいい。

「新築でかまいませんよ?」

円丈和尚さんはいった。

移設先にあらかじめ真新しいお寺を建て、ご本尊を動座して、墓地の移設をする。

これがもっとも効率的なお寺の移築方法だ。

実は、費用面でもこっちの方がむしろ安上がりなのだ。

でも俺は、何となく今あるお寺をつぶしてしまうことに抵抗があった。

俺たちは去年の夏、ここに宿泊させてもらった。

そんなわずかな縁しかない俺たちが惜しむんだ。地元の檀家さんたちにとっても、先祖からの縁があるこの建物が名残惜しいはずだと俺は思う。


まあそんなわけで、宮大工さんたちの匠の技で、丸ごと移設してもらう方向で話をまとめた。


地元の檀家さんたちとの話し合いは比較的スムーズにいった。

新しくお寺を建てるのは数キロ南の山沿いになった。

仮設の寺院も用意する。

今あるお寺を取り壊し、その建材で移築するのだから、その間、ご本尊を移す施設がどうしても必要になる。

もちろん和尚さんの日々のお勤めだってあるし。


で、地元に理解を得るため、新しいお寺には、大きな斎場を新築することになった。

さらに。

「幼稚園、ですか?」

和尚さんが首をかしげる。

「はい。ウチがここに進出すると、ダンジョンだけで500人。周辺施設を含めると1000人以上の社員がここに来ます。

1家族4人としても4000人以上です。おそらく、その後もウチ以外の会社とかが来る可能性だってあります。

間違いなく、幼稚園が足りなくなります」

俺は、実際奥多摩で保育所の定員が足りなくなっていることを話した。

公立だけでは全く足りないので、ウチが出資して新しい幼稚園を建造してるところだった。

円丈さんの宗派では、寺院に幼稚園を併設することは珍しくない。

どうせ1からお寺の移設先を開発するのだ。

斎場と同じように、檀家からも歓迎される施設を建てるのは悪い事ではない。


「費用はウチが持ちますよ」

そういうと和尚さんはほっとしたようだ。

「恐縮ですが、それではお願いします」

と、幼稚園の件は引き受けてもらえた。

ウチとしても、いずれ幼稚園が足りなくなるのは目に見えているんだし、運営を任せられるなら願ったりだ。


とりあえず、ヤマギシの西伊豆ダンジョンの開発は、お寺に迷惑にならないよう、山の裏手から新しい道路を敷設するところから始めている。

私有地に隣接する公有地には、県道が新しく敷かれる。

つまり、工事車両で土肥の街を騒がすことは極力避けられそうな状況だった。




奥多摩での反省を踏まえ、忍野と西伊豆のダンジョンの上に建設されるダンジョン棟は巨大な施設になった。

二階は全フロアぶち抜きの食堂兼多目的フロアに。

三階は大浴場。それにちょっとした売店が入る。

四階から十三階は、1フロアごとに10戸のワンルームと二戸の3LDKが設計される。

3LDK20戸、ワンルーム100戸だ。


この棟は完全に、冒険者達の入居用だ。ここで働くことになる従業員の寮は、別途新築されることになる。

あわせて、ショッピングモール、コンビニ、冒険者用のショウルーム、ヤマギシの支社、そして冒険者協会の支部といった施設も一気に建設されることになる。


砂川理事長(せんせい)はついに、忍野への病院建設を決断せざるを得なくなった。

奥多摩(こっち)の病院もまだ手探りな状況なんですけどね……」

と頭を抱えている。

まず、すでに山岸記念病院は満床である。

現在、魔法医療は保険がきかない。

恐ろしく高額な医療費がかかるにもかかわらず、全国から患者が殺到している。

検査費用については保険が適用されるよう厚労省に打診しているんだが、なかなか役人の腰が重い。

幸いなことに、社会の悪感情は高額の請求をするウチではなく、認可を出さない厚労省に向かって募り始めたんで、まだ救われているけどね。

ともかく、奥多摩は完全にオーバーフローを起こしている。

そこで、新しい人材育成やドクターの確保が急務になるけど、そっちも奥多摩ではもう限界がある。

つまり、新しい病院、それも、可能ならダンジョン近くで学生や研修生を育成しつつ、という条件が加わっている。

奥多摩には、もうそんな土地のゆとりがない。

そこで、結局忍野に、医大や看護学校を併設した病院を作ることになってしまったのだ。

医大や看護学校のほうは、有力私学が引き受けてくれた。

資本については、不動産は全てウチが。

学校については経営含め各学校法人が出す。

病院については、政府から無利子融資が受けられる。

ヤマギシは現時点で債務超過に陥りつつある。経営的に不安はないし株式も非公開なんでそっちに問題は無いけど、主にオヤジの胃袋には厳しいボディブローになっているらしい。


新築する忍野の病院なんかの箱物については、すでに奥多摩での経験もあることからさほどの混乱はないが、やはり問題は人材だろうな。

<リザレクション>習得のための医師団ブートキャンプをまたいずれやらなくてはならない。


ちなみに、厚生労働省とウチとの関係がこのあと劇的に改善することになる。

そのきっかけは。

「魔法省を作ったらいいんじゃないですか?」

国会で、与党の若手議員がいいだしたのがきっかけだった。

「魔法省です。厚生労働省が動けないんだったら、新たに魔法省を作り、魔法医療、魔法ハイテク、魔法特許なんかを全て移管させて予算を配分するわけです」

これには各省庁が跳ね上がった。

特に経済産業省や特許庁は、厚生労働省のとばっちりでせっかくの権益が手から滑り落ちかねない。

いかに自分たちはがんばっているか、いかに問題なく運営しているのかアピールを始めたために、官民挙げて厚労省バッシングが始まってしまう。

厚労省にもまっとうな言い分がもちろんある。

未だ海のものとも山のものとも知れない魔法医療だ。充分な実績を確認してからでも遅くはない。医療に関しては、慎重すぎるほどでも足りないと考えているのだ。

それは分かるんだけど、結局、認可が下りなければ高額な医療――特に検査関係は患者の負担が大きすぎるんだよな。

まあ、医科大や看護学校が出来、魔法科が新設される頃になると、やっとウチと厚労省にも太いパイプが出来るようになる。

まあそれはここからまだ当分先の話ではあるけど。




忍野の開発といえば、三枝工場長が提案する金属再利用プラント、金属加工、精密加工といった柱を中心に、着実に大型化していった。

さすがにウチ一社で全てを見るのは難しいレベルになった。

そこで、ブラスコ社にも40%ほど資本参加してもらって、ヤマギシ・ブラスコ・バッテリー&メタルカンパニーをテキサスに続き日本でも展開してもらった。

ずばり、課題は「魔法燃料のバリエーション確保とコストダウン」だ。


「寂しくなるなあ」

俺は兄貴にいった。

ブラスコとの合弁企業を日本にも展開するに当たり、兄貴が日本法人の社長になることになった。

ちなみに、シャーロットさんと先輩氏と三枝工場長が日本側の役員に加わり、残りの役員はアメリカから来日する。

兄貴は、テキサスのほうの非常勤役員にも彼らは加わるようだ。

で、現在奥多摩にある工場はそのまま残すけど操業は停止、研究開発室と刀匠の皆さんの工房は、手狭なスペースをなんとかやりくりするようになった奥多摩を離れ、広大な忍野に巨大工場が用意されることになったのだ。

もちろん、兄貴とシャーロットさん、三枝さんと先輩、それに工場の300人近い社員と研究開発部の30人、藤島さんたちと見習い50人は、完成次第忍野へ引っ越すことになってしまった。

「まあ、まだ半年以上先の話だ」

兄貴は俺の肩をぽんと叩き、研究室に引き上げる。


忍野に研究開発室を移すメリットは大きい。

ウチと共同開発を進める企業も、忍野だったら新規不動産の購入が容易なのだ。

山々の間を流れる多摩川の浸食で出来た土地である奥多摩と違い、富士の裾野ともいうべき忍野の地形は、奥多摩のように環境を壊すことなく開発が進められるメリットがある。

コストも遙かに少ない。

いいことずくめではあるけど、やはり、今日までずっと頼りにしていた家族が去って行ってしまうのは、まだ当分先とはいえ、寂しいものだ。



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